第18話 癒し

 人類の初勝利。その歓喜を力の限り叫んだ者たちは、やがて力尽きて泥のように眠った。

 夜も深くなり、星空の下に響くイビキや虫たちの音ぐらいしか聞こえなかった。

 そんな空間から、アークスはコッソリ抜け出した。

 宴では中心に座らされてもみくちゃにされ、楽しかった。だが、一方で今回のことで色々と再び分からなくなってしまった自分自身のことを、アークスは気にせずにはいられなかった。


「ふぅ……さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ……近くにはまったくキカイの気配も感じないし……って、俺……なんでそんなこと分かっちゃうんだろ……」


 自嘲気味になりながら、少し森から抜けた川沿いにアークスは出た。

 そして空を見上げれば、いくつもの星々が照らされている。


「うわぁ……星が―――」

「きれいですね」

「えっ? うわっ!?」


 キカイの気配は分かったというのに、近くに居た女の子の気配にまったく気づかず、驚いて思わず声を上げてしまった。

 

「うふふふ、ごめんなさい。アークスがどこかに行ってしまうのが見えて……」


 振り返ってそこにいたのは、クローナ。

 手に何かを包んだ布袋を持っている。

 ペロッと舌を出しながら謝る彼女の微笑みにアークスは照れて目を逸らしてしまう。


「べ、べつに、ちょっと散歩で……」

「そうですか。でも、あんまりフラフラされちゃいますと、心配しちゃいます」

「うん……ごめん……」


 少しあたりを見渡すと、丁度良い木陰を見つけてゆっくりと腰を下ろすクローナ。

 そのまま自分の隣をポンポン叩いてアークスを誘う。


「アークスも座りませんか?」

「あ、う、うん……」


 特に断る理由もなく、誘われるまま隣に座るアークス。


「あの、クローナ……怪我は大丈夫なの? 肩……」

「はい! もうへっちゃらです。痕もあまり残らないと思いますので」

「そ、そう……良かった……」


 静かな空間に可愛い女の子と二人きりという状況に、アークスも少し緊張してしまう。

 だが、そんなアークスに構わずクローナは簡単に距離を詰める。


「あ、服が乱れちゃってますよ? 宴の時にですか? 私がボタンしめてあげます」

「あ、い、いいよ、自分で……」

「遠慮しないでください♪」


 ちょっと息を吐けば互いにかかるほどの距離で、クローナは特に緊張するわけでもなくマイペースなまま。

 だが、そうやって簡単に近くに寄ってくるクローナに、アークスは余計に照れて顔をソッポ向いてしまった。


「アークスもすっかり人気者ですね」

「……え?」

「宴で皆さんがアークスにくっついてましたから……でも、その気持ちもわかります。アークスはとってもカッコよかったです。そして、私たちの目に狂いはなかったのです」

「そんなこと……」

「初めてお尻やお股を見られた男の子もアークスで良かったです♡」

「ちょっ、そ、それはぁ~……」

「うふふふ、でも、安心してください! 今も穿いてますから!」

「うぅ……」


 小さく白い指で丁寧にアークスのボタンをしめていきながらそう告げるクローナ。

 アークスはその言葉を聞いて宴の時を思い返す。

 確かに、皆が笑顔で自分に接してくれて、記憶が何もない自分でも嬉しくて、楽しかったと感じた。

 だが、一方で……


――足りない……もっと、お腹空いた……もっと!

――おにいちゃ……ッ!?


 あのときのことがどうしても気にせずにはいられなかった。


「俺さ……自分でも分からないんだよ……どうしてあんなに俺……」

「アークス?」

「……なぁ……クローナたちは……キカイを……おいしそうとか思う? 昼に出されたスープとか、宴会の御馳走とか全然食べられないのに……キカイの体がおいしそうって思っちゃって……夢中に食べちゃったんだ……」

「…………」


 自分でも自分が分からずその食欲に我を忘れてしまった。

 記憶のない自分には、キカイが人類にとっての敵という記憶も、食べられる存在だということも覚えてない。

 しかし、自分は食べた。

 そしてそんな自分を無垢な子供たちは恐怖で怯えたような様子で青ざめていた。


「俺、何なんだろう。わけわかんないんだ! みんなはキカイを食べないし、おいしそうとも思わないのかもしれないけど、俺は違うんだ! それに……食べたら、武器とか作れちゃうし……俺、なんなんだ? 何なんだよ!」


 思わず弱音を吐きだしてしまい、アークスは恐怖で震えた。

 自分はただ記憶がないだけではなく、どうやら自分は普通とは違うということが分かってしまったからだ。


「俺……ほんとに、何なんだろう。今はキカイを倒せたから皆は俺を褒めてくれたけど……でも、いつかマセナたちみたいに……俺……皆から……皆から―――」


 いつの日か、今こうして自分の傍に居てくれた人たちが、拒絶するかもしれない。

 そう思うだけで、アークスの恐怖は増すばかりだった。

 しかし……


「たしかに私たちはキカイを食ません……誰も食べたことなかったですし……実際、キカイの体はかたいですし……」

「え?」


 そう言って、クローナは手に持っていた布袋を開き……


「アークス……これはあなたに持ってきたのです。宴では何も食べていらっしゃなかったので……」

「あ……」


 そう言って、クローナが布袋を開けて出したのは、キカイの残骸。


「不思議ですよね……なんだか、肉体って感じもしません……ほんとうに鉄みたいです……でも、これがいいんですよね?」

「あ……あ……う……」

「今後、キカイの調査のためにいくつかは持って帰らなければいけないようですけど、これぐらいなら大丈夫です。ですから……」


 アークスはキカイの残骸を見て、喉が鳴った。

 それは目の前のモノに食欲をそそられている証。

 

「どうぞ、召し上がってください」

「でも……」

「んもう、遠慮はいりません! 私、アークスがお腹を空かせて我慢される方が、よっぽど心配なのです!」


 クローナにそう言われるが、アークスはどうしても手を伸ばせなかった。

 すると、頬を膨らませたクローナが手を伸ばし、残骸を一欠けら摘まみ上げた。


「あむっ」

「クローナ!」


 それは、キカイたちが放っていた礫。

 それをクローナは口の中にヒョイッと入れて噛もうとするが、噛み切れずに眉間に皴を寄せた。


「ん~、かたいでひゅ……よく噛み切れますね、アークスは。私、歯がかけちゃいます……でも……んっ!」

「あっ、クローナッ!」

「ん、ごく……」


 アークスのようにムシャムシャと食べることは出来ない。しかし、それでもこれぐらいならばと、クローナは噛まずに礫を飲み込んで、アークスに笑顔を見せた。


「私にはおいしくありませんが……私も食べました。これで、アークスは一人だけではありません」

「クローナ……」

「うふふふ、これで私たちは、食いしん坊同士ですね♪」


 それは、ただの慰めにすぎないことはアークスにも分かっている。

 どこまで行っても、自分は他の人たちとは違う存在という恐怖が払拭されたわけではない。

 だからこそ、クローナの今の行為は慰めにしかすぎない。

 だが、それだけじゃなかった。


「だから、私はちっともアークスを怖くありませんよ?」

「ッ!?」

 

 自分はアークスに恐怖を抱いて、拒絶したりしない。

 今のクローナの行為はその意思表明のようなものだった。


「ありがとう……クローナ……」

「助けてもらったのは、私たちなのですよ?」

「ううん……俺も今……助けてもらったから」


 クローナの想いが心の奥底へと染み渡り、アークスの胸は温かくなり、そしてやがては不安や恐怖が癒されていくのが分かった。


「んふふふ、ではこうしましょう。アークス、『これを食べなさい!』」

「はい、了解しました。食べます」

「はい、召し上がれ!」


 それは命令だった。


「ガブ、ガリ、ガシュ、ガブガリガリガリ、ジャリ」

「んふふ~」

「ああ、染み渡ってくる。んま、ん……あ……クローナ……」

「ふふん。『気にせず食べなさい』♪」

「はい、食べます!」

「ん~……本当に命令だと素直なのですね~、これも不思議です」


 クローナの厚意を受けて、星空の下でアークスは一心不乱にソレを貪り、しばらくその場に鉄の砕ける音が響き渡った。

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