第4話

 

 迷宮を攻略した翌日。 

 預けた魔石の換金が済んだであろうと思いギルドへ足を運んだのだが、注目されるということがあまり心地いい物でないことを初めて知った。


 と言うのも、ローデシアにはとある噂話が広まっていたからだ。

 曰く冒険者になったその日にダンジョンをたった一人で攻略したという、期待の新人が現れたのだとか。

 実際には再登録をした冒険者であり、期待の新人と呼べる存在かも怪しい所だが。

 

 露店で朝食を買い食いしているだけでそんな噂話が耳に入ってくるのだ。

 冒険者の間でその話が広まっていないわけがない。

 背中に刺さるような視線を感じながら、ギルドの受付嬢から書類と魔石の売却金を受け取る。


「おめでとうございます。ギルドは貴方の活躍を高く評価しており、次の成果次第ではシルバー級への昇格もあり得るでしょう」


「あ、あぁ、ありがとう。ちなみになんだが、あのダンジョンの推奨レベルはどれぐらいなんだ?」


「5人で挑む場合でレベル15、ひとりで挑戦する場合は……ギルド側も推奨はしていませんので何とも言い難いですが、少なくともレベル25は必要だとは思われます。エルゼさんの場合は、異例中の異例と言えるでしょうね」


「検査でも、パラメータに異常はなかったんだよな?」


「数値上での異常は発見できませんでした。相変わらずその『気高き純白』という加護の効果も不明です。ギルドもなぜエルゼさんがそのレベルで迷宮を踏破できたのか、解明できればと思ったのですが」


 現在、格上の魔物と連戦を重ねたことで俺のレベルは16にまで上がっていた。

 脅威的なレベルアップ速度だが、それでも推奨レベルより低い状態で迷宮と踏破したことになる。

 それをギルド側は才能ありと判断したのだろう。


 しかしながら俺自身、今回の成果が実力による物だとは思っていない。

 恐らくだが加護による恩恵か、はたまた外的な要因が考えられるからだ。

 そもそも戦闘面でここまで活躍できるのなら、あの四人に無能のレッテルを張られることはなかったはずだ。


 なぜ今回に限って、ここまで上手くいったのか。

 なぜ今までは今回のような活躍が出来なかったのか。 

 

 自分でも理解できない偶然と未知に頼って冒険者を続ける事は、自殺行為に等しい。

 だからこそ、要因と理由を探る必要があった。

 今後の計画を考えていると、背後から聞き覚えのある声が上がった。


「なら俺が確かめてやろうか? その新人の実力を」


「アンタは昨日の……。」


 振り返った先に居たのは、微かに見覚えのある冒険者だ。

 名前は知らないが、昨日俺に野次を飛ばしてきた内の一人だと覚えている。

 銀色に輝く冒険者章を首から下げている事から、俺より格上の相手だと分かる。

 しかしながら善意で俺の相手を申し出た訳でないことは、一目瞭然だ。

 下卑た笑いを浮かべるその男に、受付嬢が堅い声音で応対する。


「ヴィリッツさん。冒険者同士の私闘は禁止されている事はご存知のはずです」


「人聞きが悪いな。俺が提案したのは調査協力だ。話を聞いてたが、ギルド側もこいつがなぜ迷宮を踏破できたのか解明したいんだろ? なら実際に戦闘の記録を取るのが一番だ。相応の経験がある俺なら、こいつの実力を見極める事もできるだろうしな」


「それは、そうですが」


 受付嬢が向けてくる視線の意味は理解している。

 つまり俺へ正当な判断を下すためにも、ギルド側も一度はその実力を確認したいのだろう。

 加えて、無能だと追い出された俺が初日に成果を上げた事に対する疑念も抱いているに違いない。

 

 ここでヴィリッツという冒険者の言葉に乗れば、現在の実力を証明すると同時に、不正に手柄を立てたのではという周囲からの疑念も払拭することができる。

 それに、ブロンズ級よりシルバー級の方がギルドから手厚いサポートを受けられる。

 冒険者として活動していくのであれば、手早く階級を上げるに越したことはない。


「分かった、受けるよ。ただ、お手柔らかに頼む。自分でもまだ加護の能力が未知数なんだ」


「わかっています。ヴィリッツさん、あくまで今回の模擬戦は調査の一環だということを忘れないでください」


 釘を刺されたヴィリッツという冒険者は、不安を掻き立てる笑みを浮かべて言い放つ。


「俺は熟練のシルバー級冒険者だぜ? こんな新人相手に本気なんてださねぇよ」


 ◆


 ギルドが冒険者向けに建設した訓練場の一角。

 そこに複数人のギルド関係者が集まり、粛々と模擬戦の準備が進められていた。

 野次馬の冒険者達も少なからず集まっており、見世物になった気分だ。

 ただ、そんな状況を楽しんでいるのか、ヴィリッツは自前の大剣を肩に担ぎながら周囲を見渡していた。


「ここにいる連中が、わざわざこの模擬戦の為に集まったって考えると、笑えて来るな」


「俺のためにギルドが用意してくれた機会だ。有り難くは思ってるが、笑えるかどうかは微妙だな」


 ここに集まっている人数を見るに、ギルドがわざわざブロンズ級の冒険者ひとりに割く人員としては多すぎるように思える。

 それだけの期待を向けられていると考えると、今度はその期待に応えられるのかという不安が胸をよぎる。

 もちろんの事、応えることで自分の実力も証明したい気持ちもある。 

 しかし加護の能力が不確定な今、迷宮の中で発揮した実力を再び発揮できる保証はない。


 ここまで大掛かりな調査をしてもらっても、無意味に終わる可能性すらあるのだ。

 そう考えると、とてもではないが笑えるような状況ではなかった。


 しかしヴィリッツは俺の返事を聞いた途端、大剣を地面に叩きつけ黙り込んだ。

 どうやら彼の望む答えではなかったらしい。

 張り詰めていく緊張感の中、ギルドの職員が模擬戦の簡単な説明を始める。

 

「あくまで模擬戦ですので、致命的な怪我となりうるスキルや魔法の発動は、くれぐれも控えるようお願いします。エルゼさんは迷宮内での戦いを思い出して、出来るだけ再現してみてください。今後、エルゼさんの加護に関する重要な手掛かりにつながるやもしれません」


 それだけを言い残し、職員は急いでその場を離れていく。

 残されたのは、俺とヴィリッツのふたり。

 そしてヴィリッツに至っては、すでに戦闘態勢に入っていた。

 彼の顔には、こらえきれないと言った様子の笑みが滲み出ていた。


「だとよ。まぁ、癖でスキルが出ちまうかもしれないが、そこは勘弁してくれよ。なに、期待の新人ならそれぐらい簡単に避けられるだろ?」


「最初からそれが狙いだったんだろ」


「お前みたいな奴を見てるとイラつくんだよ。どんな手を使ったのか知らんが、どうせ卑怯な手を使って迷宮を踏破したんだろ? それとも助けたとかいう連中に金を支払って、手柄を譲ってもらったか?」


「そんな事だろうと思ったよ」


 思わず小さなため息が零れ出る。

 帰ってきた言葉が、余りにも想定通りだったからだ。

 しかしそんな稚拙な怒りでも、シルバー級冒険者としての実力を伴った理不尽な暴力として吐き出される。

 怒りの矛先を向けられる側としては、厄介極まりない相手だった。

 件のヴィリッツは湧き出るようにに怨嗟を並べ始める。


「ギルドの目は節穴だな、まったく。ここにもっと優秀な冒険者がいるってのに、万年シルバー級に押し込めやがって。かと思えばこんな雑魚ひとりに騒ぎ立てやがる」


「不満があるなら、その雑魚じゃなくてギルドに直接言えばどうだ」


「いいや、もっといい方法がある。この舞台でお前を完膚なきまでに叩き潰し、俺の実力をギルドに知らしめる。そうすりゃあ、ギルドも俺の評価を改めるに決まってる。この俺は……ヴィリッツはなぁ、シルバー級に納まるようなショボい冒険者じゃねえんだよ!」


 怒号と共にヴィリッツの姿がかき消える。

 いや、違う。

 反射的に盾を構え、後ろへと飛びのく。

 その刹那。 

 

「本気で殺す気か!?」


 直前までいた地面を、身の丈ほどもある剣がいとも容易く削り取った。

 砂塵をまき散らし、再びヴィリッツが吠える。


「てめぇこそ、んだその動きは! 俺をなめてんのか!?」


 ヴィリッツの言う通り、余りに無防備過ぎた。

 シルバー級冒険者の身体能力に、目が追い付いていない。

 安易に距離を取ろうと後ろに下がった俺は、すぐにその失敗に気付く。


「くっ!?」


 着地して姿勢を立て直す前に、ヴィリッツの凶刃が眼前に迫っていたのだ。

 当然、後ろに下がるより真直ぐ突っ込んでくる方が早いに決まってる。

 避けるのは不可能。

 咄嗟に盾を構えるが、しかし――


「間抜けが! ここでくたばれ!」


 それすら、ヴィリッツは見越していたのか。

 剣による攻撃ではなく、右手を構える動作に入る。

 瞬間、本能が激しい警鐘を打ち鳴らした。

 

 この動作は幾度となく見てきた。

 蒼穹の剣の前衛を担っていたふたりと同じ。

 魔法を発動させる予備動作だ。


 本来であれば予備動作には隙が生まれるが、あえて俺に後退させることでその時間を作り出したのだ。

 本能で戦う魔物ではなく、戦略と戦術を併せ持つ人間と戦っている事を自覚させられる。

 このまま相手に魔法を使わせてしまえば、戦況は一気に傾いてしまう。


 そう考えた時。

 盾の内側に仕込んでいたナイフを投擲していた。

 思わぬ反撃だったのだろう。

 ヴィリッツは舌打ちしながらナイフを躱す。

 ただ魔法を阻止されたというのに、余裕な表情を浮かべていた。

 事実、冒険者としての経験や戦闘技術は、俺を上回っている。


「思った通りだな。身のこなしは素人同然のお前が、魔法やスキルも使わずに迷宮を初日で踏破しただと? こんなほら吹きなら、蒼穹の剣から追い出されるのも無理はないな」


「……俺だって、自分の成果が最初は信じられなかったさ。アンタも知っての通り、俺は無能扱いされてパーティから追い出されたばかりだからな。だからこそ、この絶好のチャンスを逃す気はない」


「そうか。あくまで認めないってんなら、それはそれで都合がいい。お前はその見え透いた虚勢のツケを支払い、俺はギルドから正当な評価を受けることになるだけだ」


 再び巨剣を構えなおしたヴィリッツの顔から、表情が抜け落ちる。

 鋭い眼光と無言の威圧が、一気に緊張感を跳ね上げる。

 ひりつく空気の最中、俺もゆっくり剣を構えた。


 ヴィリッツの言葉も、全てが間違っている訳ではない。

 ギルド側も少なからず俺を疑っているに違いない。

 なんせ俺は、あの新進気鋭の最高位パーティ、蒼穹の剣から実力不足を理由に追放された身だ。

 一日で未踏の迷宮を攻略できる実力があるなら、そもそも追い出されることはなかっただろう。


 向けられる疑念は、もっともな物だと言える。

 だからこそ、ここで証明しなければならない。


「頼むぞ」 


 柄を握り、感覚を確かめる。

 迷宮内での実力を発揮できれば、勝てない相手ではないのだ。


「お前みたいな馬鹿は痛い目をみないと理解しないんだ。まぁ、心配することはない。腕の一本や二本、無くなった所で死にはしないはずだ。まぁ、冒険者としては死んだも同然だがな」


 ヴィリッツの巨剣が微かな輝きを纏う。

 戦士の特権である、スキルの発動兆候だ。

 強大な魔物との戦いにおいて、スキルは絶大な威力を誇る。

 それを人間相手に使おうというのだから、相手の執念が見て取れた。


 外野からギルド職員の声が聞こえてくる。

 恐らくはヴィリッツがスキルを使おうとしているのを見て、模擬戦を中止させようとしているのだろう。

 だが、その声がヴィリッツに届くとは思えなかった。

 ヴィリッツは構えを解くどころか、まっすぐに俺を見据えていた。


「その腕に別れを告げておけ」


 大地が爆ぜ、距離が無に帰す。

 風を巻き込み、唸りを上げる一撃が、迫りくる。


 盾で受けきれるとは思えない。

 下手をすれば、ヴィリッツの言う通り腕を破壊される。

 ならば避けるか。

 いや、先ほどの二の舞になるだけだ。

 ならば、残された選択肢はただ一つ。


 格上の魔物すら屠った一撃で、迎撃する。

  

 渾身の力を持って、剣を振り上げる。

 燐光を纏った巨剣と手の内の剣が、交わったその時。

 非常に軽い金属音が周囲に鳴り響いた。 

 

 訪れる数舜の沈黙。

 

 模擬戦の域を超えた戦いを見守るギャラリーですら、黙り込んでいた。

 そんな重い静寂の中、鋭い風切り音を伴って金属が地面に突き刺さった。

 それはヴィリッツの巨剣。その半ばから両断された、先半分だった。


「う、嘘だ。こんなこと、ありえない」


 呻きにも似た声が耳に届く。

 振り返れば、両断された剣の切り口をヴィリッツは呆然と眺めていた。

 ただ、それも無理からぬことだろう。

 前衛の冒険者にとってスキルは、必殺の切り札と言える。

 

 そんなスキルを真正面から打ち破られたのだ。

 それもスキルを一切使っていない格下の冒険者に。

 ギルドの職員や他の冒険者が大勢集まる、公衆の面前で。


 羞恥や屈辱の限界を超えてしまったのか。

 見ればヴィリッツの顔色は真青になっていた。

 少しばかり不憫に思いながらも、ふと足音が聞こえ視線を向ける。

 そこにはギルドの職員が駆け寄ってきている所だった。


「エルゼさん、怪我はありませんか?」

 

「まぁ、どうにか。聞かされてた調査内容とはずいぶんと違ってたみたいだけどな」


「申し開きのしようもございません。当初の契約を破ったヴィリッツには厳重な罰を与えておきますので」


「それはアンタ達の裁量で頼むよ。今知りたいのは、ギルドの職員達が俺にどんな評価を下したのかだ」


「全員がエルゼさんの実力を認めています。あのシルバー級冒険者であるヴィリッツを正面から打ち破ったのですから、疑いの余地はありません」

 

「それならよかった。また別の冒険者と戦ってくれと言われたらどうしようかと思ってたところだ」


「シルバー級の冒険者章を発行しますので、できれば明日の夜にでもギルドの窓口へ――」


 視界が揺れる程の衝撃と轟音が、ギルド職員の声をかき消した。

 弾かれる様に視線を音の元へ向ければ、そこには訓練用の道具を補完していたはずの小屋が粉砕されていた。

 代わりにその場所には、巨大な木の枝が地面に突き刺さっている。

 その巨大さから、すぐに世界樹ローレシアの枝だと分かった。


 だが、なぜその枝が落ちてきたのか。

 若い世界樹の枝が、自然に落ちてくる可能性は極めて低いのだ。

 周囲にいたギルド職員や冒険者達もあまりに急な出来事で、動揺が隠しきれていない。

 

 ただ、ふと見上げれば枝が無い箇所はすぐに見つかった。

 丁度、この訓練場の真上。もっと正確に言えば、俺とヴィリッツが戦っていた真上となる。

 加えて、落ちてきたタイミングを考えればつい先ほど切り落とされたのだと推測できる。

 この状況で考えられる可能性は――


「申し訳ありません、エルゼさん。明日の夜ではなく、今すぐにギルドの審問室までご同行願います」

 

 混乱の最中。

 ただ分かったことは、俺が置かれている現状があまりよろしくないと言うことだけだった。

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