第2話 二人の相性

 アリシアとミューアが森の中を暫く歩いていると、木材が焦げたようなニオイと共に数条の煙が空へと立ち昇るのが見えた。そこがエルフの村であるのは間違いなく、昨晩の悲劇が夢ではなく現実であることをアリシアは受け入れざるを得ない。


「酷い…こんなに変わり果ててしまって……」


 村へと足を踏み入れると、崩れた建物の残骸やエルフの亡骸が至る所に転がっているのが目につく。吐き気を催すほどの凄惨さはアリシアの心を抉り、足が震えているのをミューアは見逃さない。


「これ以上進むのはヤメておこうか? もう充分でしょ?」


「…いえ、せめて自宅だけでも確認しておきたいんです。申し訳ないんですけど、一緒に来てくれませんか? 一人ではちょっと……」


「了解。でも慎重に進もう。いつ魔物に襲われるか分からないから」


 見渡す限りでは魔物の姿は見えないが、物陰などに隠れてミューア達の動向を探っている可能性はあるので警戒は解かない。

 ミューアは剣を手に持ちながらアリシアの隣を歩く。 


「本当に生存者はいないようですね…遺体ばかりで……」


「ああ。でも生き残りは村の外に逃げ伸びているかも知れない。希望は捨てちゃダメだよ」


「その通りですね。あっ、あそこが私の家です」


 アリシアの指さす先、小さな一軒家が水路の近くに建っている。しかし、他の建物と同様に焼け焦げており、もう住居としての機能は失われてしまっていた。


「中もボロボロで、家族もいません……」


 屋根も落ちており、家の中には太陽の日差しが差し込んでいる。その光に浮かび上がるのは足の折れたテーブルや椅子のみで、家財道具や衣類などで使えそうな物は無い。


「行きましょう、ミューアさん。もうここに用はありません」


「もういいの?」


「はい。今の私に出来るのは、生き残ったエルフがいないか探す事です。どこかに避難していないか調査してみたいと思います」


「そっか。じゃあアタシも手伝うよ」


「いいんですか?」


 頷くミューアに対し、アリシアはペコリと頭を上げて感謝の気持ちを表す。自分だって生き残ったわけだし、他にも生存者がいる可能性を捨てたくなかった。


「けど、その前に片付けないといけない事がある」


「なんです?」


「魔物討伐さ」


 ミューアは剣先で何かを指し示す。アリシアがそちらに視線を向けると、数体のゴブリンが舌なめずりをしながらノッシリと歩いてくるのを捉える。


「アイツらは村の中を漁ってたんだろう。まさに火事場泥棒だね」


「許せませんね」


「そうだね。アタシは追放された身分だけど、エルフは一応同胞なんだ。その同胞を傷つけた相手は叩き潰す」


 ダークエルフとして身分を貶められたミューアだが、彼女がエルフ族の一員であることに変わりはない。自分と同じ種族の者が理不尽な暴力に倒れたとなれば、当然ながら怒りの感情が爆発しそうになる。

 闘志に満ち溢れているミューアを見て、アリシアは自分の勘は間違っていなかったと安堵していた。それはミューアはダークエルフではあるが決して悪人ではないという勘だ。もし彼女が極悪人であればアリシアを助けたりしないし、このように同族のために怒ることなど有り得ないだろう。


「ミューアさん、魔弓を貸していただけませんか?」


「よし、一緒に戦おう!」


 再び魔弓を受け取り、アリシアは足にグッと力を籠めながら矢を引く。その魔力の矢が発射されたのを合図にして、ミューアも敵に向かって突撃した。


「この村から出ていけ!!」


 叫びと共に振り下ろされた刃がゴブリンを両断する。血肉がバッと飛び散り、他のゴブリン達はミューアに対して恐怖心を抱かずにはいられなかった。


「エルフの皆の痛みや苦しみ…倍にして返します!!」


 悲しみを押し殺しながらアリシアは攻撃を続ける。心の中は涙で溢れているが、今は泣いている暇などない。せっかく繋ぎ留めた命なのだから、せめてミューアの役に立てるまでは散るわけにはいかないと気合を入れる。


「直撃をかけます!」


 更なる一撃がゴブリンを貫いた。

 しかし、これはアリシアの技量によるものではなく、ミューアが前衛で敵の気を引いているからの成果である。もしアリシアのみであったら、こうも命中させることなど不可能だっただろう。それなりに戦えるとはいえアリシアの戦士としての能力は高くない。

 その証拠にアリシアの敵の気配を察知する能力は低く、近くに忍び寄っていた個体がいることに気がつかなかった。


「な! いつの間に!?」


 足音に気がついた時にはもう遅い。

 崩壊した建物の影を踏むように移動していた一体のゴブリンがアリシアに飛びかかった。


「マズい…!」


 棍棒の振り下ろしはギリギリで回避することに成功したが、近接戦闘に持ち込まれてしまった。装備的な問題で完全に不利な状況だし、素手による格闘戦を挑もうにも純粋なパワーはゴブリンの方が上なので勝ち目は薄い。

 アリシアは魔弓を使ってゴブリンを殴りつけようとするがヒョイと軽く躱されて、逆にゴブリンのパンチがアリシアの腹部にめり込む。


「かはっ……」


 強い衝撃で視界が揺らぎ、そのままアリシアは倒れ込んでしまった。

 頭ではスグに立ち上がって防戦しなければと分かっているのだが、痛みに悶えて全身に力が入らない。

 アリシアをダウンさせたゴブリンは下品な笑い声を上げながら、トドメを刺すべく棍棒を頭上に振りかざした。

 

「アリシアっ!!」


 だがトドメの一撃は振ってこない。

 何故ならアリシアのピンチに気がついたミューアが急いで引き返し、剣を投げつけてゴブリンの腕を切断していたからだ。


「ミューアさん…!」


「死なせはしない!」


 ミューアは腰のベルトに装着していたサブウェポンのナイフを引き抜き、腕を失って苦痛の咆哮を上げているゴブリンの心臓を突き刺した。


「ごめんなさい…迷惑をかけてしまって……」


「気にしないで。それより体は大丈夫?」


「すみません、痛みでまだ……」


 外傷は無いものの、体内の痛みは消えていない。エルフの体は華奢に見えても頑丈ではあるのだが、それは怪我などに強いというだけで痛覚までもが鈍くなっているわけではないのだ。

 地面に伏せたままのアリシアを担ぎ上げて迫りくるゴブリン達から逃げつつ、投げ飛ばした剣を回収しながらミューアは走る。


「魔弓は手放さなかったんだね」


「借り物ですし、これが無くなったら万事休すですので……」


「ふふ、しっかり握っていてよ」


 ミューアは枯れた大きく深い水路の中に飛び降り、アリシアを降ろす。ここは田畑に水を通すための道であり、地面を抉るようにして通されているために地表より低い位置となる。他に怪我人を隠すには丁度いい場所は無く、臨時の塹壕として利用することにしたのだ。


「ここで待ってて。アタシが敵を殲滅してくるからさ」


 優しい表情でそう言い残し、ミューアは再びゴブリン達の前に立ちはだかった。まだ戦闘復帰できないアリシアを守りながら戦う決意を固めたようで、水路を背にしながら剣を構える。


「くっ! また私は倒れているだけで何もできないの!?」


 悔しさを滲ませるアリシアの脳裏に蘇るは業火に焼かれる村の景色。あの時も魔物の攻撃でダウンし、仲間達が死んでいく様子をただ見ていることしかできなかった。

 たった一日前の出来事であるが、またしても同じような事態に陥ってしまっている。もしかしたらミューアもゴブリンに嬲られて殺されてしまうかもしれないというのに。


「私も戦う…! もう何かを失うのはイヤだ!!」


 あの時とは違い、アリシアは諦めない。

 腕を使って体を起こし、次に膝をついて強引に立ち上がろうとする。


「あの人が、ミューアさんが戦っているんだ!」


 耳に届くは剣と棍棒がかち合う鈍い音だ。今まさに水路の近くでミューアは死闘を繰り広げている。


「ここで根性を出さなくてどうする、アリシア・パーシヴァル!!」


 自らを鼓舞したアリシアは、よろけながらも両足で地面を踏みしめた。

 そして魔弓を両手で構えながら跳躍、水路から飛び出していく。


「外さない!!」


 全力のジャンプによって高く舞ったアリシアは、空中からゴブリンにターゲットを定める。

 限界まで引き絞られて軋む弓から矢が放たれ、ミューアを囲うゴブリンの一体を頭上から貫通した。


「アリシア!?」


 その一連の動きに驚くミューア。アリシアが復帰できたことは嬉しいが、戦闘が終わったわけではないので意識を敵に戻して攻勢に打って出る。


「ミューアさんは正面の敵をっ!」


「アタシの背中は任せるよ!」


 落下するアリシアはゴブリンの一体を踏みつけクッションとして地面に降り立ち、ミューアの後ろにいたゴブリンを射る。

 更にもう一体の頭部を射抜き、先程踏んだ一体も撃破した。


「負けない、私は!」


「いい意気込みだ!」


 アリシアの乱入で隊列の乱れたゴブリンが態勢を整える前に、ミューアは斬撃を繰り出していく。混乱して及び腰のゴブリンなど敵ではなく、剣の餌食になって次々に切り捨てられていった。


「これで最後!」


 矢の一撃で棍棒を弾き飛ばされた最後の一体もミューアによって胴を両断され絶命する。

 かなり苦戦をしてしまったが、なんとか勝利を収めることができたのだ。


「ふぅ…ヤレヤレ。とんだ災難だったね」


「まったくです。またしてもミューアさんに命を救われましたね」


「それはアタシもだよ。今のはマジでヤバかったからさ」


「案外、私達は相性が良いのかもしれませんね」


「かもね」


 初対面の相手に合せて戦うなど普通は困難だ。しかしアリシアとミューアは息の合ったコンビネーションを発揮することができたことから、自分達は相性が良いのかもと二人はグータッチをして笑みを交わす。



  -続く-

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