アンハッピーDay
高梨結有
前編
アンハッピーDay。
それはまるで誕生日のように、一年に一度誰にでも訪れる特別な日のことだ。特別と言っても、それは良い意味でじゃない。その名が示す通り、この日は様々な不幸が立て続けに起こる。いわゆるツイてない日というやつだ。それも最悪なぐらい。
アンハッピーDayを迎えた人は、その日をどんなに良い日にしようと努力しても、不思議な力で必ず不幸な一日となってしまうのだ。
アンハッピーDayは誕生日のような日と
生まれてから死ぬまで変わらない誕生日とは異なり、一年の中でどの日がアンハッピーDayであるかを、当の本人は事前に知ることができない。当たり前だけど企業が発行するカレンダーにも、国が指定する祝日にも含まれていない。完全に個人的な日なのだ。
アンハッピーDayを事前に知ることはできない。でも当日になれば、今日がその日であると知ることができる。その方法は至って簡単だ。起きてから寝るまでの間に、当人には様々な不幸が降りかかるから――。
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、僕は春の心地良い気候に身を任せて眠りについていた。
ふと目を覚ますと、窓の外にある太陽がやけに高く感じられた。
枕元に置いてある目覚まし時計は、どうやら電池が切れていたのか全く動いていない。
寝惚け眼の僕は、本来の役目を完全に放棄し、アンティークの一部になってしまった目覚まし時計をじいっと見つめる。
数秒のにらめっこの末、僕は慌てて身体を起こしスマホで時間を確認した。スマホの画面には、すでに大学一限目の講義が始まっている時間が表示されていた。
僕は家を飛び出て大学行きの電車に乗った。すると続けざまに、今度は乗っていた電車が信号トラブルで緊急停車した。僕は大変長い時間を、微動だにしない電車の中で過ごすことになった。
なんとか大学に着き、仲の良い友人と合流した時には、すでにお昼休みになっていた。
「あれ、サク。お前いつも背負ってるバッグはどうしたんだ? もしかして、次の講義の席取りのためにもう置いてきたのか?」
と、にこやかに言うのは友人のヒロト。
あはは、と楽しそうに笑うヒロトとは対照的に、僕の口角はぴくりとも上がらない。鏡なんか見なくても、今の自分の顔が何色なのか分かる。
どうやら僕は、慌てて家を飛び出したために、講義で使う参考書や筆記用具を入れたバッグを、丸々家に忘れてきてしまったようだ。辛うじてポケットにはスマホと財布が入っていたものの、これじゃあ何のために大学に来たのか……。
まあこんな感じで、立て続けに良くない出来事が起きて初めて、ああ、今日がアンハッピーDayなんだなと悟ることができるのだ。
まあ、はっきり言ってこの程度ならまだマシな方。これが受験日やスポーツの試合日、結婚式やお祝いの席といった、とても大切な日や行事とアンハッピーDayが重なってしまった場合、それはとても悲惨な一日となってしまう。
そんなわけで最近では、アンハッピーDayによる特別休暇の導入を検討する企業や学校が増えてきたり、アンハッピーDay専門の占い師や預言者がわんさか出てくる始末。
ちなみに僕が通う大学では、今のところ休暇制度の導入は検討すらされていない。
朝食兼昼食を食べ、親切な友人ヒロトから参考書や筆記用具を借り、なんとか午後の講義を受け終えた頃には、すでに日も落ちかけていて僕の気分も沈み込んでいた。
背中を丸めてそそくさと家に帰ろうとする僕を、ヒロトが引き留める。
「おいおい、サク。なに帰ろうとしてんだよ」
「いやーだってもう講義終わったし、今日アンハッピーDayみたいだから、もう家に帰りたいんだよ。はあ……今日は本当にツイてない。名前の通り不幸な日だわ」
僕は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ヒロトにも分かるように不快感を示した。
「え? でもお前、今日はこれからサークルの飲み会あるぞ? まさか忘れてたのか?」
「あっ……」
ヒロトのその一言に僕はハッとする。
そうだった。今日はこれから、所属してるサークルの飲み会があるんだった。お金も事前に払っちゃったし、でも今日アンハッピーDayだし、正直行くのが怖い。
頭を抱えて悩んでいる僕を尻目に、ヒロトが囁く。
「キリエさん、今日来るぞ。俺が呼んでおいた」
「ええっ!?」
その名前に、僕は思わず大きな声を出した。慌ててヒロトの顔を見ると、なんとも得意気な表情をしていた。
「お前がいつまでたってもアプローチしないから、お前のために呼んでおいたんだよ。俺って良い奴だろ?」
「え、あ、え……」
と僕は、鯉のように口をパクパクさせる。
キリエさんは僕が所属するサークルの一個上の先輩だ。そして僕が入学当初から想いを寄せていた人。綺麗で頭も良くて、話も面白いし優しい女性。
お互い学部は別だけど、行き帰りの電車の方角とサークルが一緒なため、頻繁に会話をする機会があった。でも奥手な僕は、今の今まで自分の想いを伝えられないでいた。
そんな感じのまま時は過ぎ、僕は大学三年生に、キリエさんは大学四年生になっていた。正直、もうあまり時間は残されていない。キリエさんは大学を卒業したら就職して、もしかしたらもう会えなくなってしまうかもしれない。結果がどうであれ、早いとこ自分の気持ちを伝えなければと、日々焦っていたところだ。
うーん、と僕は唸る。
僕の中で天秤が揺れ動く。片方はキリエさん。もう片方は、アンハッピーDay。果たしてこんな最悪な日に想いを伝えていいものか。いや、絶対失敗するだろ……。
悩んでいる僕の背中をヒロトはバシバシと叩く。
「いいじゃんいいじゃん。来ちまえよ。どうせアンハッピーDayだろうが普通の日だろうが、お前たいしたアプローチなんかしないんだからさ。いつ告ったって結果は変わんないって」
ひどいことを言われているはずなに、天秤が少しキリエさんの方へと傾く。
「それに今日集めたメンバー、お前とキリエさん以外みんな帰る方角別だぞ。飲み会で良い雰囲気になれば、そのままキリエさんと二人っきりで帰れるってわけよ。まぁ、その後はお前次第だけどな」
恥ずかしながらヒロトのその言葉で、僕の中の天秤は完全にキリエさんへと傾いた。
「わ、分かったよ。行くよ。それに、告白も頑張ってみる……。ただし、僕は今日、絶対に酒は飲まないからな。情けなく酔った姿をキリエさんに見られるなんてごめんだ」
「お前酒強いから酔わないだろ……」
「とにかく! 今日はこれ以上不運が重なるのは嫌だ!」
僕がそう言うと、ヒロトはにやりと笑い、
「おうよ」
と一言だけ言った。
僕はヒロトと一緒に、飲み会が開催されるお店へと向かった。
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