第6話 屋上のパンダ

日曜日の昼間、私はテツヤ先輩と幼馴染の純喜に誘われてデパートの催事場に足を運んだ。催事場ではいま『沖縄物産展』とやらを開催しているらしく、数多の老若男女でごった返す空間の、人々より頭1つ分高い所に『ラフテー』やら『サーターアンダギー』やら書かれたのれんが下がっている。

ちなみにデパートという場所はこの地元においては『敷居の高い場所』というイメージがあるらしく、店内を歩く客は皆めかし込んでいる。いつも光沢付きのジャージを着ているテツヤ先輩と純喜ですらYシャツ(柄付き)なんぞを着て決めていやがるし、いつも職場の近所でワンカップ片手に自転車をかっ飛ばしている爺さんがスーツにハットを被っている姿まで見かけた。

一応は私もそれなりの格好をしてきた。以前仕事でこのデパートの物流部とやり合った時に相手から品性もクソも感じなかったので「テメーらなんぞこんな格好で十分じゃ」というアンチテーゼを込めてジャージで繰り出したかったが、テツヤ先輩から殴られて家まで着替えに走らされそうな気がしたのでインナーをスウェットにするぐらいで留めてやった。珍しくスカートを履いたのだから誰か褒めてほしいものである。

後輩1人がスカートを履いた程度では褒めてくれない野郎共に囲まれながらテツヤ先輩のお気に入りだという白いちんすこうを探していると、前方からこちらに向けてものすごい睨みを利かせながら歩いてくる一団と出くわした。よく見ればそれは隣町に住む半グレの集団で、彼等の最後尾にいる背の高い男と目が合った瞬間に私は修羅場を予感した。あの男─嵯峨野さんはテツヤ先輩のグループと対立関係にあるグループの頭だ。いつも下っ端同士がお互いのシマを荒らし合っているし、こうして頭同士が顔を合わせるとここが惨状になりかねない。

ただ嵯峨野さん、何故か私だけには異様に優しい。1人でいる時に嵯峨野さんと会うと必ず自販機でジュースを奢ってくれるし、繁忙期にボロボロになってヤケ酒していた時なんか「綺麗な景色でも見に行こう」と夜景の見える港までドライブに連れて行ってくれた。

(夜景の正体は隣町のラブホ街だった)

今回は人混みの中でもあるし、何かあったら私がどうにか仲裁しよう。そう思いながらテツヤ先輩と嵯峨野さんの出方を窺っていると、案の定嵯峨野さんがテツヤ先輩に「お前らこんな所に来ることあるんかいな」と絡んできた。テツヤ先輩は心底面倒臭そうな顔で溜息をつく。


「生江が引き寄せたな」


私のせいかよ。そう口に出して言うとテツヤ先輩にぶん殴られて嵯峨野さんが激昂し大乱闘になりそうなので黙っておく。


「嵯峨野さん、今日は俺もアンタも貴重なお休みでしょう。お互い見なかったことにしませんか」


「えらい穏健やな。ええで。人は多いし生江ちゃんもおるし、今日のところは見逃したる。あ、生江ちゃん来る?これから屋上のパンダ乗りに行くけど」


『屋上のパンダ』という言葉に私はゲッと唸った。嵯峨野さん達が何をしようとしているか想像がついたからだ。

このデパートには昔ながらの屋上遊園地がある。小さな観覧車にメリーゴーランド、ゲームコーナーとそこそこ金がかかるので私も周囲の友達も殆ど足を踏み入れたことが無いが、噂では遊具の1つであるパンダ─100円を入れると歩き出すパンダの乗り物がどこから乗っても勝手に屋上の縁へ近づいていくのだという。それも毎回同じ場所に。

一応縁にはフェンスが張り巡らされているのでパンダが落ちていくとかそんなことは無いのだが、ハンドルの制御も無視して一心不乱に同じ場所を目指すパンダの姿は得も言われぬ恐怖を感じさせ一気に地元民の間で有名になった。

嵯峨野さん御一行はそんなパンダに乗りに行くというのだ。率直に言えばいわくつきのパンダをお目にかかりたいところだが、テツヤ先輩のお許しをもらえるだろうか。恐る恐る先輩を見上げると、彼は「後で俺達も行く」と言った。そういえばこの人は意外と噂の類が好きなのだ。






そういうわけで私は一旦先輩と離れ、嵯峨野さん御一行について屋上へ向かった。途中、嵯峨野さんの舎弟の1人から「嵯峨野さんやけに優しくない?弱みでも握ってんの?」と訊かれたので「嵯峨野さんほどの殿方がこんな良い女を放っておくとお思い?」と返したら苦笑いされた。何だその態度は。

屋上に出ると、沢山の子供連れが遊園地を利用しているのが見えた。観覧車やメリーゴーランドは子供達によって占領されており列ができている。

そんな中でも例のパンダはすぐに見つけることができた。遊園地の片隅で『故障中』と書かれた紙を貼られたソイツは、長く手入れのされていないであろう汚れた体毛をそのままに寂しく佇んでいた。


「故障中の紙貼ってますね」


私が言うと嵯峨野さんは「ほんとー?」と首を傾げながらパンダに近寄っていった。パンダの噂を知ってか突如現れたチンピラを警戒してか、周囲から子供を連れたお父様お母様が離れていく。


「故障しとったら乗られんなぁ」


「噂が酷いから故障中ってことにしとるだけかもやで?」


「コイン入れてみよか」


パンダの周りに半グレ集団が集まる。

自分がパンダだったらゴツい兄ちゃん達に囲まれ見下ろされる光景に思わずチビってしまうだろうなぁと思っていたら、突如パンダがブルブルと震え出した。かと思えば腹からグオオオという唸り声にも近い音を発し、4本の足をギシギシと鳴らして動き始めた。半グレ集団は目の前の異常事態に目を輝かせ、ゾロゾロとパンダについていく。

そうしてしばらく進んだのち、パンダはデパートの端─フェンスに囲まれた縁へと辿り着くとそのまま停止してしまった。半グレ達は顔に興奮の笑みを浮かべたままヤバイヤバイと声を上げ、そのうちの誰かが「また動くんじゃね」と100円を入れた。しかしパンダはもう動かなかった。周囲にいた子供連れの皆さんは興味が無いのか見向きもしていなかった。






「そういえばガキの頃、あのパンダに悪さしたことあったな」


動かなくなったパンダから離れ自販機でジュースを買いながら、嵯峨野さんが思い出したように言った。


「小学生にはパンダの動きが遅く感じられてな、はよ動けやっつって叩いたんや。他のガキもそうやった」


それならきっと悪ガキ共の暴力を恐れたパンダが苦境から脱しようと屋上の縁へと向かったのではなかろうか。そこから脱しても遥か先の地面へ真っ逆さまだというのに。そんな話を嵯峨野さんにしてみると、嵯峨野さんは「おもろいなぁ」と笑ってくれた。

その後、嵯峨野さん御一行がはけた後に現れたテツヤ先輩がパンダを元の位置に戻したり100円を入れたりして怪異の再現を図ったが、パンダは一切動かなかった。私はテツヤ先輩から尻を叩かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る