第9話

「換金を頼む。いつもみたいに二等分にしてもらえると助かる」


 ウィンドミルにある四つ目の迷宮を踏破したその日の夜。

 すでに慣れた手つきで革袋をカウンターに乗せていく。

 積み上げられる袋の山に、受付嬢の姿が殆ど隠れてしまう。

 その物陰から、困惑気味な声が飛んできた。


「こ、これも今日の分ですよね」


「なぜか俺達の他に誰も迷宮に入らないんでな。最下層まで、魔物から魔石を取り放題だ」


 そう、俺達だ。

 背後に視線を向ければ、ローブを纏ったレウリアがじっと立ち尽くしていた。

 偶然にも迷宮内で鉢合わせた訳ではない。

 結局、俺は彼女の依頼を受ける事にしたのだ。


 理由は大きくわけて二つ。

 一つはレウリアが非常に腕の立つ冒険者で、共に行動すれば戦闘の効率が飛躍的に向上すると踏んだこと。

 戦闘が効率化すれば魔石の回収と、レベルアップがより捗る。資金を蓄え過ぎて困ることはないし、レベルが上がり過ぎて困る事もない。

 もうひとつは、もちろんアルセントの研究手記だ。

 他の冒険者とは違い、俺は加護によってスキルを会得することも無ければ身体能力が強化されている訳でもない。

 今後冒険者として活動を続けていくのであれば、呪具に頼る事が多くなるだろう。つまり呪具の性能自体が俺の強さに直結すると言っても過言ではない。

 であれば、ここで呪具の強化に関する手がかりが載っているであろうアルセントの研究手記を手に入れておくのが最善だと判断したのだ。


 ただ、レウリアと組んだことによる弊害も、もちろんある。

 それは現在進行形で、周囲から距離を取られるようになった事だ。

 アンドニス以外の人々から向けられる視線や反応が、何処か冷たいようにも感じる。

 まぁ、懇意にしていると謎の集団から非難されるのだから無理もないだろうが。

 

「わ、わかりました。少々お時間を頂きますので、お待ちください」


 実際、以前より他人行儀になった受付嬢が荷台に袋を載せて受付の裏へと消えていく。

 ただ待ちぼうけを受ける気はなく、隣接している酒場へと足を運ぼうとした時だった。

 受付の向こう側から俺の名前が挙がった。


「冒険者エルゼ。少しお待ちいただけますか?」


 振り返った先に居たのは、先程の受付嬢より豪奢な制服を纏ったギルドの職員だった。


「精算の間に酒場で食事をとるぐらいいいだろ」


「えぇ、それは構いません。ですが重要なお話がありますので」


「出来るだけ手短に頼む。悪いな、先に向かっててくれ」


 レウリアは微かに頷き、ひとりで酒場に向かっていく。

 そんな彼女の背中を見送り、カウンターへと寄り掛かる。


「つい昨晩上層部から通達があり、ゴールド級昇格が正式に決定いたしました。数日中には正式な通達とゴールド級の冒険者章が届くと思いますので、今後とも活躍を期待しています」


「有難いことだが、俺がシルバー級に上がったのはつい先日だ。そんな短期間で実力を判断できるのか?」


「連日の実績から、その実力はゴールド級に匹敵すると上層部は判断いたしました。実力者には正当な評価を。それが冒険者ギルドの方針ですので」


 昇格の報告が嬉しくないわけがない。

 蒼穹の剣に所属していた時も、仲間達が昇格したときは自分の事のように喜んだのを覚えている。

 そしてあのメンバーでさえ、ここまで昇格が速かったわけではない。


 ギルドからの評価を絶対視している冒険者達にとって、階級は絶対的な実力の指標だ。 

 シルバー級が中堅と呼ばれ、そしてゴールド級は第一線で活躍する冒険者が名を連ねる。

 俺に不満がある冒険者でさえ、金色に輝く冒険者章を見せれば黙り込む事だろう。


 いや、本来であればそのはずだった。


「それなら、素直に受け取っておくよ。ありがとう」


 礼を告げてカウンターを離れる。

 しかし祝いの言葉など上がるはずがない。

 周りにいた冒険者達から聞こえてきたのは、舌打ちと冷笑だけだった。

 今まで以上の速度でレウリアが迷宮を踏破するため、ほかの冒険者達からは非常に印象が悪くなっていた。

 仲間殺しの汚名を受けている彼女と同じ迷宮に入る事をためらっているからに他ならない。

 そしてレウリアと組んで迷宮に挑む俺を見て、冒険者達はきっとこう思っているのだろう。

 

 あの銀の死神と組んでまでして、ギルドからの評価が欲しかったのかと。


 ◆


 レウリアの姿は壁際のテーブルにあった。

 酒場自体はさほど繁盛している訳ではなく、どちらかと言えば閑散としている。

 それでも人を避ける席を選んだことが、彼女の状況を現していた。

 静かに話ができれば場所などどうでもいいのだが。


「迷宮の踏破は順調に進んでる。だがこのままウィンドミルにある迷宮を全て踏破するのか?」


「必要なら、そうする覚悟もある。このウィンドミルは種子の発見記録がある唯一の街だから。探し出すまで、諦める気はない」


「諦めないのはいい。お互いに契約を結んだ以上、俺も迷宮の踏破を手伝うことは出来る。だが闇雲に探して見つかるような代物じゃないだろ、あんたの探し物は」


 世界樹の種子。それは伝説や口伝にのみ登場する代物だ。いや、だったと言った方が正確だろう。

 一度だけこの近隣で手に入れた冒険者がいたらしいのだが、誰に聞いてもその話をしたがらない。

 ただその一度の前例を頼りに、レウリアはこのウィンドミルを頑なに離れようとしなかったのだろう。


 とは言え存在は確認されているものの、詳細な情報は一切が存在していない。

 まるで幻を追っているかのような感覚に見舞われていた。

 だからこそレウリアに今後の方針を聞いたのだが、彼女は悔し気に拳を握るだけだった。


「じゃあどうしろって言うの? 他の冒険者に尋ねたところで素直に答えてくれるとでも?」


「そんなわけないだろ。だが、がむしゃらに探したところで見つかるはずがないんだ。だから探し方を変えさせてもらう」


 俺が指さした先にあるのは、ギルドが設置した掲示板だ。

 本来、掲示板は冒険者が冒険者に依頼を出す際、ギルドを経由するために使う。

 加えて、ギルドに規定の金額を支払うことで別の街まで自分達の依頼を広めてもらうこともできるのだ。

 だがレウリアは眉をひそめて俺を真直ぐに見つめた。いや、睨んでいた。


「それは意味がないと、たった今貴方が行ったんでしょ」


「冒険者に聞くわけじゃない。聞くのは商人や冒険者に雇われてる荷物持ちだ。商品の流通を広く知ってる商人と深いかかわりのある荷物持ち。下手をすれば実際に迷宮に入る冒険者より、迷宮内で手に入る代物についてよく知ってる」


 なにも掲示板は冒険者に対する依頼だけしか取り扱えない訳ではない。

 荷物持ちや商人や職人に対する依頼を出すことも可能だ。

 それにギルドを通すため、安全性もある程度は保証される。

 これを使わない手はない。


「そういうものなの?」


「実際に荷物持ちをしてた俺が言うんだ、間違いはない。多分な」


 どうにかレウリアを説き伏せてから、数日後。

 有力な情報を持っているという荷物持ちから、俺の元にギルド経由で連絡が入った。


 ◆


「あぁ、世界樹の種子の話なら聞いた事があるよ。実際に見たこともある」


「本当なの!?」


 事も無げに答えた荷物持ちに、レウリアが掴みかからん勢いで迫る。

 だがせっかく探し立てた情報源を絞殺されても困る。

 その手を掴んで、どうにか元の席に引き戻す。


「レウリア、落ち着け。それで、詳しく思い出すにはどれぐらい必要だ?」


「そうだなぁ、3万って所かな」


 返ってきた金額は、想定の内に納まる額だった。

 用意してあった革袋から金貨を三枚取り出し、テーブルの上に並べる。

 レウリアと組んでから得られた稼ぎからすれば、微々たる出費だ。

 だが問題はその金額ではなく、情報の正確さだ。


「話が終わった後に支払う。だが不審な点があったり、嘘だと発覚したらどうなるかわかるな」


「まさか噂のエルゼからこんな大金が出てくるなんてね。君の事を嘲笑っていた仲間に話しても、誰も信じやしないだろうな」


「与太話はいい」


「わかってるって。『銀の死神』を騙すつもりはないさ。それで世界樹の種子についてだろ? それなら確かオルト・エンデに居た時に聞いた事がある。というより、それが原因で仕事がなくなった」


 オルト・エンデ。

 一度だけ訪ねた事があるが、金持ちの娯楽で成り立つ街だったはずだ。

 世界樹海に存在する街であるため、迷宮も当然のように存在する。

 ただ非常に古い歴史を持つ街であり、街並みや街の構造自体が洗練されていった。

 結果的に物好きな貴族や豪商が別荘として土地や物件を買いあさるようになり、思わぬ繁栄を遂げたのだ。

 今では毎日のようにオークションが開かれ、莫大な金額が動いているという。

 その名前が出た時点で、少しばかり嫌な予感が頭をちらついていた。


「オークションに出された、なんて落ちじゃないだろうな」


「違うって、そう睨むなよ。俺は冒険者クラン『銀の果樹園』で荷物持ちをしてたことがあったんだ。流石に蒼穹の剣には知名度で負けるが、知ってるだろ? そのクランリーダーがオークションに出席した時、商人に顔がきくってんで俺も連れていかれたんだ。その時に、うちのリーダーが商人と内密に情報を交換したんだよ」


「回りくどい話はその辺にしてくれ」


「分かったって。それからすぐ、銀の果樹園はオルト・エンデの東の外れにある第21迷宮の攻略を決めたんだ。その中に世界樹の種子があるって話を受けてな。だがそれが運の尽きだった。銀の果樹園はリーダーを含めて61人で構成されてたんだが、その内55人が迷宮内で死んじまった。リーダーも死んで、クランは解散。残った冒険者連中は精神を病んで怪しげな宗教にはまり、俺は晴れて無職の身だ」


 だからまとまった金が必要だったのだろう。

 だが俺達が金を支払ったのは、この男の不幸話を聞くためではない。


「はっきり答えろ。そこに世界樹の種子はあったのか?」


「あぁ、確実だ。冒険者の中に鑑定のスキルを持った奴がいたからな。クランメンバー達は狂ったように喜んでたよ」


 鑑定スキルは信用できても、この男が言ってる事が信用できるかどうか。

 報酬目当てで適当な事を話している可能性も捨てきれない。

 なにかしら確証がなければ、この街を離れてオルト・エンデに向かうことなど到底できない。

 悩んでいると、レウリアが身を乗り出して男に詰め寄る。


「答えて。その種子はどんな形をしてたの?」


「一抱えもある、白い木の実みたいだったな」


 レウリアはその言葉を繰り返しながら、うつむいた。

 彼女が持つ世界樹の種子に関する情報と類似点があったのか。

 はたまた、別の何かに気が付いたのか。

 それを聞き出す前に、再び男が口を開いた。


「ただ話はここで終わりじゃない。続きの話が気にならないか?」


 世界樹の種子の形が知れたのは大きな進展だ。

 だがそれ以外になにか気付くことがあるかと言われれば、すぐには思いつかなかった。

 とすれば世界樹の種子に関する話ではなく、その前の話だろうか。


 61人という大所帯で迷宮に入れば、それだけ個人の負担も低くなる。

 だというのに55人が死んだというのは、普通なら考えられない事態だ。

 少なくともリーダーに冒険者の才能がないとしか言いようがない。

 いや、そもそも55人という犠牲が出たのはいつの話なのか。

 男はメンバー達が世界樹の種子を手に入れて、狂ったように喜んでいたと話したはずだ。

 それはつまり……。


「世界樹の種子を手に入れた後に、55人が死んだのか? その道中や迷宮の主との戦いじゃなく」


「鋭いな、流石は元蒼穹の剣のメンバー。そう、連中が死んだのは魔物との戦いじゃない。それどころが最下層の迷宮の主も殆ど無傷で倒したんだ。それでも55人が死んだ理由はいたって単純。世界樹の種子を巡って、仲間割れが始まったからだ。最初にリーダーが不意打ちで殺され、そこからはまともに覚えちゃいない。人間同士で殺し合いを始めたと分かった瞬間、俺と俺の担当していたパーティは即座に地上へ駆け戻ったからな」


 にわかには信じがたい証言だった。

 つまり男は、55人が同時に仲間割れを起こした挙句、誰も逃げることをせず全滅するまで殺し合いをしたと言ってるのだ。

 普通なら不利になったり、勝ち目がないとわかったら逃げ出す者もあらわれるだろう。

 だというのに最後の一人が死に絶えるまで殺し合いを続けるとは。

 よほどの理由がなければ考えられない。


「元々そういう空気だったのか? 戦利品や報酬金の分配に不満があったとか、リーダーの方針にメンバーが付いてこれないとか」


「いいや、近年稀にみる信頼と資質に溢れたリーダーだった。クラン内での雰囲気も良好。儲けは分配し、活躍すればそこに金が上乗せされる。実力がある奴は評価されたし、逆に評価が悪い奴は追い出されてた。つまりクラン内部はいたって健全な関係性だった」


 となると、余計に勢いで殺し合いに発展したとは考えにくい。

 たとえリーダーが取引したという商人が莫大な報酬を提示したとしても、裏切る冒険者はごく少数だろう。

 残った全員でその裏切者を制圧すれば、少なくとも55人が死に絶える血みどろの展開にはならないはずだ

 疑問や疑念は多く残る。しかし重要なのは、銀の果樹園が殺し合いを始めた原因を探る事ではない。

 

「その世界樹の種子はまだ迷宮の中に取り残されてるんだな」


 全員が死に絶え、残ったメンバーも逃げ出した。

 ギルドの調査員が銀の果樹園がどうなったかを確認する為に向かったはずだが、そこで世界樹の種子が発見されたのであれば、俺達の所にもその情報が回ってくるはずだ。

 つまり、世界樹の種子はそのまま迷宮の奥底に眠ったままということになる。 

 荷物持ちの男は、俺の質問を聞いて大きくなずいた。


「あぁ、だから取りに行くなら今が好機だ。下手すると、別の冒険者に取られちまうかもなぁ」


 それを聞いて、レウリアが黙っていられるはずがなかった。

 

「行きましょう。すぐに」


 この一言で、俺はオルト・エンデに向かう事となったのだった。

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