第6話 お姉ちゃんの帰還(1)


ススムとの一件以来、ススムとマヤコの人気は落ち着いてきて、学校の人気モノ程度に留まっていた。

「マヤコ、今日もボクはカッコイイかい?」

「はいはいカッコイイカッコイイ」

 ススムとマヤコのこのやり取りは朝のあいさつのようになっていた。

「よ、お二人さん! 今日もコンビ中良いね!」

「ああ。ボクたちは最強のコンビさ!」

 家に帰ると中は静かだった。

「そっか。今日、ヨウもリクナさんも仕事でいないんだ」 

『対危険排除部隊』

「怪獣退治専門の仕事か……」

マヤコは自分の周りに怪獣がいることもそれを退治する仕事があるのも知らなかった。

「自分の見てる世界が意外と狭いものだったなんて思いもしなかったな」

 今日もヨウたちがいなく、いつもは働きに出てるママと夕食を共にするマヤコ。

「そうそう」とママは言い始めた。

 マヤコは味噌汁を飲みながら「うん?」と返事をした。

「明日、お姉ちゃん帰ってくるから」

 マヤコは味噌汁をふき出した。

「もうーマヤちゃん、汚いでしょー」

 ママは台ふきでテーブルを拭きながらのん気に言った。

 マヤコは正反対に動揺している。

「お、姉ちゃん帰ってくるの!?」 

「だから、言ったじゃない」

 マヤコは嬉しかった反面、不安になった。

 ヨウとリクナの存在だ。

 しかし、その不安は意味が無かった。

「ヨウ! 久しぶり! リクナは縮んだ?」

「おー! マキコちゃん!」

「マキコ、理由知ってる癖にまだ言うか」

 マヤコは文字通りポカンと口を開けた。

「なに……お姉ちゃんたち、知り合いなの?」

「知り合いも何も親戚なんだから当たり前でしょ」

「マキコちゃん、結婚式行けなくてごめんね!」

「ううん。二人とも、忙しかったんだもん。大丈夫だよ」

 三人の中に入れない自分が悔しくてマヤコは無理に話題を出した。

「でも、お姉ちゃんの部屋、ヨウが使っちゃってるんだよ?」

「あ、そうなの?」

「客間もリクナさんが使ってるし」

 ヨウとリクナはごめんと片手で謝る仕草をした。

「お姉ちゃん、どこで寝るの?」

「うーん? じゃあ、マヤコのベッドに一緒に寝る」

「え、ええ……」

 ただでさえ賑やかだった家が姉の帰還により、さらに賑やか、いや、騒がしいものとなった。

「マキコちゃんとは何年ぶりだっけ?」 

「いや、去年会ってるって」

「私は研究所いたから四年ぶりとかかな?」

 ヨウもリクナもマキコを囲って過去話に華を咲かせていた。

 女三人よればかしましいというがまさにその状況だった。

「ママも三人が知り合いだって知ってたの?」

「そりゃ、リクナちゃんはともかく、ヨウちゃんは親戚だからね」

 マヤコは自分以外の人達がずっと前からお互いを知っていたことに疎外感を抱いた。

 みんなは知り合いなのに自分はそこにいないそんな感じだ。

「ごちそうさま……」

「マヤちゃん、もう良いの?」

「もうお腹いっぱいだから」

 マヤコは部屋に行って布団に潜った。

「どうせ私は子どもだよ」 

 マヤコはいつの間にか寝てしまっていたのか部屋でマキコとヨウの話が聴こえてきた。

「最近のこの辺の様子はどうなってる?」

「かなり攻め込んできてるね」

「私が住んでるところはなんとか食い止められてるけど、いつ巨大なのが来るか気が気じゃないよ」

「正直、今の武器でも厳しいね。アタシたちでなんとか食い止めてきたけど、子どもたちを何度か巻き込んじゃったし」

「それはヨウが悪いわけじゃないよ。アイツらはどこから現れるか、わかんないんだから」

「リクナもよくやってるよ……」

「……それじゃ、寝ようか」

「おう、おやすみ」

 二人の話が終わるとマキコはマヤコの布団に潜り込んできた。

 マキコはマヤコが起きているのを知ってか知らずか、そのまま眠りに入った。

(お姉ちゃんもヨウも何の話してたの?)

 マヤコはそれがわかっていたが信じたくなかった。

 マキコも怪獣退治に関わっている。

「え、マキコお姉ちゃん帰ってきたの?」

 ススムは幼馴染だからマキコの存在を知っていた。

「うん」

「あ、そういえばお姉ちゃんいるって言ってたね!」

「確か、結婚して離れて暮らしてると言ってましたね」

「お姉ちゃんもヨウに似て気まぐれだから困るんだよねー」

 といいつつ姉の帰りが嬉しくてかたなかった。

 マヤコがもし犬だったら尻尾を目いっぱい振っていたことだろう。

「ヨウの姉貴とリクナさんとも知り合いなんだよね? やっぱ学校で友達だったから?」 

「一応、ヨウって私の親戚なんだよね。どれくらい遠い親戚か知らないけど」

「せっかくだからその三人の写真撮りたいなー大人になるといつ会えるかわからないって言うじゃない?」

「あ、うん。良いじゃないかな? ヨウもお姉ちゃんも目立ちたがりだし」 

「じゃあ、お願いねー」

 四人は別れて、それぞれの家に帰っていった。

「ただいまー」

「あ、マヤコおかえりー」

「お姉ちゃん、出掛けるの?」

「今日はお姉ちゃんが料理作るの」

「買い物、一緒に行きたい」

「大丈夫? 帰ってきたばかりで疲れてない?」

「平気」

「よっしゃ! 行くか!」

 マキコはヨウに似ている。

 いつも自分を引っ張って、知らない世界を教えてくれる。

 今はあまり帰ってこないから世界が狭くなっていた。

 ヨウやリクナが来てからまた世界が開けた気がした。

「菜に作るの?」

「肉じゃが」

 間髪入れずにマキコは答えた。

「ユメって友達がいるんだけど、その子がお姉ちゃんとヨウとリクナさんの写真撮りたいって……」

「ふーん。良いよ。条件でみんなで撮ることも入れてね」

「私は……自分が写真に写るのキライだから」

「今がイヤでも、後になって良くなってるかもよ?」

「でも?」

「大人になるとずっと大人だけど、子どもはずっと子どもでいられないからね」

 マキコはまるで未来を見てきたかのような言い方をした。

 マヤコはマキコがすでに自分より十年先の未来にいることに気付いた。

 マヤコが経験して来なかったことをマキコは当に歩んでいるのだ。

「マヤコーあそこで休もうか? お姉ちゃん疲れちったー。年かね?」

 そこはいつも行く公園だった。

 マキコは公園のベンチにドカッと座ると「ああー」と声を出した。

「なんかこの公園小さくなってない?」

「なってないよ」

「お姉ちゃんになるといろんなモノが小さくなっていくように見えるんだよね」

 公園に設置されてる滑り台やジャングルジムなどの遊具を指さして言った。

「今、滑り台やったらお尻ハマっちゃうだろうなー」

「でも、昔は遊んでくれた」 

「マヤコなら今でも滑り台できるよ」 

「滑り台じゃなくて……」

「自販機あるから飲み物買ってくるよ。お姉ちゃんのおごりだよー」

 マキコはマヤコの返事を聞かずに行ってしまった。

「お姉ちゃんは大人になっちゃったけど変わってないや……」

 木陰がかかった公園のベンチにはどれだけの人が座ってきたのだろう。

 マキコが座っていた場所をなでマヤコは切なく思った。

 そんなことを考えているとマキコが缶コーヒーを持ってきて帰ってきた。

 眉をひそめながらもマヤコは黙って受け取った。

 コーヒーはよりによってブラックだった。

「あ、ごめん! コーヒー牛乳と間違えちゃってたみたい! 買いなおしてくる!」

「大丈夫」

 微糖のコーヒーですらあまり飲んだことのなかったマヤコにとっては苦く美味しく感じなかったが少し大人になった気がした。

 マキコと家に帰る途中、ヨウと遭遇した。

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