第18話

 キャンプに戻る頃には、ちょうど昼時となっていた。キャンプ民との交流だろう、フレッドとマリアが陸に上がってマル村の人達と一緒に食事をしていた。


「や、おかえりぃ。姿が見えなかったから先に食べてたよぉ」


 そう言ったマリアは炊き出しでもしたのか片手に味噌汁が入った大きな椀を持っていた。


「周辺の偵察に行ってたんだ。美味そうなもの飲んでるじゃないか。俺達の分は?」

「ちゃんとあるよぉ。あっちにお鍋あるからよそってきなぁ」


 リリウムと共に鍋から味噌汁をよそい、主食のパック米を開封する。このパック米はパックについている紐を引っ張れば中の米が加熱される仕組みで、長期保存もきくしいつでもどこでも温かい米が食べられるというすぐれものだ。


 フレッドは持ち前のフレンドリーさでもうマル村の人達と打ち解けていた。彼はどうやらこれからの働き手となる若者にロックオンしたようで、フレッドの周りには数人の男性青年が輪を作っていた。


「よう、盛り上がってるじゃないか。なんの話しをしていたんだ?」


 ユウはリリウムを伴ってその輪へと入っていった。当初ユウの姿を見た青年達は歓迎ムードを見せたが、その背にリリウムの姿を認めると、一様に微妙な表情を見せた。


 疑問に思っていると、雰囲気に気付いたらしいリリウムが自発的に「私マリアさんのところに行きますね」と言って去っていった。


「……あまり褒められた態度じゃないね。理由を聞かせてもらっても?」


 どっかりと地面に座り込んだユウは、理由を聞くまで動かないといった様子だった。それを受けて青年達は当初気まずそうにしていたが、やがてポツリポツリと語りだした。


「……最近、リリウムがワイアードだっていう噂が流れてて」


 角刈りの青年がそう言うと、後を次ぐように坊主頭の青年がこう言った。


「だから村に帝国兵が攻めてきたんじゃないかって皆言ってるんです」


「なるほどね、事情はわかった。でもどうしてリリウムがワイアードだなんて話しが出てきたんだ?」


 その質問に答えたのは長髪の青年だった。


「ちびっこが水汲みをしてる時にリリウムの腕に石があったって言うんです。最初は誰も信じなかったんですけど、あんまり真剣に言うものだから……」


「それに、思い返してみればリリウムのやつ、時折何もない空間を見て一人で話してたりするから……一回疑っちまうと本当にそうなんじゃって……」


 角刈りの青年が追い打ちをかけるようにそう言った。なるほど確かにそれだけ情報が揃っていればリリウムがワイアードであると疑うのも無理はないだろう。


「それで? リリウムがワイアードだったとして君達はどうするつもりなんだ?」


「実は今それを村のやつらと話し合ってて、もし本当にワイアードなら村を追い出した方がいいんじゃないかって話しが出てるんです」


 ここまで黙って話しに耳を傾けていたフレッドが、初めて食事の手を止めて会話に入ってきた。


「なるほどねえ。俺にゃワイアードがなんなのかは知らねえけど、んな事で追い出すってのはちょっと酷いんじゃねえかって思うけどな」


「でも、ワイアードは不幸を呼ぶ存在なんです!」と角刈りの青年。


「それは迷信なんじゃねえの? この世界の宗教がどうとか、俺らにゃわからんよ。生きてく上で宗教がなきゃいけねえ人間がいるのもわかる。けどよ、それが理由で可愛い女の子を追い出すってのは、俺は納得いかねえなあ。その辺はどうよ、ユウ」


「郷に入っては郷に従え、とはよく言ったものだね。とはいえ、こんな事は言いたくないけど君達は誰のおかげで今生きていられるのか思い出す必要があるね」


 お椀を地面に置いたユウは立ち上がり、キャンプの前列まで歩いていった。その後ろには同じく食事を中断したフレッドがついてきている。


 二人が何かをやるのを理解したのだろう、マリアもリリウムに断ってユウの隣に立った。


「傾聴! これよりフェンリルの方針をユウが話す!」


 フレッドが注目を集めるため大声でそう言うと、突然の事に全員が食事の手を止めてユウに注目した。


「これから話す内容はここで生活を送る上でのルールです。これが守られる以上、我々フェンリルは皆さんを全力で守り、生活の支援をする事を約束します。しかし、ルールに納得いただけないのであれば、キャンプから出ていってもらいます。以上を念頭に置いて話しを聞いていただきたい」


 ユウは全員の注目が集まった事を再び確認すると、こう続けた。


「知っての通り我々フェンリルはマル村の皆さんを守るため帝国に弓引きました。それは、我々が皆さんと仲良くする事でメリットがあるという打算の元です。だから、我々は寝場所も与え、食事も提供している。しかし、悲しい事に現在このキャンプでは差別が蔓延っている。私はそれが我慢ならない。我々は家族だ。家族はいついかなる時も協力し合わなければならない。差別など以ての外だ」


 ユウは先程の青年達を始め、村の運営に関わっていそうな大人達を見渡す。


「私は今、この場所にフェンリルのベースを作る事を宣言する。ベースの管理運営を行う者の人選は我々フェンリルが決定する。先立って、リリウムには管理運営側になってもらう。役職は追って通達するが、管理者側となった者はあそこに見えるフェンリルベースで生活してもらう事になる。当然、安全性は元より生活は今より遥かに高水準なものを約束する」


「リリウムちゃん、かもーん」


 隣のマリアがダルそうに手招きしてリリウムを呼ぶ。いきなりの展開に頭が追い付いていない様子のリリウムは言われるがままに三人の横に並ぶ。


「お前らの村からエリートが出たんだぞお、ここは拍手だろうが。ほら、拍手!」


 フレッドが半ば強制的に村人に拍手をさせる。完全に恐怖心からの拍手だが、今は何より体裁を整える事が大事だ。


「彼女は私同様妖精が見える。諸君らの中にはそれを嫌がる者もいるだろう。それが理由でキャンプを出ていくのを私は止めない。しかし、当然出ていく者には支援などしない。それを理解しておくように。それから、我々はヒト属であるか否かも差別しない。有能な人間は積極的に運営側に勧誘する予定だ。従って、このフェンリルキャンプには諸君らが亜人と呼ぶ種族とも共同生活を送る予定だ。私も鬼ではないので今すぐに出ていけとは言わない。猶予は今日から三日後だ。それまでに決断しておくように。以上」


 話し終えた三人は、キャンプの住人に見せつけるようにリリウムを伴って船に乗った。彼らから見て贅沢な暮らしが行えるフェンリルベースに戻るのだ。


「やれば出来るじゃん。途中からカスミっちぽかったよぉ」

 マリアは何が嬉しいのか上機嫌でそう言った。


「だな。あの口調のキツさは姐さんを彷彿とさせたぜ。流石は教え子第一号だ」


「茶化すな。ちょっと言い過ぎたなと思って反省してるんだから。実際問題、三日後にどれだけ残ってるか今から心配だよ」


「そんな心配すんなって、連中結構厚顔無恥だからな、案外ほとんど残ってるさ」


「そうだねぇ。そもそも、年寄りばっかだからいなくなってくれた方が開拓的にはいいしぃ」


「あのお……」

 と、ここでおずおずといった様子でリリウムが会話に参加する意思を見せた。


「ん、どうしたリリウム?」

「その、さっきの話本当なんですか?」


「本当の事だよ。さっき言った事に嘘はない。だから、共同生活を送る上で家族観を共有出来ない人間には出ていってもらう」


「いえ、それではなくて……私を運営側の人間にするっていう話です」


「ああ、それか。もちろん本気だよ。そもそも、俺達が君を助けたところからスタートしている訳だからね、リリウムが割を食うのはおかしいから」


「でも……やっぱり私一人が出ていけば済む話ですし、考え直した方が……」


「論外だ。こう見えて俺は差別が嫌いなんだ。俺自身差別される側の人間だったからね。リリウムが差別されているのを見て我慢出来なかった。むしろ、こんな強引な方法を取ってしまって申し訳無い」

 ユウはそう言ってリリウムに頭を下げた。


「そんな! ユウさんが謝るような事じゃないですよ。ユウさんは私の事を考えて動いてくれた訳ですし、感謝こそすれ責めたりなんて出来ませんよ」


「そう言ってくれると助かるよ」

「りーちゃんは可愛いなぁ。このこのぉ」

 マリアは言いながらリリウムの頬をムニムニした。


「り、りーちゃん?」

「ああ、マリアは身内だと判断した人間にはあだ名をつけたりするんだ」

「そ、そうなんですか?」


「そうだぜえ。代わりに身内以外にはびっくりするくらい冷てえんだ。その辺のゴミでも見るかのような目で見てきやがるからな」


 遠い目をしながら言うフレッドは、フェンリル加入当初を思い出しているのだろう。あの時のマリアがフレッドを見る目は確かにゴミを見る目以外の何者でもなかった。彼女がフレッドを見る目を変えたのはあの件以降だったように思う。


「うーし、到着だ。ちょっと揺れるから気をつけろー」


 過去を思い出そうとしたところでボートがフェンリルベースに到着してしまった。回想はまたの機会という事にしよう。

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