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                    *


 さらに三日が過ぎて、今日久しぶりに動きがあった。


 学生ラウンジのいつもの席にカワタくんが現れたのだ。2限目の授業が終わってすぐにラウンジに向かったんだけど、わたしが着いたときにはもうすでに彼はそこにいた。いつものわたしの指定席には、胸に「TOUCH ME!」って文字がプリントされたナナフシみたいな男子が座っている。触れたら折れてしまいそうなので、彼の向かいではなく、その隣のテーブルに座ることにする。佐伯くんたちからは離れてしまうけど仕方ない。


 眼鏡のブリッジに人差し指を添えて、ピントが一番合う位置にレンズを調整して、彼らの様子を窺う。


 だいたいカワタくんが20ぐらいしゃべって、それに奈留枝さんが1応えるって感じで会話が進行している。彼はそうとう勢い込んでしゃべっている。でも奈留枝さんはすごくクール。おそらく、2人きりで話し合うのが嫌だったから、こうやってみんながいる前で最後の修羅場を演じているんだろう。だいいち、誰の目もないところだと、彼は暴力を振るいそうな気もする。Y染色体の権化ごんげって感じだし、あんまり自分を抑制できるタイプではないみたい。


 わたしが到着してからでも15分ぐらいは、そうやって20:1の会話が続いたと思う。彼はそうとう粘ったけど、彼女は最後まで陥落しなかった。一度傷ついて、彼女の城壁はより強固になったってことなんだろう。カワタくんは大きなこぶしでテーブルをひとつ叩くと、そのまま立ち上がってラウンジから出て行った。彼の姿が消えた途端、ミツサワくんとマユコさんが奈留枝さんに取り付いた。交互に何か声を掛けている。佐伯くんは、彼女の斜め向かいの席。ほとんど放心状態で、ぼんやりと奈留枝さんを見つめている。一度だけ2人の視線が重なった。いつもなら慌てて目をらすはずなのに、佐伯くんはじっと彼女の目を見ている。その表情から彼の心を窺うことはできない。感情が込められていたのは奈留枝さんのほう。どこか切ない眼差しで彼を見ている。


 また、あの胸の痛み。今度は10分の3ぐらいだろうか。まちがいないく成長している。困ったものだ。こうやっていつもわたしは、遠くから眺めては溜息ばかり吐いているのだから。自分の人生なのに、どっかり観客シートに腰を下ろしたままでいるなんて、どうなんだろう? エンドロールが流れるまで、ずっとここから離れないつもりなんだろうか? ねえ、どうなの、里美?



 夜、アルバイトから戻ってみると隣の部屋に奈留枝さんが来ていた。


 抑えてしゃべっているけど、彼女の澄んだ声はすぐに分かる。わたしは、レンタルしてきた「妹の恋人」をデッキに入れると、ごっつい密閉型のヘッドホンを装着した。もう覗く気もないし、声も聞かない。それがいい。つらくなるのが分かってるんだから、バカなマネはもうしないんだ。

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