第11話 ソリティア爆弾

『薬も過ぎれば毒となる』とは昔からよく聞かれることわざの1つだ。どんなに自身にとって良いものでも度を越せば害となることの例えであり、今の私を表すのに最も適切な言葉といえよう。そう、私は脳トレの為に始めたソリティアにどっぷりとハマってしまい日常生活に支障をきたしているのだ。

パソコンやスマホでできるトランプゲームの1つとして知られるソリティア─厳密には『クロンダイク』と呼ばれているこのゲームはトランプを赤と黒の交互に且つ降順に並べつつ、マークごとに昇順に並べ替えていくという説明には困るが実践する分にはかなりシンプルなルールで、巷に出回っているド派手なアクションゲームなどに比べれば絵面にしても何にしてもかなり地味であるが何故かハマってしまう。慣れてしまえば1ゲームにつき1分以内にはクリアできるだろう。

ただし全てのゲームが必ずクリアできるわけではない。カードの配置の都合からどうやってもクリアできない場合が2割程の確率で存在する。クリアできるハズのものでも少し選択を間違えれば手詰まりしてしまう。だからこそ「次は勝つ」という気持ちが沸き起こって夢中になってしまうというわけだ。

私は「次は勝つ」と思う間も無く息を吸うのと同じ感覚でリトライを繰り返すようになったのだが。




そういうわけで勤め先の休憩時間にも社員食堂の片隅でソリティアを詰んではリトライし詰んではリトライしを繰り返していたら、ふと画面の下に見慣れない表示を見つけた。


『ソリティア爆弾 あと3回』


いつの間に出てきたんだこの表示。怪訝に感じつつも詰んだソリティアをリトライする。すると表示が『ソリティア爆弾 あと2回』に変わってしまった。

ソリティア爆弾が何かわからんが、クリアしたら増えませんかね。そんな希望を抱きながらリトライしたソリティアをクリアすると、表示が『ソリティア爆弾 あと1回』とまたカウントが減ってしまった。

何だこれは、0になるとどうなるんだ。試してみたいが、何らかのトラブルが起きる罠だったらどうしよう。葛藤に苛まれながらトランプが弾け飛ぶ画面を見つめていた矢先、自分のそばで垂れ流しにされていたTVから『スマホ爆発事故』という言葉が聞こえてきた。


『スマートフォンの使用中だった為、死亡した男性の顔に破片が刺さり…』


あんなことになったらどうしよう。背筋が凍るのを感じた私は利用するソリティアのサイトを変えようかと思ったが、それも嫌だと思った。今利用しているサイトのソリティアがカードの形的にも配置的にも1番見やすいのだ。

このままこのサイトのソリティアができなくなったら禁断症状でどうにかなりそうだ。私は既に起き始めている禁断症状─手の震えとトランプの幻影に苦しみながら仕事を終え、幼馴染の純喜を呼び出しスパークリングの日本酒を持ってこさせた。本当に酔いたい時は飲み慣れた蒸留酒(40度)よりも日本酒(15度)の方が酔える気がするからだ。

そうして250ml程度の缶に入った日本酒を社屋の前で一気に飲み干した私は酩酊で視界が一気に揺れ出すのを感じ、気づけば純喜の部屋で純喜のお母さんが切ったリンゴをご馳走になっていた。リンゴの甘酸っぱさが身に染みる。

なお意識が飛んでいる間、私は純喜に対し特にソリティアの話はしなかったらしい。ただただ共通の先輩であるテツヤ先輩に関する心配事を聞かされて「気の毒やね」と繰り返すだけのbotに成り果てていたとか。

確かに記憶の片隅に「テツヤ先輩の好きなアイドルが学生時代のイジメ疑惑でグループ脱退まで追い込まれたのに実はシロだったからテツヤ先輩が落ち込んでるしめちゃくちゃキレてる」という話が残っている。私も知っているアイドルだが実力派だっただけに残念である。


「それはそうとソリティアの画面見てほしいんやけど」


私は悩み悩んでいたソリティア爆弾についてスマホに画面を展開しながら相談した。純喜は「それはそうと、て」と苦笑いしながらも画面を覗き込んだ。かと思えば画面に触れトランプを動かした。直後『あと0回』に切り替わるソリティア爆弾の表示。


「バカヤロー!」


私は思わず怒声を浴びせてしまった。純喜が目を丸くして「何ィー!」も返す。

直後、部屋の外から悲鳴が聞こえてきた。純喜と共に居間へ行くと、布巾を被せた鍋の前で純喜のお母さんが呆然と立ち尽くしていた。


「母さん、どうしたの」


「夕飯作ってたら急に火柱が上がったのよ。揚げ物してたわけでもないのに不思議〜」


そう青ざめた顔で返すお母さん。

ふとスマホに目を向けると『ソリティア爆弾』の表示は消えており、火柱との因果は定かでないものの恐れを感じた私はソリティアを辞めてしまったのだった。

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