第4話 偶然

 俺はアリスと路地裏で向かい合い話し合う。


「なあ、今のは何だ……」

「私についての質問。不安にならないように、みんなやってるって伝えてみた。女の子はそういう言葉に弱いから」


 何故か自信満々にブイサインを向けられるけど、高等な煽りにしか見えなかった。

 だがアリスの表情には悪びれた様子もない。こいつ、悪意なしでやってたのか……。

 もはや呆れてしまい頭を抱えた。


「山元、片頭痛?」

「はあ、ナンパじゃなくて、俺は聞き込みに来たんだよ」


 アリスは天然でさっきの聞き方をしたようなので責めるに責めれない。


「たく、こっからは俺に任せてくれ。お前にやらせると通報されかねないからな」

「……むう」


 頬を膨らませ不満げなアリスさん。言っとくがお前が百悪いんだぞ。

 なに、この手の聞き込みには必勝法とも呼べる形がある。難しいことなんて無い。

 相手に不信感を抱かせず、スマートに紳士的に尋ねるのだ。


 路地から出てキョロキョロと辺りを見渡すと、ちょうど学生が通りかかった。女子生徒で、またもや他校の制服を着ている。

 鼻歌交じりに歩きながら声をかける間合いに入った。背後から。

 こうすれば最初の声掛けを無視されることはまずない。しかし突然質問しても不自然なので、まずは気さくな挨拶からだ。

 大切なのは不安を与えないこと。まったく、アリスはこれが分かっていない。


「へい彼女! いま暇?」

「え、いや、……無理です。さようなら」


 俺は再び路地裏にいた。


 渾身の気さくな話し方が通じず、意気消沈している。

 そんなかわいそうな俺をアリスが腕を組んでゴミを見るような目で見てくる。


「ねえ、今の何……」

「話の助走を着けるための挨拶だ。走り幅跳びでも勢いを生む助走は大切だろ? 会話にも起点になる部分が必要だと思うんだ」

「助走で一周してるよ」

「やめてくれ、実はかなり傷ついてるんだ。振り向いてから顔を品定めされて……、そして無理って言われたし」

「どんまい。そんなこともあるよ」


 残念な者を見るように、アリスは短く息を吐いた。


「今のままだと山元が捕まるから、やっぱり私に任せて」

「どうしてお前はそんなに自信満々なんだ……」

「お願い、最後の一回……駄目?」


 手を合わせてお願いされる。


 その素振りが可愛くて俺は少しだけ脈が早くなる。視線が重なりアリスの空色の瞳が真っ直ぐに俺だけを写していたので、なんか緊張してしまった。

 だから、照れ隠しのように早口で答えた。


「わ、わかったよ。次だけだぞ」

「ん! 任せて」


 アリスが気合いを入れるために両拳を顔の前に持ってきて、胸辺りで肘を引く。

 俺はそのまま、三度目となる聞き込みを始めた。


 帰宅ラッシュで駅前の人は多い。

 誰を選ぶか……。


 辺りを見回しているとアリスが一人の女学生に指をさす。

 髪をおろした学生だ。歩き方や、両手で鞄を持ってるところから育ちの良さが伺える。

 よし! 今度こそ!

 アリスの耳打ちに合わせて俺は後方から女学生に話しかけた。


「あれれー!? こんなところにプリンセスがあ!」

「ああ、そういうの間に合って――って、優作? 何してるの?」

「ごめんなさい。話しかけないで下さい」

「斬新すぎない!?」


 話しかけた相手は我が幼馴染みの飛鳥だった。


 ヤバい。

 終わる。

 色々と。


 即座に逆方向に歩き始めたが、飛鳥に肩を掴まれる。


「人違いです、さようなら」

「何で私が断られてるの……。そっちから話しかけてきたでしょ、優作」

「誰ですかそれ?」

「あんたの名前よ」

「聞いたことありませんね」

「そろそろ殴るわよ」

「すみません。俺は優作です」


 謎の圧に屈してしまい俺は自分の正体を白状した。隠し通せるわけがなかった。


「え? なに? うそ! あんたナンパしてたの!?」


 肩を掴む力が強くなる。少し痛いくらいだ。

 真面目な飛鳥にとっては、ナンパは許せない行為だろう。それも幼馴染みの俺がしてたとなれば、気心知れた仲だが数時間のお説教コースが確定する。


「いや、違う! 誤解だ!」

「じゃあ、何でお世辞言って話しかけてきて挙げ句私にバレたら逃げたのよ。私に話があるのならそのままでいいし、本当は別人と思ったにしても優作の知り合いはオカ研くらいじゃない。悪いことしたらダメって昔から言ってたでしょ! 何でナンパなんか……、見損なったわ」


 無理だ。飛鳥に口では勝てない。さっきのアリスの比にならないほどのゴミを見る目、いや害虫を見るような目を向けてくる。


 何とかして誤魔化さないと今後の学校生活に支障が出る危険がある。

 かといって変にごまかせばボロが出て、より怒りを買うだけだ。幽霊に協力してて、と説明しても信じられるはずが無いしな……。

 飛鳥がナンパに対してマイナスのイメージを持ってる以上仕方がない。


 イメージの改善は今からは無理。ならば、悪いものをすり替えるのが一番だ。俺のナンパ以上に悪かったこと。そんなのあるのか?

 いやあったな。そもそもの原因が。そうだ元はといえば悪いのは俺じゃない。

 悪いのは。


「飛鳥が悪い」

「……はあ?」

「山元、それはさすがに……」


 今まで隣で見ていたアリスがドン引いた顔をしていたが、もはやそんなこと気にしてる場合ではない。


「お前はいつものポニテを崩してた。だから、俺は飛鳥だと思わずに話しかけたんだ。つまり、今の状況になったのは飛鳥が髪をほどいていたのが原因だ!」

「え、ええ!?」

「うわあ……。やば」

「た、確かに言われてみれば、私が、悪い?」


 飛鳥がうろたえだした。流石俺だ。完璧に論破したな。


「そうだ、悪いのは全部飛鳥自身なんだよ。気づいてくれたか。俺は嬉しいよ」

「ええ。ありがとう優作」


 言いながら飛鳥は鞄を地面に置いて、腰を捻る。


「良いってことよ。これに懲りたら次から気を付けるんだぞ」

「って、なわけないでしょ! この変態!」

「ごめんなさい!」


 怒りのビンタをくらった。



――――――――――――――――――



 口の中が痛い。口腔内を切ったわけではないが、表面の方がじんじん傷む。リンゴのように頬が腫れているのではないかと感じるほどにその部分に熱が籠っている。

 俺はあの後、飛鳥に連れられて近くの喫茶店に入った。お説教タイムだ。


 初めて来た店だが、結構内装はおしゃれ。

 全体的にブラウンを基調とした壁や木目が見える床。カウンターの中にはコーヒー豆やカップが綺麗に展示されるかのように並べられている。

 テーブル席以外にカウンター前にも椅子が置かれており、マスターとの会話を楽しめそうだ。

 カウンター上から吊り下げられた照明が良い雰囲気を出している。


 店員は目付きの鋭い女性マスターが一人と、奥に見える厨房に男が一人いる。

 おそらく料理はあの男の人が作っているんだろう。


 クラシックなムードの場所に、第三者から見たらデートに来たと思われても仕方ない男女のペア。

 その一人はあからさまに不機嫌そうにテーブルの対面に座っていた。


「で、何であんなことしてたのよ?」


 席に着くなり飛鳥は頬杖を突きながら仏頂面で話を聞いてくる。

 この際取り繕っても仕方がないから、ある程度は正直に話したほうがいいだろうな。


「もう正直に言うよ……。実は人を探していたんだ」

「人探し? それなら警察に行きなさいよ。」

「いや、そこまで大袈裟な話じゃないんだ。事件に巻き込まれたわけではない」

「ならいいんだけど。あんた唯でさえ学校で浮いてるんだから、これ以上変なことするのやめなさいよね」


 流石は飛鳥。

 人探しといっただけで、俺があんな話かけ方をしたのにも納得したようだ。やっぱり幼馴染ってだけはある。


「任せてくれ、これ以上下がるようなもんでもないだろ」

「まあ、授業のサボり魔、先生に対しての粗暴な態度、遅刻ギリギリ男とか呼ばれてるものね。あ、あとオカ研の裏部長だったかしら」

「最後の何だ!?」

「で、誰を探してるの?」


 当然のように無視して飛鳥は聞いてくる。身を乗り出しているのに聞こえないふりとは大したメンタルじゃないか……。

 今まで無言だったが、俺の横に座っているアリスを見ると目が合い頷いてくれた。

 同意したと受け取ったので俺は飛鳥に視線を移す。


「実は――」

「ほい、いつものコーヒーや!」


 俺が話そうとしたのとほぼ同じタイミングで、マスターの女性がトレイでコーヒーを二杯運んできた。

 声が被ってしまって俺の話が中断される。


「え? 今日はまだ頼んでませんけど。」


 飛鳥は席に着くなり俺に話し始めたので、それが失礼だったと思ったのか申し訳なさそうな顔をした。


「ええで! いつも同じ時間に同じもん頼むから困っとらんわ! というか、あれやな今日はサービスや!」


 軽快な笑みを浮かべるマスター。テンションの高い人だな。

 というか、店の人が理解してるレベルで通ってるなら飛鳥はここのかなりの常連なんじゃないだろうか。

 こんな洒落た店に入るなんて、何か差をつけられた気がして悔しい。


「さ、サービス? いや、それは流石に悪いですよ」

「うちがしたくてやったんや! 甘えとき、まだ子供なんやから!」

「は、はあ」


 最初の印象としては失礼だけど、あまりお店の雰囲気に合っていないマスターだと思った。こう、喫茶店のマスターって静かで落ち着いた紳士みたいなイメージが勝手にある。


「照れるのやめや! かわええなあ! 彼氏さんやろ、この子!」

「あ、気づいたか? 飛鳥がいつも世話になってます」

「あんたも乗るなあ!」


 面白そうな勘違いを話したので何も考えずに同意しといた。

 飛鳥に胸ぐらを掴まれて前後に揺すられるが、久しぶりに動揺させることができたので大満足だ。


「冗談や。雰囲気でわかるけど、その子が山元やろ?」

「何で知ってるんだ?」


 突然名前を呼ばれて驚く。

 どこかで面識があったか?

 マスターはまたもや豪快に笑って、俺の反応に喜んでいた。


「いやな、飛鳥ちゃんがよう話題に出すから入ってきた瞬間わかったで。幼馴染みなんやてなあ」

「飛鳥が、俺の話を?」

「あんな話やこんな話! ムフフな相談までなんでも聞いとるで!」

「ムフフな相談!?」

「ばかあ! 真に受けないで! マスターもやめてください、怒りますよ!」

「ははは! 美少女の困り顔は堪らんなあ」


 マスターはそう言ってカウンター前の席についた。他にお客さんがいないから話し相手が欲しいのかもしれない。


「優作、ここのマスターはこんな感じで元気な人なの。発言の八割が冗談だから信じちゃ駄目よ」


 飛鳥が顔を真っ赤にして、注意してくる。こいつがここまで取り乱すのも珍しいな。学校では、完璧超人とまで言われてるのに。


「わかってるよ。ついでになんだが、ここで夕食にしてもいいか?」

「え、いいけど? 時間早いわよ、大丈夫?」

「ああ。家に帰ってもコンビニ弁当だしな。たまには人が作った料理も食べたい」

「……あ、そ。まあ、頼んでいいわよ。私この後用事ないから、長居しても大丈夫だし」

「おう、ありがとな」


 俺はマスターに向かい、メニュー表から選んでいたオムライスを頼もうとする。

 しかし言葉を発する前に後ろから手を引かれた。

 振り返ると、アリスが俺の袖を掴んでいた。


「なんや? トイレはあっちやで?」


 急に止まった俺に不振がるマスターだが、俺はアリスの声に集中していたので返答は出来ない。


「……これ、おすすめ」


 そう言って何かを指差す。

 そこには炒飯と書かれていた。


 しかし、そんなことよりも俺はアリスの今の発言の方が気にかかった。


 おすすめ。それは過去にこのお店に訪れたことがなければ、絶対に口から発せられることの無い言葉だった。

 記憶のない幽霊アリス。その発言はその大前提を矛盾させることになる。まさか、アリスは。


「……お前、何か思い出したのか?」

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