第4話 落涙

 族長邸を後にしたアリシアは、壊滅した故郷を眺めて喪失感に苛まれていた。あちこちから未だに煙が立ち昇り、吸い込まれるようにして青空へと消えていく。

 自宅も失われ、もう彼女に帰る場所は無い。


「アリシアは今後どうすんの?」


「うーん……今の私に出来ることは、生き残りのエルフを探すことでしょうか。でも、まずはお金を稼がなければ生活できませんね。なにせ所持金がゼロなので……」


 全てを失った状態で放り出されたのだ。生きていく上で最も必要なお金は自宅で焼失してしまっていて、どうにかして生活費を稼がなければならない。


「ならアタシの仕事を手伝ってみない? そうすれば報酬を折半してあげるよ」


「ミューアさんのお仕事、ですか?」


「怪しい仕事じゃないよ。アタシは人間から魔物討伐任務を請け負ってんの。で、アリシアにそれを手伝ってほしいんだ」


 ミューアはいわゆるフリーランスの傭兵のような仕事をしており、依頼を受けて魔物討伐を行い報酬を得ているようだ。危険ではあるがエルフの高い身体能力なら天職にも成り得る。


「悪い話じゃないと思わない? というのも、アタシが今受けている依頼は活発化したゴブリンやオークの討伐でさ」


「…詳しく聞かせてください」


「少し前から、この周囲でゴブリンとオークの集団が見受けられるようになって、エルフの村から一番近い人間の街でも物資を略奪されるなどの被害が発生していたんだ。そこでアタシが討伐を引き受けて動向を探っていた。そしたら昨日の事件に遭遇したってワケ」


 追っていた魔物達がエルフの村に攻め込んだ事を知り、ミューアは追放された身分ではあるが救援に駆け付けたのだ。しかし彼女が到着した時には既に遅く、アリシアを助けるだけで精一杯だったのである。


「つまり、ミューアさんが追っていた魔物の集団がエルフ族の仇となるのですね」


「うん。さっきアタシ達が相手にした数体は物品漁りに残っていただけで、本隊は去ってしまったようだから、また捜索して追わないといけないけどね」


 村を襲った一団は大規模で、かなりの個体数だった。だが、その多くは姿が見えずに行方をくらましている。


「ヤツらが何故エルフの村を襲ったのかとか気になるでしょ?」


「はい。どうして、こんな酷いことをしたのか……直接問いただしてみたいです」


「なら決まりだね。現時点をもってアリシアはアタシのパートナーとする」


 ゴブリンやオークがエルフの村を襲撃した理由をアリシアは知りたいと思った。けれど一人では心細いので、ミューアと共に行動するのが最適解だろう。

 そもそもアリシアは戦闘慣れしておらず、魔物の集団に突撃したところで袋叩きに遭うだけである。


「よろしくお願いしますね、ミューアさん」


「ヨロシク。じゃあ、まずはアタシの泊まっている宿へ行こう。アリシアも疲れたでしょ?」


 ウインクするミューアに対しアリシアは頷き、焦土と化したエルフの村を背にして歩き出すのであった。






 村を囲うようにして広がる森を抜けたアリシアは人間の街へと到着した。

 ここは小規模な街ではあるが、それでも故郷よりはずっと大きく、初めて外界に触れたアリシアは興味津々にキョロキョロと周囲の様子を観察している。


「こ、これが人間族の街なのですか!? 建物の質感がまるで違いますね!」


「エルフは基本的に木材で家を建てるけど、人間は木以外にもレンガや鉄を使うんだ。だから景観も違うし、他にも色々な違いを感じられると思うよ」


「あれはお洋服屋さんですか? あっちにあるのはお食事処?」


「リアクションが子供なのよ」


 興奮するアリシアに苦笑いしつつ、ミューアは自らが宿泊している宿屋へと向かう。質素な宿ではあるが快適で、特に料金が安いトコロを気に入っていた。

 宿の主人に人数の追加を申告し、部屋へと戻る。


「ふぅ…やっと落ち着ける場所に来た気がします。昨日から殺伐とした環境だったので……」


「ここには魔物はいないし、ゆっくり眠ったって大丈夫だよ」


「ですね…あ、あれれ?」


 アリシアは目を擦るが、ソレは急に涙が溢れ始めたからだ。別に悲しみや痛みを感じたわけでもないのに、唐突のことでアリシア自身が驚いている。

 

「あれあれ…どうしてでしょう……」


「緊張が解けたからだね。もう安心できるって分かって、封じ込めていた感情が表面化したんだよ」


 魔物との戦いが続いて死と隣り合わせの状態が続いていたので、様々な感情が警戒心の下で抑え込まれていたのだ。

 だが、その警戒心と緊張が解けたことにより、無意識の内に爆発するように溢れだしたのだろう。


「そういう時は泣けばいいと思うよ」


 ミューアは今自分に出来ることを考え、静かに肩を震わせるアリシアを優しく抱きしめてあげる。ギュッと腕を掴んでくるアリシアの体温を感じつつ、よしよしと頭を撫でるのであった。


  -続く-

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