悲報! 幼馴染が聖剣を引き抜きましたっ!!
七野りく
プロローグ
思ったよりも感動しないもんだな。
極めて呑気な話だが、目の前で起きた驚天動地の事態に対する俺の感想はこんなもんだった。
王国の都を一望出来る通称『花の丘』。
その中央に鎮座する、初代勇者の墓標からとんでもない代物をあっさりと引き抜いた美少女は、綺麗な金髪に陽光を反射させながら、振り向いた。
周囲で固唾を呑んでいた偉い人達を見渡し、困った顔になり――俺を見て、何時もの台詞を吐く。
「え、えーっと……アッシュ、どうしよう? 聖剣、抜けちゃったんだけど?? 何とかしてくれない??? あ、戻せばいいかな?」
「……俺に聞くな、馬鹿フィオナ。お前が抜いたんだろっ! 自分のことは自分でしなさいっ!! 嗚呼……『なんか、教会の偉い人に託宣が下りたんだって。アッシュも一緒に来てよ。じゃなきゃ、行かないっ!』とか駄々をこねた我が儘娘に付き合うんじゃなかった……あのまま、学校の寮に戻っていれば…………」
俺は頭を抱え、呻く。
フィオナと違い、俺は自他共に認める平々凡々な一学生に過ぎないのだ。
こんな歴史的な場面に立ち会うのは、御免被りたい。何事も平穏が第一。
すると、少女は見るからにむくれ、あろうことか聖剣を地面に突き刺した。
丘全体に衝撃が走り、無数の花が舞い散ち、小鳥達が飛び立つ。
「ひっどーい! アッシュは幼馴染が困っているのに、見捨てるのっ!? 生まれてから、今日まで、ず~っとっ、ず~っとっ、ず~っとっ! 十五年間、一緒だったのにっ!?」
「い、いや、だって、お前……」
二百年間、誰も抜けなかった初代勇者の剣――所謂『聖剣』に選ばれたってことは、それってつまり。
「――おお。おお! なんという……なんということだっ!」
「うおっ!」
言い淀んでいると、高級そうな紫衣を身に纏った老大司教様が俺を押しのけ、フィオナの傍へ駆け寄った。
白髪の近衛騎士団団長様や大賢者様、学内では遠目でしか見た事がない美男子のブラッドリー王子も近づき、服が汚れるのも気にせず片膝をつき頭を垂れ、他の大人達もそれに続いた。
立っているのはフィオナと、跪く機を喪い右往左往している俺だけ。
老大司祭様が涙にむせびながら、声を振り絞る。
「……約二百年ぶりに齎された女神様の託宣、その奇跡を老いた目で見ることが出来ようとは……」
「――フィオナ・フェアクロフ嬢。貴女は今、この瞬間より『聖剣』に選ばれし【勇者】となった」
「どうか、その聖剣で魔王を打ち倒し、王国を、ひいては世界を救ってもらいたい。……情けない話だが、我等の力ではあの恐るべき怪物を打ち倒せない」
「無論! この私、ブラッドリー・テルフォードも同行しようっ! こう見えて、剣技には自信がある!!」
……この光景、餓鬼の頃に読んだ英雄譚の絵本で見たことあらーな。
今から二百年前、初代勇者はこの丘で女神より聖剣を賜り、【四英雄】と謳われた歴戦の勇士達と共に艱難辛苦の旅の末、魔王を討ち、人族と魔族との大戦争を終わらせた。
こいつはその始まりの再現。
でもまぁ……俺は何とも言えない顔をしている幼馴染を見た。こいつだしなぁ。
――フィオナ・フェアクロフ。
王国西方辺境を鎮撫する【黒狼】フェアクロフ辺境伯の一人娘。
チビの頃から、とにかく才気煥発。容姿端麗。
武芸は百般。魔法も炎・水・土・風・雷の全属性持ち。稀少な治癒魔法まで使いこなす。
性格も俺以外には到って温和で、頼りがいがある。
何時か……何時か『こういう日が来る』とは思っていた。
フィオナと違い、俺に誇れる才はない。
王都の学校に入学出来たのも、『アッシュが一緒じゃなきゃ、行かないっ!』と強硬に辺境伯へ訴えたからだ。それ以上、それ以下でもない。
大陸の丁度真ん中に位置するテルフォード王国には、未だ魔族の脅威は感じられないものの……北方では激しい戦いが繰り広げられていると聞く。
聖剣に選ばれた以上、フィオナも近い内に北へ向かう必要があるだろう。
そして、それは俺と幼馴染との『別れ』を意味する。
……こっちは……案外と寂しく感じるもんだな。
人々が少女に跪き、無数の花弁が舞う中、俺は自分の感情に苦笑した。聖剣を抜けた時点で驚けよ。
風が吹き、フィオナは長い金髪を右手で押さえ――俺を見た。
目を瞬かせ、手を叩いて得心。老大司教様達へ話しかける。
「えーっと……鞘って用意してありますか?」
「はい」「勿論だ」「鞘を」
「はっ!」
大賢者様が左手を挙げると、宮廷魔法士の一人が進み出てフィオナへ純白の鞘を差し出した。花弁が描かれていて、こう言っちゃなんだが可愛らしい。
幼馴染は地面に突き刺さっている聖剣を抜き放ち、惚れ惚れする見事な動作で鞘へと収めた。
金属音がし、突風が吹き荒れる。
餓鬼の頃に、どっちがカッコよく出来るか、練習したのを思い出すわな。
そして、フィオナは跪いている王子の方へ踏み出し――声もかけず通り過ぎた。
「……なっ」
『……えっ?』
王子の愕然とした声と、見守る人々の呟きが漏れる。
フィオナはそのまま花の中を進み、俺の傍へ。
両手を合わせ、それはそれは楽しそうに宣告してきた。
「と、言うわけだから――アッシュ、付き添いよろしくね☆ だいじょーぶ! あたしたちは何時も、何処でも一緒! でしょ♪」
「…………お、お前、それは流石に」
「通る話ではないっ! 確かに、初代勇者様も旅の仲間は御自身で選ばれたと伝わっている。だが……そこの学生が、魔族や魔王との戦いに耐えれるとは到底思えないっ! 死ににいくようなものだっ!!」
ブラッドリー王子が立ち上がり、俺を睨みつけてきた。整った顔は赤くなり、大変怒ってらっしゃる。あと、この丘に来る前に名乗っておいたのだけれど、覚えられていなかった模様。
少しばかり悲しいけれど、言っている内容は至極最もだ。
けれど……嗚呼、俺には分かる。分かってしまう。
俺の幼馴染が、この後何と言うのかを。
フィオナは心底不思議そうな顔をし、王子へ告げる。
「アッシュが着いて来てくれないなら、私は魔王討伐なんか、絶対に、何があっても行かないですけど?」
――こうして、俺、アッシュ・グレイは幼馴染な【勇者】の旅に同行することとなったのだ。
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