1-6 絶望の果てに何を思うか

 ――そこは何もない、真っ白な空間だった。

 何物にも染まらない、神聖ささえ感じさせる真っ白で広大な空間。そこに、アラヤは唯一人存在していた。


「……何だここは?」


 周りを見渡した。だが、周りには何も無くアラヤの言葉に答えるものは誰もいない。

 アラヤは状況を把握するために辺りを歩き始めた。


「俺は確か……、――!」


 体を突き破り、内部を弄りまわされる様な強烈な痛みが襲っていた事を思い出す。慌てて自分の体を見るも、そこには血液などは付いておらず黒を基調とした制服を着ていた。


「……どうなっている?」

【―――――ぁ】


 アラヤしかいないと思われたこの空間に、何処からか声の様なものがアラヤの頭に直接届いた。アラヤは、どこから聞こえてきたか分からない声を求めて歩き始める。

 幾ばくか歩いたところで、無機質な声がハッキリと聞こえた。


【――汝、『力』を求めるか?】


 声が聞こえた時、アラヤの目の前には輝かしい光の塊があった。

 神聖さを感じさせる光。その光に、アラヤは無意識に懇願するかのように手を伸ばしていた。


「……力?」


 光の塊の言葉を疑問に思いながら、アラヤはそう呟き手を止める。

 すると、塊だった光が揺らぎ始め、徐々に形を成していった。揺らぎがおさまると、光の塊は顔の無い人の様なモノとなり、背中には天使のような翼が生えていた。


「……何なんだ?」

【汝、『力』を求めるか?】


 アラヤが人型となった光を訝しがっていると、先程と同じ質問が頭に直接響く。その言葉に対する疑問を解消する為、アラヤは光に尋ねた。


「……力というのは何だ?」

【――『力』とは望み。汝の望みに合わせて力は変わる。だが、『力』を求めたならば汝はヒトではなくなるだろう】

「……ヒトではなくなる」

【それでも、望みを叶えたい意志があるのならばこの手を取るがいい――】


 そう言って、光は手を枢に差し出した。差し出された光輝くその手を、アラヤはじっと見つめる。


「……叶えたい望み」


 思い起こされるのは、理不尽と不条理が混ざった血塗られた世界。

 

 ――連綿と続く戦争

 ――ナインファイブと呼ばれた自分。

 ――格差のある世界

 ――そして【居場所】を手に入れる為の願望。


 これらが頭に浮かんだ時、アラヤの中にある憧れや欲が炎の様に猛々しく燃え上がる。

 それを自覚したアラヤは差し出されている手を見つめ、その手を強く握りしめた。


【望みは決まったようだな】

「ああ」

【ヒトでは無くなるぞ】

「構わない。それも覚悟の上だ」

【ならば、汝の望み我に告げよ。汝はその『力』で何を成す】

「――世界をこの手に掴む! だからお前の言うその力、俺によこせ!」


 アラヤが高々と声を上げて宣言する。光の人型は、先程までの無機質な声とは違い、どこか好奇心を孕んだ声で告げた。

【良いだろう。汝が望み、我が叶えよう。受け取るがいい】


 人型が一際大きな光を放ち、繋がれた手から光がアラヤへと渡っていく。光が全てアラヤに行き届くと、アラヤは手を開閉する。

 そして、まぶたを閉じ自分の中にある灼熱の如く燃え滾る何かを感じた。


【「我、万変を敷く者成。全てを掌握せよ――」】


 【声】と自分の声が重なった瞬間、真っ白なこの世界は鋭い音を響かせて弾け飛んだ。それと同時に、アラヤの意識が引っ張られる様に浮上する。

 まどろむ頭で目の前を見ると、喜びに満ち溢れている軍人の男が視界に入った。


「――博士! 成功です!」

『こちらでも確認しておる!! じゃが、まだ枷は外すでないぞ!』

「はっ!」


 無線機から聞こえてきた老人の嬉しそうな声が途絶える。恐らくは、急いで実験室に向かっているのだろう。


「――!」


 アラヤが弾かれたように顔を右に向けると、クォルルが全身を血に染めながらぐったりと力なく横たわっていた。見る限り生気がまるで感じられない。恐る恐る左を見ると、キューラも同じ様な状態になっていた。


「――ぁ」


 アラヤの頭は何も考えられない程、ぐちゃぐちゃになっていた。


「クォルル……、キューラ……。おい、起きろよ……。なぁ……。なぁ……! 俺達が普通に生きられる世界を作るんだろ!」


 アラヤの叫びが部屋に響く。

 すると、白衣を着た老人が実験室に入って来た。どうやら、この人物が博士と呼ばれていた人物の様である。軍人の男は、アラヤに一瞥もくれる事無く扉から出て行った。

 アラヤは上体を前のめりにし、今にも殺しそうな勢いで博士に尋ねた。


「おい!! これはどういうことだ!! クォルル達はどうなっている!!」

「お主は選ばれたのじゃ。残念な事にお主のお友達は死んでしまっておるがの。まあ、仕方ない」


 博士が淡々と答える。

 そして、アラヤの姿を完全に捉えると、幾らか興奮じみた口調で話し始めた。


「今回の実験は、人類の進化実験計画エヴォルシオンと呼ばれるものでの。国全体で行われている実験じゃ。まぁその総監督はユリエール皇女殿下じゃがの。

 ――そしてこれは、アストラダイトのエネルギーを直接脳に流し込むと人類は超人的な進化を遂げるのではないかという仮説の下実行された未完成の人体実験じゃ」

「……なんでそんなことを」

「最強の軍隊を作るからじゃよ。我が国は最強でなくてはならん。人の意志で動かせるホプリテスの自由度もよいが、コストはやはりかかるのでの。一騎につき一つというのももったいない。――しかし、無数に存在するヒトであればコストは0も同然!! その上、エネルギーを流すだけじゃから、アストラダイトも消費しない。そして超人になれば、ホプリテス以上の自由度と戦術性が見込める。これだけの利点があって、やらない手はないじゃろ」

「……人の命を何だと」

「我ら帝国にとっての人とは【傷持ち】かそうでないかじゃよ。なんじゃ、自分の命が高貴な我々と同価値だと思っておったのか。これは滑稽じゃ」


 かかかッと、目の前の老人がアラヤを嘲る。アラヤに当てられるその視点は、ずっと哀れみを持っていた。


「ま、貴様くらいは少しだけ価値を認めてやってもいいじゃろ。なにせ、貴様のおかげでわしの実験は初めて成功したのじゃから!」

「……初めて?」

「脳に高出力のエネルギー、しかも存在を概要程度しか理解できていないモノを流すのじゃ。安全性なんて考えておらん。他の研究者もこの実験をしておるが、今はどの実験方法が一番効率の良い方法か探り当てている状態。生存確率としては0.0001%あればいい方じゃろう。――じゃがお主のおかげで、これで儂も皇女殿下、ひいては皇帝陛下にまでご寵愛を受けられる事になるじゃろう。お主も嬉しかろう? その様な力を持てたのじゃから」


 その言葉の通り、アラヤの体は椅子に座る前とは違い、溢れんばかりの力で満ちていた。思いっ切り力を籠めると、手足に付けられている枷は簡単に外れることだろう。

 それでも枷を外さないのはアラヤの頭が絶望で満ちていたからだった。


「……本当に皆死んだのか?」

「何じゃ、まだ信じられぬのか。お主の友人はとっくに事切れておろうに……。じゃあこれを見よ」

「――ッ!!」


 そう言って、博士は部屋の壁を透明にする。

 壁の向こうには、大広間にいた人間の死骸が積み重なっていた。中には、アラヤが助けた女子生徒のハルカもいた。悲痛で止まり、助けを叫ぶ顔をアラヤに向けている。


「――おえええええ!」


 そんなおぞましい光景を見て、アラヤは嘔吐する。

 死体を見ること自体は珍しくない。むしろ見慣れている筈だった。だが、ここにあるのは爆散した死体や、何故か手足が混ざり合っている死体など、生理的嫌悪を覚えるモノばかり。そしてなにより、ハルカの助けてと懇願している様な顔に、アラヤの胸は張り裂けそうな思いで一杯だった。

 博士はアラヤに構わず、いつの間にか手に持っていた注射器を刺そうとしている。手に持っている注射器には、赤色の液体が入っていた。


「――この注射を終えればおぬしは、我が軍の『戦略兵器』として生きる事となる。精々、死ぬまで生きるんじゃの」


 項垂れたアラヤに対して、博士はそう言った。

 博士はアラヤの腕を掴み、注射器の針を刺そうとしている。


「――――――ぁ」

「――?」

「あは、あはははは、あははははははははははは!!!」


 ――恨み・無念・後悔・罪悪感・苦しみ・悲しみ・憎悪・殺意。感情がごちゃ混ぜになった嗤いが、実験室に響き渡る。

 博士は、その様子を疑問に思ったのか顔をアラヤに向けた。


「――!!」 


 その時、博士が声にもならない声を上げる。その原因は、アラヤの眼の色にあった。


「お主、何じゃその眼は!?」


 黒色だった筈のアラヤの眼は、澄み渡る蒼色に変化していた。

 見つめ続けたら吸い込まれてしまいそうなその瞳の圧力。思いがけない身体の変化に、博士は驚きを隠せない。


「――――」


 俯いたアラヤが小さく呟く。

 その声が聞こえなかったのか、博士はアラヤに恐る恐る顔を近づけた。


「……何じゃ?」

「――死ねよ」


 金属が壊れる鈍い音がする。

 アラヤは、右手の枷を壊して博士の顔を思いっきり掴んだ。


「ひゃ、ひゃにをする!!」


 足枷も壊し、アラヤは博士の顔を掴んだまま立ち上がる。

 そして、左手で首を持ち、右手を離して上体を持ち上げた。


「な、なんじゃ! 儂に手を上げたら極刑じゃぞ! 嬉しくないのか! 人類を超えられたのじゃぞ!!」

「――――」


 右手で顔を思いっきり殴りつける。

 博士は吹き飛ばされ、壁に音を激しく立てて激突した。博士の顔はぐしゃぐしゃに潰れ、地面に力なく横たわる。


「何事だ!!」


 部屋の前で待機していた男が部屋に入ってくる。

 男は、アラヤの血に染まった手と壁に倒れている博士を見て銃を構えた。


「お前、何をした!! 答えねば撃つぞ!!」

「――」


 アラヤは男に何も答えない。

 ひたすらに、壁の向こうにいる死体に目を向けている。

 アラヤが反射する機材に視点を当てると、変化は眼だけではなく、黒髪の一部の色が抜け落ちた白い色が入り混じる斑模様の髪色に変わっている事に気付いた。そして線だった刻印も風を想起させる文様へと変わっていた。


「貴様!!」


 軽い破裂音が響く。

 激高した男は、アラヤのこめかみに向かって弾丸を一発放っていた。


「――」

「……何だそれは」


 男が目を見開く。

 放たれた弾丸は、アラヤの手前で完全に停止していた。

 男が銃を連射する。気付けば、拳銃に装填されていた八発を全て撃ち尽くしていた。


「ば、ばかな……!」


 七発の弾丸は、最初の弾丸と同じ様に全て止まっていた。 

 そこでようやく、アラヤは体を男に向ける。


「ひっ!!」


 男は、思わず後ずさった。

 アラヤは右手の手のひらを男に向ける。すると、止まっていた弾は反転し、男の方に向いた。

 恐怖心で男は限界まで下がり、後ろの壁にぶつかっても尚、下がろうと足を動かしている。


「やめ――」


 アラヤが弾を放つ。

 八発の弾丸は、弾き飛ばされる様に発射され、拳銃で放たれた以上の速さで男の全身を撃ち抜いた。

 男は膝から崩れ落ち、二度と動く事はなかった。

 アラヤはそれを一瞥し、キューラとアラヤの方に足を進めた。


「――」


 アラヤは二人の手枷と足枷を壊して、二度と動かない二人の体を思いっきり抱きしめた。

 そして体を二人から離して、そっと床に寝かせる。


「――――めん。――――――くよ」


 消え入りそうな声で、アラヤは小さく呟いた。

 アラヤは、二人の亡骸を離して扉の方へと向かう

 ――行ってこい!! 絶対に夢叶えろよ!

 ――私達の分まで生きてね!

 突如、聞こえる筈のない声がアラヤの頭に響き渡る。その声に、アラヤは勢いよく振り返った。

 しかし、そこには誰もいない。悲しげに瞳を潤わせるも無理矢理に口端をあげて、アラヤは今度こそ扉の向こうへと行く。


「あぁ……。行ってきます」


 その眼に、昔からの決意と芽生えた憎悪を含ませながら――。

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