30.そして夢の空は蘇る

 黄色い炎が灯される街灯が、冷たい石畳に投げ出されたわたしたちを暖かく向かい入れてくれる。


 プーケさんの姿は見当たらない。

 城が見下ろす街の中には、変身を解いて別れたわたしとメア。

 それに重いまぶたを擦って目を覚ましている、同じく変身が解けた優月ゆづきさんとスカイだけ。


「……ちゃんとここに戻って来ているって事は、うまく行ったみたいね」

「うまく行った、って言えるのかな」

「何があったかは後で聞くわ。とにかく全員がここにいるんだから、一段落よ」


 立ち上がり背を伸ばす優月ゆづきさん。


 ここにプーケさんがいれば、わたしも全員いるって言えるんだけれど。

 メアとスカイに事情を説明している暇も無かったし、元よりプーケさん自身が道案内だけと思っていたみたいだから、仕方がない。


「メアもその辺りをゆっくり聞きたいメア。あの男を含めて訳分かんない事ばかりメア」

「そうだな。アリスって奴にボコられた後の記憶が全く無い。あれからどれ位経ったんだ?」

「現実だと、一週間ぐらいかな」

「夢の世界だと分からないわよ。何でも有りだもの。一か月以上経っていてもおかしくは無いわ」

「どうりで体が鈍ってる訳だ」


 全身をひねって調子が悪いことを告げてくるスカイは、運動がてら空を飛び始める。

 メアも真似をしてか、柔らかいぬいぐるみの体を体操して伸ばしていく。


「それだけヤバイ事があったって事は分かるし、俺とメア公も危険な状態だったみたいだな。何も覚えてねぇのが腹立たしい」

「起きたら砂だらけの世界で、ナデカが変身していたメアから。もう頭が混乱メア」

「そうだね。本当に分からないことだらけで、危うくオネロスを辞める所だったし」

「もう、最悪な事ばかりだったわよ。撫花なでかはやらかした事を含めて」


 優月ゆづきさんが思い浮かべているのは、あの夜の事だろう。

 それについてはこれからも大丈夫だって態度で示していくしかないので、今は笑うしかない。

 痛いのはザント=アルターにやられた、右手とお腹だけなはずなのに、優月ゆづきさんの視線が左手首に痛みを思い出させる。


 夢での体に見慣れた傷は無い。

 聞かれなければ現実での傷のことは知られないだろうが、たぶん優月ゆづきさんが言ってしまうだろう。


「ナデカは夢でも現実でも、問題を起こさないと気が済まないのメアか?」

「元気な女の子は俺は好きだが、命張るのだけは止めてくれ。無茶するのと朗らかなのとは違うぞ」

「そんなに信用ないんだ、わたし」


 思い返すと、そういう事しかやっていないので反論はしない。

 知っている人全員に、心配をかけたのは分かっている。


 必ず謝るし、また一歩誰かの手を取って前に進もうと思う。

 お義父さんにお義母さん。

 美友みゆちゃんにはるちゃん、クラスの皆。

 お店のお客さんに、有輝ゆきさん。


 そして、メアにスカイ。

 優月ゆづきさんに、ウートさん。


 一人一人、声をかけていこう。

 心配かけてごめんなさい、もう大丈夫です。

 これからもよろしくお願いします、って。


 ――だからまずは。


「メア、スカイ」

「なにメア?」

「おう、どうした」


 目の前の二人に呼びかける。

 短くも長い間、離れ離れになっていた二人にはまずはあの言葉だ。

 彼らにはすぐの事なのかもしれない。

 けれども、大切な言葉だからしっかりと伝えたい。


「お帰りなさい、二人とも!」


 精一杯笑ってみせよう。

 笑って、帰って来た彼らを向かい入れよう。

 それは、何もできないわたしができる事だから。


「ただいまメアー、ナデカ。と言っても実感ないメアけどねー」

「俺もだ。けどまぁそうだな。――ただいま」


 わたしの腕の中に飛び込んでくるメアに、照れくさそうに降りてきて、それでもしっかりとわたしの顔を見て言ってくれるスカイ。


 次は優月ゆづきさんに目を向ける。

 わたしの視線に気が付いたのか、結われた右側の髪をいじりながら目をそらす彼女に、言葉を続ける。

 ほんの少しだけ昔の花撫わたしを知っている彼女に。


優月ゆづきさん、作戦うまく行ったね」

「言ったでしょう、あんなの作戦じゃないって。体験して分かったわよ。アレに小細工は聞かないって事が。次会ったらもうそれこそアイツを連れてくるしかない」

「そうだね。でも優月ゆづきさんがいたから二人を助け出せたんだよ」

「それは――」


 一人では決められないのなら、何もできないわたしが一緒にいれば、二人で決められる。

 わたしは何も決められないし、何もできない。

 ただ貴女の傍にいることはできるから。


 安心して考えて欲しいし、やって欲しい。

 何もできない人間の都合の良い我がままだけれど、それに付き合ってくれた。

 わたしがいればできるのならば、永遠に貴女の傍に居続けよう。


 これはそのお礼。

 貴女の傍に居させてくれている、細やかな気持ち。


「ありがとう、優月ゆづきさん!」


 貴女といればきっと、元に戻らない。

 暗い旋律をカナデる事の無い、咲き誇れるわたしであれるから。

 どうか、どうか。


 明日を夢見る優しいお月さま。

 八重に咲き誇る夢の花を、柔き手元で撫でてください。


 ――愛の花が咲く渡り鳥の川、そこへ訪れるその日まで。

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