第6話 人間族の町

 温泉で疲れを癒したアリシアとミューアは、夕刻の町を散策することにした。

 アリシアは人間族の町を訪れる事自体が初めてであり、まるでテーマパークに来た子供のようにテンションが上がっている。


「人間族の工芸品はエルフ族とは違う趣がありますね。なんというか実用的です」


 日用品店にて食器類を観察しているアリシアは妙に感心しながら呟く。値段が安いのもそうだが、使い勝手が良さそうなシンプルさに心惹かれているようだ。


「エルフ族の作る物ってデザインを重視するから使いづらいんだよなぁ。しかも時間と手間が掛かっているから高いし」


 人口の少ないエルフ村においては日用品等の大量生産は不要で、個々の価値を上げて利益を生むという手法が主流であった。そのため一つ一つのデザイン性は芸術的なのだが、いかんせん使い勝手が悪いのである。トゲトゲしたコップや滑らかな曲線を描く皿など、どう考えても食事には適していない。

 

「ふむふむ…外の世界を見るのも勉強になりますね。文化や考え方の違いを知ることで、自分の生き方にも良い影響がありそうです」


「世界は広いからね。自分に合う合わないはともかく、イロイロと知る体験をするのは無駄じゃない。かくいうアタシも追放された後は様々な場所を散策したよ」


「いいですねぇ。そうして得た経験を元に、第二の故郷を作るってのもアリですね」


「ならアリシアは新エルフ村の族長に就任することになるね」


「私が族長…畏れ多い称号ですぅ」


 自分で村を切り拓いたとなれば当然リーダーを務めることになるが、若輩者の自分如きに族長の威厳など無いとアリシアはプルプルと首を振っている。


「まっ、今は他にするべき事があるからね。まずはアリシアの服を調達しないと」


「確かにミューアさんから借りた一着だけですからね…でも、お金が……」


「お金ならアタシが工面する。いわゆる出世払いとして、魔物討伐が終わったら報酬金から頂くとするよ」


「何から何まですみません……」


 ペコリと頭を上げるアリシアを連れ、近くにある衣服店へと足を運ぶ。

 ここには日用使いできる着衣だけでなく、プレートアーマー等の戦闘着の取り扱いもある。魔物討伐を考えると、アリシアに戦闘用の装備を整える必要があるのだ。


「アリシアの得意とする戦法は? 前衛、それとも後衛?」


「私は元々戦うのは得意じゃなくて、訓練には参加していましたが実戦もこの前が初めてだったんです」


「そうか。なら、いきなり剣を握って前衛をするよりも、魔弓を使って後衛を務めるほうがいいかな。とするとアタシのような軽装より防御力重視のほうがいいか…?」


「ミューアさんの服は軽量で動きやすそうですね」


 ミューアは丈の短いタンクトップとホットパンツを着用していて、露出が多いので防御力は皆無な反面、体にフィットして無駄が無いので邪魔にならず動きやすい。近接戦闘ではスピードが特に重要であり、敵の攻撃を避けつつ機動性で翻弄するスタイルをとっている。


「でも、ちょっぴりエッチです」


「そこは気にしないで。機能性の方が大切なの。それより、これなんかどう?」


 店に展示されている騎士が着用するような甲冑を示す。これは防御力が高いが重いので扱いにくく、甲冑で戦闘慣れするには相当な訓練を積まなければならない。

 冗談のつもりで言ったミューアだが、アリシアはアリだなと真剣に見つめていた。


「強そうです。いいですね」


「でもレプリカだから本物のような性能はなさそう。値段的にもコレくらいが丁度いいよ」


 改めてミューアが差し出したのはスカート付きの簡素なデザインの衣服だ。といっても戦闘用に多少頑丈に作られているので、火でも簡単には焼けることはないだろう。


「ふむふむ。あっ、でもちょっと胸が苦しいですね……」


「大き過ぎるんだよ…胸元のボタンを外しておくしかないな」


 試着してみたのはいいが、胸の収まりが悪く窮屈そうである。しかし他に適した商品は無さそうなので、胸元のボタンを開けて対処することにした。

 

「でも可愛いよ。似合ってる」


「えへへ。ありがとうございます!」


 代金を支払ってくれた事も含めて感謝し、アリシアはヒラヒラとスカートを翻しながらクルッと一回転する。

 その様子が天使や妖精のようにも思え、ミューアはドキッとして頬を赤らめた。アリシアの可憐さは他には無い魅力を醸し出していて、ずっと見ていても飽きそうにない。


「これで交際歴が無いは嘘でしょ……」


「え? なにか言いました?」


「なんでもない。さ、今日はもう宿に帰ろう。明日には魔物討伐の続きをしなければならないから」


「はい。そうしましょう」


 新調した服に身を包んだ上機嫌なアリシアは、ひょこひょことミューアの隣に駆け寄り、二人はデート帰りのカップルのような距離感の中で宿へと戻っていくのであった。


   -続く-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る