第2話 部屋が臭い

 翌朝、仕事に行くために身支度を整える。服を着て髪をとかし、歯磨き、メイクを終えたらメガネをかけて……そうそう、メガネは祖母の形見の箱の中。


 箱を開けて眼鏡を取り出し……取り出し……ん? ない。眼鏡がない。おかしい。確かに昨日入れた記憶があるんだけど。「もしかして夢だったか」と部屋中を漁るがどこにもない。眼鏡がないと仕事が…授業が出来ない。黒板が見えない。生徒の顔が見えない。つまりマズい。


 慌てて家を出るとコンタクトレンズを買いに行く。以前も眼鏡をなくしたときにお世話になった「なんでも屋」。この朝の時間でもやってくれているというなかなか話の分かる店だ。なんでも屋は今どき珍しいチェーン店ではない大型雑貨屋。創業120年という無駄に長い歴史を持つ。


 店の中はいろんなものが乱雑に置いてあるだけの物置小屋風の装い。最初にこの店に入った時はわざとこういった店構えをして雰囲気を出しているのかと思った。でも店主に品物を聞いたら探すのに10分かかっていたから、ただ面倒でこんな事になっているだけみたい。


 ただ、「商品を探すのに時間がかかる」というデメリットもあるが、それよりも「朝7時から開店し、夜11時までやってくれている上に意外なものが売っていることもある」というメリットもあるので「困った時には一度『なんでも屋』で探してみろ」という格言がご近所では言い継がれているらしい。


 わたしのコンタクトレンズもそんな商品の一つ。もちろん、医師の処方箋がないから目を傷めるリスクはある。でもそのために仕事を休むわけにもいかない新米教師のわたしだ。どこのだれかに言う訳ではないが、そこは勘弁してほしい。


 一日慣れないコンタクトで過ごし、疲れた目で帰ってくる。鍵を開けてドアを開ける。すると、鼻先を掠める生臭さ。


 なんなの、この臭いは。


 もしかして生ゴミを出し忘れた? いえ、朝しっかりと出した覚えがある。口うるさい見張りおばちゃんの目をかい潜ってゴミ出しを成功させたからよく覚えている。


 もしかして、排水溝? 


 そう思ってキッチン、洗濯機、トイレの水回りから確認を始める。排水溝はくさいはくさいがさっきの生臭さじゃない。


 じゃあどこなの? あとは食べ物の食べかすとか何かか。生ものを食べそうな場所は……


 可能性のある部屋はすべて探すが臭いの元はない。あと残すところは寝室だけ。だけど、もし寝室から臭ってるとなるとそれは只事ではない。そうなるともう事件の可能性すら出てくる。


 恐る恐る寝室のドアを開ける。残念ながらモワンとした生臭さが溢れてくる。


 ちょっと、マジなの? 


 念の為、110番の準備。ボタン一つでかけられるようにしたスマホを左手にもち、寝室に足を踏み入れる。


 何処、何処なの? 臭いの発生元は。


 ベットの布団に妙な膨らみがある。ここか。壁に立てかけてある掃除機の柄を持って思いっきりぶっ叩く。……反応なし。思い切って布団を捲るがなにもない。


 一度行動を起こすと後は体が軽くなる。そのままの勢いでベットの下、カーテンを開けてベランダも確認。何も変わった物は見当たらない。開け放たれた窓が部屋に充満した臭いをかき混ぜ攫っていく。

 

 臭いがなくなるとともに体の力も抜ける。ベット横の鏡面の椅子にへ垂れ込む様に座る。


 何だったの、さっきの臭いは。


 体が求めるままに深く息を吸い込む。


「うぐっ、くっさ」


 ねっとりとした生臭さが鼻の奥にへばりつく。吐きそうな気持ちと、臭いの元を探したい気持ちとが戦い、今晩の寝る場所確保の欲求が吐きそうな気持ちを打ち負かす。


 鏡面台を探す。あるのは化粧品とキラキラ光るジュエリーボックス…気まぐれに開く箱だ。


 わたしは迷わず箱に鼻先を寄せる。


 あった、これだ。


 どうして急に箱が臭いだしたのか。訳がわからないままに箱を開ける。開けたい時に開かない天の邪鬼な箱。「どうせ開かないのだろう」と手に取ると、開けてもいないのに勝手に開いた。


 中を見ると小さな赤い石が1つ。



【魔石】



 急に頭の中に文字が浮かぶ妙な感覚。それが強烈な悪臭の威力を倍加させる。胃からこみ上げる温い物を何とか抑え込みながら、わたしはトイレに駆け込んだ。



 


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