殺し屋と爪楊枝

曇空 鈍縒

本編

第1話 殺し屋の自己紹介

 ある日、一人の超一流殺し屋『鏡花水月』が死亡した。彼がかなり優秀なスパイだったため、様々な憶測がネットで飛び交った。


 彼の属していたとある暗殺会社『マーダラー・グループ』は、事態の収拾を付けるためディープネットで関連情報を公開した。


 それによると、彼は、とある人物の暗殺に三名ほどのチームで向かい、最後にその付近の公衆電話から暗号文で『われら全滅』というメッセージを『マーダラー・グループ』の表向きの会社である人材派遣会社のコールセンターにいれたらしい。


 俺はそのページをスクロールした。その下には物騒なサイトにつながっているリンクが並んでいる。


 俺はそのページを消した。


 先ほどメールボックスに入ったメッセージを眺めた。


『マーダラー・グループの社員『蜃気楼』を殺せという依頼がある』


 と、書いてあった。送り主は、殺し屋の仲介をやっている『朧月夜』だ。彼はフリーの殺し屋数百人を、依頼人と仲介している。


 すなわち、俺も殺し屋だ。コードネームは『黎明』結構強い殺し屋だと自負している。依頼成功率百パーセント。鏡花水月を殺したのも俺だ。


 どうも『マーダラー・グループ』を目の敵にしているマフィアがあって、そこからどんどん依頼が舞い込んでいるらしい。


 噂によると、組織の主要幹部を、この会社に殺されたとか。


 俺は、パソコンの電源を切ると椅子を立ち上がった。そしてコートを羽織り、道具の入ったカバンを持って二十畳程度のアパートの部屋を出た。


 俺は、たいていの武器は使えるし、今だかつてやったことはないが素手でも戦える訓練もしてある。


 だが俺が一番好きな武器は、アーミーナイフと手作りの頑丈なつまようじだ。毒が塗ってある。

 特につまようじは、どこでも持ち込める上に疑われにくいから、非常に便利だ。


 武器は、カバンやコートに常備してある。


『蜃気楼』は、今日とある人物の暗殺を行いに、イギリスのとある都市にいるはずだ。『蜃気楼』のターゲットは手慣れの殺し屋。


 彼ほど強くないが、彼も、かなりの打撃を負うだろう。


 そのすきを突く。


 このメッセージが来たのは三日前。下調べから暗殺までをこの期間で終わらせるのは大変だ。しかも日本からイギリスまで飛行機でもかなり時間がかかる。


 幸い、蜃気楼が戦うのは人気のない場所だ。ここなら、誰にも気づかれずに終わらせられる。騒ぎは防ぎたい。


 ◇◇◇


 薄暗い裏地路をしばらく歩いていくと、現場に着いた。水を踏んだかと思ったら、血だまりだった。二人の男がいた。


 血だまりの中に一人の男が倒れていて、こちらはすでに事切れていた。たとえ生きていても、もう手遅れだろう。


 もう一人は、生きているが、ひどく息を切らしていて、しかもコートが裂けて肩に深い傷を負っていた。


「蜃気楼」


 俺は声をかけた。相手が振り向く。そしてナイフを素早く構えた。怪我を感じさせない動き。三流の殺し屋なら、この状態でも負けるだろう。


 俺はつまようじを取り出した。相手は若干、拍子抜けしたような表情になったが、すぐに真顔に戻った。俺はつまようじを投げる。彼は軽く体を捻ってよけた。


 俺は続けて三本ほどのつまようじを投げた。彼はまた体をひねって躱す。


 彼は、そのままの勢いで地面に転がると、倒れた姿勢のまま銃を取り出した。俺に向けて一発撃つ。


 右肩の傷の割には、かなり素早い動き。俺は体が地面に水平になるように伏せると片手で地面を蹴って起き上がりながら爪楊枝を投げた。


 彼は回避するため、怪我していない左腕で地面を蹴った。だが、倒れた状態での回避のためか、それは一瞬遅れ、彼の首には、爪楊枝が深々と刺さった。


 彼は痙攣すると、倒れた。


 俺は、素早くその場を離れた。遺体に傷をつける必要はないし、早くこの場を去らないと、こんなところに二つ死体が転がっていて、誰も気付かないはずがない。


 数日後、俺はアパートを引き払い出国した。


 給料は七桁以上だった。彼は、かなり腕利きの殺し屋だったらしい。従業員をこんなに殺されまくるとはマーダラー・グループも、気の毒だ。


 俺は飛行機の中でパソコンを開いた。


 また依頼が来ている。


『百花繚乱を、殺せ』


 すごい短文だ。百花繚乱とは、フリーの超一流スパイだ。俺はこいつに若い頃、依頼とは関係なく仲間の殺し屋と一緒にいるときに襲われた。


 俺以外に、生き残ったのは二名ほど。五、六名の駆け出しの殺し屋がわずか三分ほどで殺された。中には、その時点で俺よりも強かった奴もいた。


 いわゆる初心者を狙ういじめだ。正直言って大嫌いだが、こいつはガチで強い。かつては伝説とまで言われた殺し屋『朧』を殺した実績を持っている。


 俺は、パソコンを軽く操作した。百花繚乱は今、アメリカにいるらしい。俺はいま日本に向かっているが、空港から直行でアメリカに行くことになりそうだ。


 俺はため息をついた。少しは休暇が欲しい。


 だが三日後、俺はアメリカのとある町にいた。奴はこの町にいる殺し屋の、上位十二名を全員殺すつもりらしい。


 こいつは、余興とばかりに、たまに殺し屋を殺しまくって、世界の平和に貢献している。


 この町は治安が悪いから、殺し屋もまた多いのだろう。彼のおかげで、警官の殉職数はマシになりそうだった。


 今回は、奴が一番最後に殺すであろう、この町で一番強い殺し屋の住んでいるアパートの隣の部屋を借りた。


 それから一週間、ただ、この町の殺し屋が殺されたという情報が毎日何件も入ってくる以外は、何もない日々が続いた。


 しかし一週間後、隣の部屋で戦闘の気配があった。ナイフが壁に刺さり、肉を切る音がする。


 それらは三分ほどでやんだ。


 俺は壁から離れた。百花繚乱は、目撃者を消すため、両隣に住んでる人も殺すかもしれない。


 向こうの隣の部屋は無人だが、こっちには俺がいる。俺が入居したという情報は、もう掴んでいるだろう。


 案の定壁から弾丸が飛んできた。俺は素早くかわしながら、つまようじを最大出力で打ち込んだ。


 元々脆かった壁が、あっけなく壊れる。向こうの部屋は、まさに鮮血が飛び散り、皿や本が床に散乱する大惨事になっていた。


 キッチンのあたりに死体があった。そして部屋の真ん中に、涼しい顔をして銃を構える背の高い男。


 そいつが、一切の躊躇いなく、もう一発撃った。よけきれず肩を掠める。俺は五発連続でつまようじを放った。


 彼は俺の放ったつまようじを難なくかわした。流石は超一流の殺しやだ。


 俺は、今回に限って持ち込んだ手榴弾を、投げた。


 ズガーンと音がして、向こうの部屋が吹っ飛ぶ。その爆炎が晴れる前に、奴はベランダに飛び出した。俺も、さっきの数倍は破壊された部屋を通り抜けて、それを追う。


 全速力で錆びた階段を駆け上がり、追いついたのはマンションの屋上だった。


 俺は無言でつまようじを投げた。


 奴はジャンプしてそれをよける。


 彼は、そのまま空中で銃を連射した。俺の心臓に向かって。


 俺は思いっきり地面に伏せて弾をよけると、ナイフを取り出し、彼の着地するポイントへそのまま低い攻撃を繰り出した。彼はブーツでそれをよける。


 だが、俺は一瞬のスキをついて立ち上がった。彼の喉笛にナイフが刺さった。


 俺は、返り血を浴びないように、素早く離れる。ひび割れた屋上のコンクリートの隙間に、血が吸い込まれていった。彼は、全力でのどを開いて


「~・~」


 最後にそういって、彼は崩れ落ちた。俺はしばらく呆然としていたが、消防車のサイレン音で我に返り、その場を離れた。


 俺の本当の家に帰ると、ポストに札束がたくさん放り込まれていた。送信方法が雑なのは、いつものことだ。


 不吉なメールボックスを見たが、特に依頼は入っていなかった。


 これでしばらく休めそうだ。俺は日々の疲れのこもった息を吐き出した。

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