第9話 重なるごとに

年休消化の為に入れた休日の昼過ぎ、私は友人の玲緒菜と街中の中国茶カフェで一服していた。

高級アパレルから大衆食堂まで様々なジャンルが入り交じる歩行者天国を人々が行き交う姿を、窓際からジャスミン茶を啜りながら眺める。なんて贅沢な時間だろうか。

玲緒菜はこういう過ごし方ができる唯一の友人だ。う○ことち○こでは笑えない程には育ちが良いので他の阿呆共のようにジンをスピリタスで割って意識不明に陥ったり半月に1本のペースで一升瓶を飲み干したりすること無く慎ましやかにパティスリーの売り子(時給860円、ボーナス無し)をしている。

ストゼロで頭を溶かしつつ小さな商社で働く契約社員(時給870円、寸志7万)の私となんで友達でいてくれるのだろう。そもそも高校からの仲だがどうしてあの平行四辺形の面積の求め方から教えるような底辺高校にいたのかわからない。

とにかくこういうスローな時間を過ごせる貴重な相手なのだから大切にしよう。茶菓子を1つ摘んで「美味いね」と笑い合っていると、ふと窓の外に見えるものが気にかかった。歩行者天国の大きな通りを挟んだ向こう側、高級アパレルの前に立つ男性。黒いハイネックセーターに濃い青色のジーンズ。七三に分けられた黒髪の下にある顔は青白く、不気味な笑みを浮かべている。

私は高校時代に女子の間で囁かれていた噂を思い出した。時折街に現れる、好みの女の子を見つけては後をつける変態おじさんの噂。確かおじさんの特徴は黒いハイネックセーターだったハズ。


「玲緒菜ちゃん、むかし噂してた変態おじさんってあの人かな」


私が男を指すと、玲緒菜は男を凝視して「あー違うな」と返してきた。


「ハイネックおじさんでしょ?あの人は背が私達よりも小さいらしいから違うね」


そうだった、変態おじさんは背が低いんだった。対して窓の外の男は2mはありそうだ。

新種の変態おじさんか、はたまたこちらの自意識過剰か。後者であることを信じて男性を見守っていると、男性の前をガタイの良い青年が通り過ぎた。かと思うと男性の立ち位置が先程よりも少し左にズレた。しかし男性が身体を動かすところは見ていない。

見間違いかと思っていると、今度は私達と外を隔てる窓のすぐそばを十代程度のカップルが通り過ぎた。すると今度は男性の立ち位置が少し前方─私達のいる方向へとズレた。

なるほど、通行人と重なるごとにこちらへ移動してくるらしい。SCPかよと思いつつ私は窓のシャッターを下ろした。玲緒菜から「そこまでするか…」と引き気味の声が聞こえるのを無視して、私は「3、2、1」と手品師の如くカウントダウンをしてシャッターを上げた。男が窓に張りついていたのでもう一度シャッターを下ろした。


「これは失敬。はい321」


1秒でカウントダウンを終え窓の外に男の姿は綺麗サッパリ無くなっていた。一瞬の間だったので移動のしようも無い完全にいなくなったのだ。


「何だったの今のは」


「SCPじゃね」


私は適当な返しをして茶を飲んだ。まだ熱々だった。

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