第3話

   

「それでは、私はお先に失礼します」

 一時間ほど三人で飲んだ後、赤いドレスの山口は一人で帰っていく。松本が送っていく素振りを見せないように、まだ夜は遅くなっていなかった。

「ふうっ……」

 彼女の姿が視界から消えたところで、有野の口からは溜め息が漏れた。それを見て、松本が軽く笑う。

「昔から変わらんな。有野、あいかわらず女性は苦手か」

「わかっているなら、呼ぶなよ……」

「すまん、すまん」

「いや、いいよ。松本に悪気がないのはわかる。それに、僕も少しは、女性に慣れた方がいいんだろうさ」

「おっ、いよいよ有野も、身を固める気になったか?」

「そんなんじゃないけど……」

 有野は友人の言葉を聞き流しながら、カクテルの残りを口にする。それから改めてメニューを手前に引き寄せて、トントンと指で叩いた。

「ところで、僕が今飲んでるのは何だ? 名前だけ見ても、何が何だかさっぱりわからないよ」

「おいおい。知らないで注文してたのか? お前、雑学的な知識も豊富だから、カクテルにも詳しいかと思ったのに……」

「僕の知識は、しょせんアニメ由来だ。でもカクテルのアニメはないからね」

 キャンプを題材にしたアニメにハマればアウトドアに詳しくなり、自転車競技がテーマのアニメならば、その方面に詳しくなる。カルタとりのアニメのおかげで、百人一首を勉強したこともある。

 それが有野という男だった。

「そうか。じゃあ俺が教えてやろう。お前が飲んでるのはジントニックと言って、苦味や酸味を楽しむもので……」


 その日の有野は、珍しく遅くまで飲んだ。

「今は、早く帰る必要ないからね」

「どうした? 大切な深夜アニメとやらがあるんじゃないのか?」

「それがないんだよ、今期は」

 アニメに詳しくない松本のために、有野が説明する。

 夕方や日曜朝の子供向けアニメとは異なり、深夜アニメは原則として十二話あるいは十三話構成。一クールと呼ばれる三ヶ月ごとに、番組が入れ替わる。面白いアニメが多いクールもあれば、今期のように観る番組がないクールもあるのだった。

「なるほど。それで今は時間に余裕があるのか。だったら……」

 爽やかな青色のカクテルを口元へ運びながら、松本がニヤリと笑う。

「……今期は婚期だな」

   

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