十五夜の日、キミと出逢う 〜また逢う日まで〜

橘奏多

第1話 運命

 俺は運命という言葉が嫌いだ。

 運命は至極当然のように決まっていて、今まで良い思いをしたことなんて、一度もない。


「運命なんて、なくなってしまえばいいのに」


 ある一人の女の子に出逢ったあの時までは、そう思っていた――――。



「今日も神社の掃除かよ、めんどくせーな」


 今日は二〇二〇年十月一日。外は快晴で、木の上に巣を作っている鳥は元気そうに鳴いている。

 世間では十五夜と呼ばれる日だが、俺にとっては特に何もない日で、いつもと何かが変わるわけでもないただの平日である。


 そして、俺の名前は高城眞都たかじょうまなと。何の変哲もない、ただの高校一年生だ。

 父親が宮司をしていて、ほぼ毎日のように神社の掃除をさせられている。

 そろそろこんな生活にも飽きてきたものだ。高校には一応通っているが、毎日のようにやっている神社の掃除のせいで部活には入れず、友達と遊んだことも今までで数えたほどしかない。


「今日の夜、参道の掃除頼んだぞ」


「ああ、分かってるって」


 普通参道の掃除などは夜ではなく、朝か昼にやると思うが、この神社では夜に参道の掃除をすることが決まっていた。

 何故なのかは俺は知らない。父親は代々そう受け継がれているのだ、などとよく分からないことを抜かして、俺は夜に掃除をさせられているのである。


「別に朝やっても夜やっても変わらないだろ。絶対」


 もっと言えば、掃除をそもそもしたくない。何故なのかと聞かれれば迷わず即答するだろう。


 面倒くさい、ただそれだけだった。


 今の俺くらいの年頃だと友達と遊びたい、部活をしたいなどと言う人が大半だろうが、俺はそんなことには一切興味がなかった。

 何もせず、のんびりだらだらと生きていたかった。

 それなのに、あの父親はやたらと掃除を強要してくる。俺の気持ちに気づきもしないで。


「色々と考えてるうちに夕方になってるじゃないか」


 急いで着替え、少しでも早く終わらせることが出来るように掃除の準備を始める。

 この神社の参道の特徴は、とにかく長いことだ。

 なんで、こんなにも長くする必要があるんだ面倒くさい、と掃除する時にいつも思う。


「さて、頑張りますか」


 今日は十五夜で月が綺麗に見える日だ。月見をしながら掃除を出来るため、いつもとは少し違った掃除になりそうだと、勝手ながら思った。


「結構暗くなってきたな……」


 暗くなると視界が悪くなるので、掃除の時に暗くなられると本当に困る。

 これを父に言っても、また代々そう受け継がれている、などとよく分からないことを抜かすのだ。

 掃除をしているこっちの身にもなってほしい。


「しかし、やっぱり月綺麗だなー」


「本当に、月綺麗ですよねー」


 俺はそんな独り言を言うと、後ろから聞いたことのない女の声が聞こえた。

 後ろを向くと、そこには見たことも無いとても綺麗な女の子が立っていた。


 綺麗な瑠璃色の目、今にでも地面につきそうな長い黒髪、月のように肌が白く、すらりとした体型の文句の付けようがない美少女だ。


 その子を見た時から俺は、この子と出会ったことが運命だと感じた。例えこの女の子が運命だと感じていないとしても、俺の気持ちは変わらない。


「キミ、誰?」


「私ですか?そうですねー、美月みつきとでも名乗っておきましょうか。あなたは?」


「俺は高城眞都。それで、キミはここで何をしているんだ?」


「ただ月を見ていたんです。この綺麗な満月を」


 どうしてこんな古びた神社で? と思わずツッコミそうになったが、声が出なかった。


「眞都さんはここで何を?」


 俺が何を言おうか迷っていると、美月と名乗る女の子はそう聞いてきた。


「俺はこの神社の掃除だよ」


「ああ、なるほど」


 しかし美月はどこから来たんだ?

 俺はこの参道をずっと掃除していたのに、この子が入ってきたことに気づかなかった。


「眞都さんは今、私が何処から来たのか疑問に思っていますね。私は月からやって来ました。俄には信じ難い話ですが、紛れもない事実です」


 いや、意味がわからない。

 それに、美月は何者なんだ。


 急に月から来たと言われても、信じられるわけがない。そして、何のために月からこの地球にやって来たのかすら不明。

 しかし、こんなにも運命だと思える出会いはそうそうない。細かいことは気にしないで、今はこの瞬間を楽しもう。


「……そ、そうなんだ。一体何をしに地球にやって来たのかな」


「見ればわかるでしょう。この綺麗な満月を見るためですよ」


 ……はい?


「そのためだけに地球に来たのか?」


「その通りです」


「じゃ、じゃあ、美月は一人でここに来てるのか? 付き添いの人とか誰も居なさそうだけど」


 俺が周りを見渡してからその一言を放った瞬間、美月は少し悲しそうに笑った。


「誰も居ません。私は監視されている身なので、何かあったらすぐ月に帰されます」


「監視、って、そんな酷いこと……」


「仕方がないんです。私は、病を患っている身なので、いつ容態が悪化するか分からない。しかも私は月の姫にあたる存在、月にとって、死んでしまったらダメな存在なんですよ」


「ひ、姫? まあ、病気なら休んでなきゃダメでしょ。ここに来てる暇ないって。月の人たちのためにも、少しでも寝て休むべきだ」


 本当は月の人たちなんて関係なくて、俺は美月に死んで欲しくない。ただそう思っただけなのだ。

 会ったばかりだし、変に思われるだろう。

 でも、多分運命だと感じて、美月に一目惚れをしているのかもしれない。


「いくら寝ても治らない病気なんですよ。余命宣告もされました」


「余命……、そ、それはどれくらいなんだ?」


「約二年。この満月を見れるのはあと一回か二回で限界ですね」


「まだ俺と歳があまり変わらないのに……。その病気は月で治すことは出来ないのか? 美月は何らかの機械を使って地球に来れてるんだろ。それくらい発展しているなら……」


 俺がその後言った言葉は強い風によって掻き消された。それが聞こえたかどうかはわからないが、美月はまたさっきと同じように悲しそうな顔をした。


「どうして眞都さんは、会ったばかりの私を気にかけてくれるんです?」


 そんなの決まってるじゃないか。

 運命だと感じてしまったから。それ以外の何でもない。

 しかしそのことを言えるはずもなく、ちょっと言い方を変えて回答することにした。


「一目惚れしたんだよ、キミに」


 一瞬美月は頬を赤らめた。


「すまん、忘れてくれ」


「何ですか! 急な告白かと思ったら忘れてくれなんて、忘れられるわけないじゃないですか……」


「え……?」


 美月は怒っているのか、大きなため息をついた。


「眞都さん、女の子とお付き合いとかしたことあります?」


「いや、ないけど……」


「じゃあ、お話とかはしたことありますか?」


「さすがにあるよ。馬鹿にしすぎだろ」


「すいません。ちょっと揶揄ってみただけです」


 美月は風に揺られながら、微笑んで言った。

 美月のこと、なんだかよく分からなくなってきたな。


「今日のところはもう帰ります。久しぶりに楽しい時間でした。また一年後の十五夜に会いましょう」


「そ、そうか。十五夜にしか地球に来ないのか……」


「ごめんなさい、その約束で地球に来れているので。それでは、また一年後に」


「あ、ああ」


「あ!眞都さん!」


「ん?なんだ?」


「また会う時までに、少しは女の子の気持ち、理解出来るようになっててくださいね!」


 どういう意味で美月がそう言っていたのかは、俺にはわからない。

 だが、美月の期待に添えるよう頑張ろう、と心の中で決心した。


「俺もそろそろ帰るか」


 美月に背を向け、少し歩いてから振り返ってみると、そこにはもう美月の姿はなかった。

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