第10話 希望になれ
「俺、自分が誰なのか分からないんだ。記憶がなくて……目が覚めたら、知らない洞窟にいて、クローナに出会い……キカイたちから現れて……」
「記憶がないと?」
「ぬっ、これはまた面倒ですね……」
天幕の床に輪になって座り、アークスの話を聞くトワイライトたちは難しい顔をして頭を押さえている。
「名前も分からなくて……アークスって名前も本当に合っているかどうか……」
「なるほどのぉ、ウソを言っているようには思えぬな……これは思った以上に面倒な……では、おぬしが振るったあの力も分からぬということか?」
「あの力?」
「うむ。おぬしが腕を変異させて妙な武器を具現化し、キカイを殺した力だ」
「……へ? キカイを……ころ……え? 誰が……ですか?」
「むぅ、それすらも覚えていないか……おぬしが世界史上初、キカイを殺したのじゃ」
キカイ。それは意識を失う前に自分に襲い掛かりり、そしてトワイライトやクローナの仲間たちを大勢殺し、現在世界を震撼させている残虐な新人類たち。
その強さは、未だかつて人間も魔族も獣人もキカイを倒したことがないほどということを、アークスは聞いている。
そのキカイを自分が倒した?
その言葉の意味をアークスは理解できずに言葉を失っていた。
「姫。小生もにわかに信じがたいことです。この無害そうな小童が、キカイを殺したと? 小生が隊を離れて避難民たちを誘導している間に、そんなことがあったなど、今でも半信半疑……いえ、半分も信じられませぬ」
そして、初めて見る女兵士が疑惑の目でアークスを睨む。
「事実だ、『オルガス』。でなければ、この儂が多大な犠牲を払ってまで……いや、まあそれはよい。とにかく事実じゃ」
「はい、私もこの目でちゃ~んと見たのです。彼は希望の救世主様です!」
「きゅ、きゅうせい……そ、そんなこと言われても!?」
オルガスの疑問はまさにアークスも同じだった。
自分にそんな力があると言われても、ましてや救世主などと大それたことを言われても、それを受け入れることなんてできない。
「分からない……わかんないよ、おれ、そんなこと言われても、分からないんだ!」
考えれば考えるほどどうしようもなくなり、アークスは頭を押さえながら俯いた。
だが、そんなアークスの両頬をトワイライトは包み込んで、無理やり顔を上げさせた。
「よいか? おぬしにはおぬしの事情やら、言いようのない不安が山ほどあるであろうが、儂らにとって重要なのは、おぬしがキカイたちが警戒するほどの存在で、おぬしがキカイを殺す力があるということだ」
「い、いた、痛い……」
「おぬしには悪いが、儂らはおぬしをとことん利用する。どんな手段を使おうと、おぬしの力を引き出させ、キカイどもに対抗する切り札として酷使する! 逃げても無駄だじゃ。どこに逃げようとおぬしを捕まえて、使い続ける」
それはもはや、願いでも命令でもなく、強制であった。
有無も言わせずに恫喝するようなトワイライト。その凄みに圧倒されて、アークスは怯えてしまう。
だが……
「だからこそ、おぬしは何があっても死なせぬ。何があろうと儂らがそなたを命に代えても守る。可能な限りそなたの望みも叶えるし、力にもなろう」
「……あ……」
「だからおぬしには今後も……力を貸してほしいのじゃ」
「そん、なこと言われても、俺にそんな力があるかなんて分からないし……どうやればいいかもわからないし……」
「知らぬ。しかし、共に居てほしい。希望として」
希望になれ。それはもう他に手段がなく、トワイライトたちのような存在でもアークスの未知に縋るしかないという意味でもあった。
だからこそ、トワイライトたちはアークスを何が何でも希望にしようとする。
「お、俺……」
とはいえ、すぐに頷けるものではなく、アークスも戸惑ったままだった。
「姫。とりあえず、今は話はそれぐらいがよいかと。彼も突然のことゆえ、混乱が収まらない様子」
「むっ……」
「とりあえず、貴公には小生らと共に来てもらおう。記憶とやらが戻る手助けもさせてもらおう。魔王様や、獣王様たちにも会ってもらわねばならぬまい」
そんなアークスの返答は待たず、今後のことについて女騎士が手を叩いて場をまとめた。
「小生は黒翼族にして暗黒六大将軍の一人……魔導騎士オルガスだ」
「じゃあ、私は改めてクローナです!」
「トワイライトじゃ。これから先、儂らがおぬしを何があっても死守する」
名乗った三人。これから先、アークスの意志に関係なく命に代えても死守すると宣言し、そして誓った。
「よし、いずれにせよ、休憩は終わり。そろそろ『エデン』に向けて出発しようぞ」
「そうですね。いくらキカイを撒いたとはいえ、いつ接近されるか分かりませぬ」
話は決まり、そしてこれからの行動についてトワイライトとオルガスが話をする。
その中で、
「あの、『エデン』ってなんすか? 皆さん、そこに向かってるみたいですけど……」
会話の中に出てきた単語の意味についてアークスがクローナに問う。
「ええ、そこは私たち魔族、獣人、全ての生き残りの種族たちが身を寄せている安息の地です。海を越えた先にある巨大大陸。何故かそこにだけは、キカイの方たちは近づかないのです」
「え? そうなのか?」
「はい。そのため、キカイへの対抗手段が分かるまで、可能な限り生き残った方々をその地へ移住していただいているのです」
「へぇ~」
そんなものがあるのかと思ったと同時に、アークスは疑問に思った。
何でそんな都合のいい場所があるのか? と。
正直、あのキカイという生物が海を隔てるだけで現れなくなるなど、本当なのかと疑わしかった。
とはいえ、自分にそんなことが分かるはずもなく、今は……
「他に知りたいことはありませんか? 救世主様」
「あと……『様』ってやめて。普通に呼び捨てにして」
「え? 私が救世主様を名前を呼び捨てでよいのですか?」
「うん、今更だし」
「では、不束者ですがよろしくお願いしますね、アークス!」
今は、この出会った者たちと共に行動する以外の選択肢はアークスにはなかった。
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