第4話 不穏

窪地の中は明るくて、一瞬目が眩む。


森の中は暗かったからそうでもなかったけれど、ここは日差しが直接入り込んでいる。目が慣れるまで、数秒かかった。


慣れたら、視界一杯に明るい景色が広がる。大きな岩壁に囲まれていて、空を仰ぐと、木々がこの窪地を中心に円を描くように枝を伸ばしている。


視界の端で、ハルカとコウタの姿が見えた。ハルカが、コウタの後頭部を殴っている。説教でもしているのだろう。


「にしても」ゲンが隣で上の方をぐるぐると眺めている。「どうやって出来たんだろな、ここ」


確かに、不思議な場所だった。今まで森の中を通ってきたけれど、こんな窪んでいる場所はなかった。何がどうして窪んでしまったのか。見当もつかない。

でも、経緯がどうであれ、自然の力だけでこんな地形が出来るのは難しいだろう。


「…超巨大な生物が作った、足跡とかかもしれないよー?」

ミコトが目を細めてにやりと笑った。

「ははっ、まさか」

ゲンはふっと軽く笑う。ゲンは、顔は怖いが笑うと少し幼く見える。

「いやいやゲン君、すっごい大昔は、そういう巨人も存在したっていうからね!」

「まじかよ…」

おれは堪らず想像してしまった。足のサイズが五十メートル近い巨人って、いったい身長何メートルなんだろう。


いやいや、それはさすがにありえない。

そういえば、この世界がどういう場所なのかも覚えていない。ただ言えることは、この世には魔物という危険な生物がいて、おれたちはそれと戦うことで生計を立てているということ。

まだ大人とも呼べないおれたちでも、危険な依頼を受けざるを得ない世界なのは確かだ。

もちろん、全員がそうではないかもしれないけれど。

おれたちは、武器を持って、魔物と殺し合って、生きていく。それが普通の世界。


「おーい、皆」

先に窪地に降りていたハルカが、ポニーテイルを揺らしながら駆け寄ってきた。その後ろから少しやつれてしまったコウタがとぼとぼと歩いている。


「お、」振り返ったゲンがハルカに尋ねる。「どうだった?悪鬼の様子は」

「もうもぬけの殻だったわ」

ハルカは首を振りながら、はあ、と溜息を付いた。もぬけの殻、と聞いて、ちょっと安心してしまったことは誰にも言えないが。


「巣の中は確認したのか?」

「ええ、コウタが確認したけど、やっぱりどこにもいなかったわ」

指を差したコウタの頭には苔や葉っぱや土埃がたくさん付いている。どうやら、ハルカに無理やり確認させられたようだ。


「…気持ち悪ぃ虫やらなんの生き物かわからねぇ骨だかがそこらじゅうにあってひどいもんだったぜ、まったく…」

「じゃあ、悪鬼たちはどこに行っちゃったんだろう?」

ミコトがハルカに問うと、彼女は即座に巣穴のあった窪地の脇を見た。


「それなら、すぐに分かったわ。あいつら、何でかは知らないけど、窪地を出て行った足跡があった。もっと奥の方に向かったようね」

「それはあれか?一時的にこの場を離れたのか?狩りとかをするために。それとも、何か別の理由があって、もうこの場には戻って来ないのか?」

ゲンがミコトとハルカの間に割って入るように、そっと顔を覗かせた。


「そこまでは分からなかったわ。ただ…」ハルカは森の悪鬼たちが行ってしまったであろう方向を見据える。「足跡は最近出来たものよ。それに、歩幅的に、走って、逃げている様にも感じた…」


逃げている、ということは、何かに追われていたのだろうか。でも、こんなしっかりとした窪地を、そう簡単に放棄するものなのか?それとも、そこまでしてまで逃げなければならなかった理由があるのか。

まあ結局、おれは悪鬼じゃないから分からないけれど。


「…要領を得ないな。とりあえず、その窪地を出て行った足跡を追いかけてみるか」

「そうだな、どのみち、あいつらを追っ払ったか、倒したっていう証拠を出さねえといけなえしな」

「はあ、もう、あいつら手間かけさせてくれるわね」

「ま、まあまあハルカちゃん。もし本当に悪鬼がいなくなっていたんなら、戦う必要なく調査報酬もらえるんだからいいじゃない」

ゲンの意見に皆それぞれ口応えしながら、窪地の外側に向かって歩き出した。おれも彼らに倣って一番後ろを歩いて行く。


自分的には、ミコトが最後に言った言葉が希望の光のように聞こえた。そうか、戦わずに帰れる方法があるのか。結局のところ悪鬼次第ではあるが、戦わないで済むならそれに越したことは無い。

でも。

そうやって、希望を持ってしまった時は何かしら、落とされるもので。

刹那。

“気を付けろ”と頭の中に響いたのと、目の前を歩いていたコウタが消えたのは一瞬のことだった。

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