第4話 聖剣

「アッシュ、一緒に寝ようよー」

「いいや、フィオナ、それはいけないよ。君は魅力的過ぎる。男は狼なんだ。やっぱり、ボクの抱き枕になってくれると嬉しいな、アッシュ」

「二人の寝相の酷さは証言出来る。大変危険。その点、私は大変優良。此処は、私一択の筈」

「…………隣の部屋で寝ます」

「「「ぶー! ぶー! ぶー!」」」


 寝間着姿の少女達は、ベッドの上に座り込み声を揃えて俺を非難してきた。いや、このやり取り、王都を出て以来、ずっと続いているんだが?

 半ば呆れながらも、習慣の力は恐ろしいもの。

 俺は唇を尖らせているフィオナ達のベッドに近寄り、ブランケットをかけた。


「「「…………」」」


 すると、不思議なことに喧騒は収まり、みんなベッドに横になる。

 以前、余りにも五月蠅かったので『俺がブランケットをかけたら寝ること。それが守れない人には、二度とホットミルクも紅茶も珈琲も淹れないし、野営した時に甘い物も食べさせないし、一緒に買い出しにもいかんっ!』と宣告したのが効いているようだ。

 魔力灯を小さくし、三人へ挨拶をする。


「んじゃ、おやすみ。また明日」

「うん、アッシュ、おやすみっ!」

「ノックを三回したら、それが合図だよ♪ でも、今は一旦おやすみだ」

「ララは嘘ばかり言う。困った騎士様。おやすみ」


 少女達は顔を出し、手を振ってくれた。

 ……普段もこれくらい穏やかだったらなぁ。

 俺はそんなことを思いつつも、声には出さず手を軽く振り返し、扉を閉める。。

 闇の中、聖剣の柄に埋め込まれている宝珠がキラリ、と光るのが見えた。


※※※


「だーっ! どうして、こう、御役人様は書類を量産出来るんだよっ!!」


 用意されたホテルの一室で一人、自由都市側が持ち込んだ書類と格闘していた俺は思わず愚痴を零した。

 いやまぁ、昼間起きた事件について、概要、被害状況、今後の対応やテルフォード王国を含む各国の注意喚起等々をこんな短時間で纏め上げている時点で、この都市の実務能力がえげつない程高いのは分かる。

 署名は……へぇ、副市長様か。

 親父さんの言葉を思い出す。


『いいか、アッシュ、世の中は善人ばかりではない。王都へ行けば嫌でも分かるだろうが……娘を、フィオナを頼んだぞ』


 確かにそうだった。

 俺の幼馴染が聖剣を抜いちまって、旅に付き合わされて以来……そのことについては痛感している。この間、通り過ぎた多くの都市では、魔族への対策は一切取られておらず、むしろ他都市、他国への反発の方が遥かに大きかった。目の前に脅威が示されない限り、人はそれを自分事としして認識し難いのだ。

 おそらく……窓の外に目をやると、煌びやかな灯りがともっていた。

 この豊かな自由都市が混乱していると知られれば、必ず他国に狙われる。

 恐ろしく困難な事態になるだろうけど、是非とも頑張ってほしい。

 此処が騒乱下になっちまうと、俺達が帰国する際、面倒な事になるだろうし……。

 書類を置き、白磁のカップを手に取る。中身は濃い珈琲だ。

 昼間はどうしても、フィオナ達と一緒にいるしこういう仕事は出来ない。

 勇者様も、筆頭近衛騎士様も、天才魔法使い様も、ほぼほぼ感覚派で、自分の考えを文字にすると……あ~ら、不思議。

 理解出来るのは俺だけになっちまう。あと、常人では実現不能。

 豊潤な香りを吸い込みつつ、珈琲を飲む。 

 

「はぁぁ……うめぇ。でも、胃もいてぇぇ…………」


 心が落ち着き、目を閉じる。

 俺はフィオナ達のことを嫌っていない。嫌いだったら、一緒にこんな旅なんざするわけがない。

 でも……。


「……あいつら、無防備過ぎるんだよなぁ」


 フィオナは当然、ララやホリーも普段の剣士服と魔法使いのローブを着ていなければ魅力的な美少女そのものだ。

 そんな子達と始終一緒に過ごして、身が持つだろうか? 


 いや、もたんっ!! 絶対にもたんっ!!! 誰がどう言おうがもたんっ!!!!


 ハーレム、だなんだの陰口を叩きやがった奴は死すべし。俺が常備する胃薬は増える一方なんだぞっ!? 夜の別室だけは死守しねぇと。

 正直、本来なら『魔王討伐』なんぞは放り出しちまいたい。

 フィオナ達だって無敵ではない――……あ~ほぼほぼ無敵かもしれんが、俺が無敵じゃない。

 きっと、親父さんは俺達に『広い世界』ってやつを見せたいと思っているのは分かる。分かるが……奇妙な気配を感じた。

 フィオナが聖剣で空間を断ち切ったり、ララが転移しようとした魔族を斬り捨てたり、ホリーが『そこにあると仮定した世界』を抹消したのと同じ感覚。こいつは。


『――ほぉ。気づいたか。思っていたよりも、敏感ではないか』

「! だ、誰だ!?」


 いつの間にか、部屋の中は漆黒に染まり、俺の目の前に置かれた小さな魔力灯だけが瞬いてた。

 魔法、なのか?

 訝し気に入り口に立つ白い影へ話しかける。……何か、違和感が。


「えーっと……何も頼んでないんですけど?」

『我は貴様に用がある』

「……人違いだと思います」

『いいから聞け。汝にとっても悪い話ではない』


 白い影が近づいて来る。

 ……餓鬼の頃、フィオナが俺を驚かす為にしていたのと同じなような。あの時は、本気でビビったわなぁ。

 俺が懐かしさを覚えていると、白い影は明るさが届かない位置で立ち止まった。


『ククク……喜べ。汝に神聖なる使命を。あーあーあー! な、何をするー!』


 立ち上がり、白い影が被っている布を取り上げる。

 そこにいたのは――俺は頭をぽん。


「お嬢ちゃん、こんな夜に一人で出歩いちゃダメだぞー? 自分の部屋が分からなくなったのか? 良し、お兄ちゃんが探してやるよ」

『な、汝っ! わ、我を愚弄するなっ!! 我を誰だと思っているのだっ!!!』


 白服を着た、腰にまで届く長い白髪幼女がその場でぴょんぴょん跳びはねる。純粋に可愛い。

 どうやら、俺は疲れているようでどうしても和んでしまう。


「あー悪かった。お嬢様、何か御用でしょうか?」

『……用があるから来たのだ。当代の勇者の手綱を握っておるのは、汝だからなっ!』

「……うん?」


 当代勇者? それってフィオナのことだよな? 何で、こんなちびっ子が知っているんだ?

 俺が小首を傾げ考え込んでいると、白髪幼女は胸を張った。


『我こそは【聖剣】なりっ! 勇者の手綱を握る者よっ!! 汝に重要な任務を与えに来たっ!!! 感涙に咽ぶが良いっ!!!!』

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