第3話:問題を解決する問題

3:田上沙希

                                            

                          神戸市 路上


 ネオンに照らされる街並み。極彩色の摩天楼。あらゆる言語で書かれた挑発的な文句。市長選のムカつくポスター。そして、その全てがセダンの車窓の外に過ぎ去ってゆく。


 田上は車をかっ飛ばす。車線を無視する。路地を突っ切る。たむろっていた浮浪者が追い散らされる。三味線を弾いていたストリートアーティストの投げ銭入れが宙を舞う。


 Zipangはそう遠くない。交通法を無視すれば、十分とかからない。


 それ以上に、カジノを襲った連中の正体。其れが問題だ。ミッキーに手を出す奴はそう多くない。そして、そいつらは須く大物。つまり、評議会の連中か、若しくは国家そのもの。

 アクセルをさらに強く踏み込んだ。景色は更に流れる速度を増す。


 十三分。それが実際にかかった時間だった。銃声が鳴り響いている。


 セダンを死角になっている植え込みの影に隠す。トランクの鍵を開ける。四四式騎銃を引き出す————-銃床を切り落としワイヤーストックに換え、片手で振り回しやすくしてある。折り畳み式の銃剣は、更に肉厚で鋭利な刃に換えてある。


 コイツも満州での拾い物だった。馬から下ろされた元騎兵隊長の最後の頼みの綱だった銃。そいつは死に、今は私の頼みの綱だった。

 改造した銃床を握り込む、四四式騎銃を胸に密着させる。


 20tトラックの方へ行く。三台のトラック。駐車場を塞ぐようにバリケードがわりにされている。5人の見張り。M60を持ってる奴すらいる。


 PKSの奴らが来る気配は無い。ミッキーの送り込んだ手勢も私以外は見当たらない。誰だって死にたくは無いのだ。名目上の治安維持組織だろうが、マフィアだろうが。


 奴らに気付かれないよう、車の裏に身を隠しながら近づく。私のセダンが何百台も買えそうな高級車ばかりだ。タイガーストライプの派手な塗装のリムジンの裏まで来た。

 ガソリンタンクのキャップをこじ開ける。銃剣でハンカチを縦に裂き、タンクの中にたらし込んだ。奴らの方を確認する。M60持ちを頭に刻みつける。一発で決めなければならない。


 ジッポーでハンカチに点火する。リムジンから別の車の背後へ駆け出す。


 ピッグが弾を吐き散らすのが聞こえる。背後のアスファルトに弾が跳ねる。気付かれた。背にしたバンに銃弾が撃ち込まれる。振動が背中に伝わってくる。奴らにタンクを狙う脳がないことを祈った。

 轟音。リムジンが吹き飛ぶ。銃声が止む。奴らの気が逸れる。

 バンから身を乗り出す。突撃する。満州でやったように。四四式を軽機持ちのデカ物に撃ち込む。赤軍にやったように。左胸に当たる。血が飛び散る。コックする。

 目の前のM14を持った奴の銃口が此方を向く。引き金にかかる指。

 アスファルトに身を投げ出す。射線から外れる。四四式を抱え前転する。立ち上がり様に両足を撫で斬りにする。

 そいつはM14を取り落とす。前屈みになる。叫ぶ。自ら切先に近づいてきた。

 銃剣を脳天に突き立てる。骨を砕き、脳を抉る。上に持ち上げる。

 一人が撃つのを躊躇する。一人がトラックの陰に隠れる。オート5を持った奴の銃口が振れる。其方に銃剣を向ける。散弾銃が火を吹く。血飛沫が舞う。奴らの同僚の内臓が飛び出る。

 トカレフの銃口を躊躇した奴に向ける。三連射。頭と喉に当たる。

 オート5が更に火を吹く。同僚の死体に追い討ちが掛けられる。腹がミンチになり、下半身が千切れ落ちる。

 私は四四式の銃口を死体撃ち男に向けた。死体の脳天ごと奴を撃ち抜く。6.5mm×50SRは頭蓋骨を貫通する。散弾銃と身体が落ちる音が聞こえる。


 悪寒が走る。銃口をトラックの方へ、斬りつけるように向ける。上半身だけの死体が銃剣からすっぽ抜ける。死体が飛ぶ。


 銃声。死体に弾が当たる。更なる血を撒き散らす。


 四四式を手中で一回転させ持ち方を変える。握りしめ、突っ込む。トラックの後ろからそいつが身を乗り出す。M3を構える。

 私は四四式をそいつに投げ放つ。アスファルトに転がる。悲鳴が聞こえる。跳ね上がるように立ち上がり、駆け出す。そいつに突っ込む。

 銃剣はそいつの太ももに深々と突き刺さっていて、アスファルトの上でもがいてる。そいつはM3に手を伸ばそうとする。

 奴の太ももに突き立った四四式を引き抜く。脳天に突き立てる。心臓に突き立てる。喉笛に突き立てる。奴は動きを止める。

 背後で音がする。アスファルトを踏みしめる音。二脚の軋む音。

 トカレフを引き抜き、死体に倒れ込む。軽機関銃の弾が鼻先3寸を掠め、トラックのコンテナに穴を開けまくる。身体を捻る。弾の来た方に撃ちまくる。

 ライフルで肩口を撃ち抜かれたデカ物に更にトカレフ弾をぶち込む。LMGを抱える手に当たり、M60のパイボッドを吹き飛ばし、残りの弾は心臓と肺を貫いた。


 背にした死体から四四式を引き抜き、身を起こす。デカ物に歩み寄る。


 奴は死に体だった。血の泡を吹き、私を睨む。私は足を高く上げ、そいつの頭を踏み潰した。革靴が脳味噌まみれになる。多少、後悔する。


 M60を拾い上げる。一発撃ってみる。トラックのガラスが吹き飛ぶ。中を物色する。導線を直結させ、無理矢理エンジンをかける。カジノに機首を向ける。


 オート5をアクセルとハンドルの間に差し込む。M60のスリングを肩に掛け、脇腹に密着させる。カジノの中の奴らもこちらに気づいたようだった。

 アクセルをオート5でベタ踏みさせる。私はコンテナと運転席の間の連結部に滑り込む。


 トラックが加速する。タイヤが悲鳴をあげる。カジノに突っ込む。既に破れたエントランスに再び突っ込む。

 凄まじい衝撃。視界が揺れる。M60と身体をコンテナに押し付け、耐える。メリケンのチンピラの驚愕した面が見える。銃星の先、糞どもの群れが見える。


 私は隙間から躍り出た。


 「ボーナスタイムだ。」


 撃つ。撃つ。撃つ。引き金を引き続ける。立ってる奴は全て敵だ。単純で明確な答え。全員をミートプロセッサーに放り込む。銃身が荒ぶり、閃光を撒き散らす。黒い快感が私の脳を支配する。アドレナリンを超える、もっと根源的な何かだ。

 弾薬ベルトがきれ、銃身からは熱気と硝煙が立ち上る。M60を床に投げ捨てる。トラックの反対側に回り込むように動く。コンテナに銃弾跳ね返る音がする。立ち直りの早い奴がいるらしい。


 ルーレット台の裏に転がり込む。トカレフのマガジンを換える。四四式に弾を詰め込む。ルーレット台に銃弾が当たり、木片が飛ぶ。

 この台と比べれば、私の給料など吹いて飛ぶようなものとなるような代物だが、あいにく気にする余裕は無い。家を出てから、何十回と死んでいたっておかしくはない場面ばかりなのだから。


 ボルトを捻り、引き、薬室を閉める。


 四四式を両手で持ち、ルーレット台を渾身の力で突き上げる。太腿、腰、腕、あらゆる筋肉が軋む。台が跳ね起きる。木片が舞う。

 陰から四四式を突き出す。撃って、コックする。それを繰り返す。紅茶狂いどものマッド・ミニットを超える連射。当てれなければ、死ぬ。死に物狂いで照準を合わせる。


 全弾が当たる。何回目になるか分からない賭けに勝った。だが、まだ何も終わっちゃいない。


 その間に、弾丸が横腹を掠めた。肉が一欠片ぶっ飛んだ。トカレフに当たった。スーツが破れた。五発キッカリで隠れたにも関わらずだ。

 トカレフを確認する。派手に銃身がひん曲がってる。暴発しなかっただけマシだろう。四四式の弾も打ち止めだ。残るは三人。そして全員が自動小銃で待ち構えている。


 トラックの裏に再び回ろうとしても、間違いなく蜂の巣だろう。よくても五分五分だ。


 正直なところ、こんなポンコツに頼ってないで、M3かオート5でも拝借していれば良かったと思う。ぶっ壊れたNKVD御用達の品を握りしめる。満タンのマガジン入りのそれは丁度いい重さだ。


 足音が聞こえる。奴らが両サイドから飛び出して来る。得物を構えながら。


 立った台を背中で倒し、乱れ飛ぶ弾丸を避ける。奴らは互いに鉛玉を撃ち合う形になる。冷静じゃないからそうなる。

 背後を振り返ると、最後の一人が間抜けな面を浮かべている。トカレフの銃床がお似合いの面だ。トカレフをぶん投げる。美しい軌道で吸い込まれるように、男の顔面へ。

 鈍い音が鳴り、後ろ倒しになる。


「デッドボールってやつだよ。使っちゃいけない敵性言語らしいぜ。」


 クソくだらない、大日本帝国ジョークを言い放ちながら奴に近づく、喉笛に蹴りを入れ、潰す。

 ジッポに火をつけ横腹に押し付ける。内臓が飛び出て来るようなことはなさそうだった。


 背後で戸を蹴破る音がした。トラックの向こう側だ。


 私はそこらの死体からマカロフのパチモノのような拳銃を摘み取り、トラックのコンテナの裏に身を隠す。声が聞こえて来る。


「金庫だ。わかるか?クソッタレ!金なんだよ!それも円でもマルクでもねぇドル札だ。」


 野太い大声。でかい足音。間違いなく、ガイ・ストーナー

 マカロフを片手に、トラックの裏から出る。それも両手を挙げて。

 私はこれ以上なく愛想良く叫んだ。


「ガイ!騎兵隊の到着だ。」


 銃声。足元に穴が開く。意外なお返し。

 硝煙の上がる銃を持つのは、キューバ人のディーラーのジムだった。


「「やめろ、髭野郎。」」


 日本語で叫んだ。奴は引き金にかかった指を止める。私の顔をまじまじと見る。ガイと他の連中もこちらを見る。

 ガイが歩いて来る。突っ込んだトラックを指差す。


「これはお前がやったのか?田上。」


「ああ、そうさ。騎兵隊には馬がいるだろう?」


 ガイは顔をクシャクシャにする。哀しみと怒りが併存するありふれた表情。納豆嫌いの白人に納豆を口いっぱいに詰め込ませてやっても、今のガイよりはまだマシな顔をするだろう。


「どうして援軍がお前だけなんだ。しかも、よりによって真っ正面からだ!裏口から来ればいいものを。」


 ハムレットと曽根崎心中の合いの子のような叫びを上げるガイ。


「裏口?」


「ああ、そうだ。正面は陽動だった。あからさますぎて、俺が間抜けすぎて...アアックソッ!客の死体は見つかっちゃいないが、どうすりゃあいいんだ?カジノの有り金丸ごと分取られたってなんて言やあ良いんだ!」


 ガイは捲し立てる。手に持ったM14を振り回す。


「ミッキーは怒り狂うだろうし、モウは笑い転げるだろうな。アンタの失敗を見てさ。」


「分かりきってる事を言うんじゃない。クソ猿め。」


「現状確認ってのは大切だぜ。」


 私は手負いの熊のように怒る上司を尻目に、死体を見てまわる。


 私は言った。「コイツらで最後のなのか?」


 ガイは吐き捨てた。「お前が駐車場の連中もやっちまったんならな。」


 「そいつは朗報だな。笑い転げてもいいんだぜ?」


 トラックの下を見ると、高そうなドレスの布地がズタボロ血塗れになっているのが見えた。


 どうやら、やっちまったらしい。 

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