第12話


 ――ゾンビ化は邪神の仕業、と断じた光野は、これまでの経緯を語った。


「私は南から北へと旅しています。すでに、いくつかのコミュニティで布教し、後進を任せられるレベルの信徒を育てました。行く行くは、北九州から四国、本州、北海道と渡り、エファアシーン・ジウラの恩恵をさらに広めたいと考えています」


 ずず、とお茶をすする光野。最初は「自分は飲食する必要がないので」と遠慮していたが、ウメ婆さんがさっさと淹れて無理やり渡されてしまったので、仕方なく飲んでいる。


 だが茶菓子は「もったいない、皆様で召し上がってほしい」と主張、頑として手をつけなかった。


 それはさておき、光野の目的だ。


『エファアシーン・ジウラの信徒を、一人でも多く増やすこと』。


 それは単に神を讃えるためではない。もっと現実的な理由がある。


「邪神に対抗するため、か」


 一ノ瀬がうなるようにして言った。


「ええ。このままでは、世界の終焉は避けられません。一人でも多くの信徒を――神の恩恵に与れる人を増やし、この地球とエファアシーン・ジウラのつながりを強める。邪神に対抗するには、より多くの人々の祈りが不可欠なのです」


 光野の戦略はシンプルだ。


 頑張って信徒を増やす。


 そして皆で力を合わせて地球全体を浄化し、邪神の呪いを祓う。


 そうすれば、不死者は二度と発生しない、という理屈だ。


「人一人の祈りの絶対量は、たかが知れています。地球全体に広がっている邪神の呪いを浄化するには、少なくとも一千万の信徒が必要になるでしょう。無論、邪神の眷属と化した不死者を全て浄化した上で、です」


 一千万というのは私の経験上での概算ですが……と光野。


 ちなみに、信徒が増えてこの世界とエファアシーン・ジウラのつながりが強くなれば、より強力な奇跡を引き起こせるようになるらしい。


『奴ら』を一撃で灰にしたり、人間とは思えない身体能力を発揮したり、歯を生やしたりと、すでに無茶苦茶をやっているように見える光野だが、あれらも前世の最盛期に比べればささやかな奇跡にすぎないそうだ。


 前世の光野さんってどれだけ無茶苦茶な存在だったんだろう、と小牧は思った。


「一千万、ですか……果たして世界全体に、それだけ生き残りがいるかどうか」


「いないなら増やすまでです」


 不安げな佐山に対し、こともなげに言い切る光野。全員が顔を見合わせる。


「……つまり、人々が安心して子供を育てられる環境を整える、ということです」


「な、なるほど。しかし……かなり気の長い計画になりそうですな」


「二百年、三百年はかかるかもしれませんね」


 だがやらねば、地球人類は滅ぶしかない――と。


「それで、つきましては、このコミュニティの皆様にもお願いがあるのです」


 改まって切り出した光野に、一同の視線が交錯する。この、超常の力を操る異教の使徒が、いったいなにを願うというのか。


「……お聞きしましょう」


「ありがとうございます。実は、この拠点に、祈りの塔ルイトールと神殿建設の許可を頂きたいのです。この地における、エファアシーン・ジウラの恩恵を高めるために」


「……布教は神を讃えるためではない、って言ってなかったかしら? 意外と権威主義ね」


 神殿と聞いて、あからさまに嫌そうな顔をした鬼塚が憎まれ口を叩く。


「もちろん、その言葉に偽りはありません」


 穏やかな表情を崩すことなく、言い聞かせるように光野。


「祈りの塔は、私が使う杖の拡大版で、周辺の邪神の呪いを打ち消し、拠点に不死者が近づきにくくなるなどの効果があります。神殿は、神への祈りが届きやすくなり、また奇跡の効果も高められる施設で、ゆくゆくは病院や研究所のような役割を果たすことになるでしょう」


「祈りの塔には『奴ら』避けの効果がある、と……それが本当なら、むしろこちらからお願いしたいくらいですなぁ」


「……それが本当なら、ね」


「皆様にもメリットのある話だと自負しております。宗教施設、と考えると、いささか抵抗を感じられるのも理解しておりますが……」


 鬼塚を気遣いながらも、光野は確信に満ちた口調で続ける。


「祈りの塔も、神殿も、より効果的に神の恩恵に与れるようにするための『手段』です。電気のために電線を引き、インターネットのために電波塔を建てるのと、本質的にはなんら変わりがありません。いわばインフラ整備です。信仰インフラと呼べるでしょう」


「信仰インフラ」


「はい。特に祈りの塔は、周辺地域で呼び起こされる奇跡の威力にも大きな影響があります。ぜひ、お願いしたいのですが……」


「こちらとしても、反対する理由はほとんどありませんが」


 ちらっ、と鬼塚の方を見ながら、佐山が答える。


「しかし、建設と仰いましても、どのようなものを建てられるので? 大きさや資材、必要とされる人手によっては安請け合いはできないのですが……」


「祈りの塔は、高さ十メートルほどの木と金属の複合を考えております。土地は余裕を見て三メートル四方もあれば充分かと。材料は周辺の廃材を再利用するつもりです。許可さえ頂ければ私一人で建てますので、人手は心配なさらないでください」


「一人で……」


 一ノ瀬が「マジかよ」という顔をしているが、光野なら、独力で十メートルの塔を建ててもおかしくはない。それ以上は口を挟まなかった。


「神殿は、建物より土台となる基礎が重要です。二十メートル四方ほどの土地があれば、あとは掘っ立て小屋やテントでも大丈夫ですので、利用許可さえ頂ければと。こちらも基礎工事は私が承ります」


「なるほど……」


 要は全部一人でやるので土地の利用許可が欲しい、という話のようだ。顎を撫でながら佐山は考える。


「一つ問題があるとすれば、この拠点はあまり広くないということです、光野さん。利用可能な土地は全部、畑やら倉庫やらに変えてしまいましたからなぁ」


 神殿の土地を確保するなら、今あるものを壊すなり潰すなりする必要がある。祈りの塔――三メートル四方くらいの面積なら問題ないのだが、と佐山。


「なら、先に塔を建ててから様子見でもいいんじゃないの」


 手の爪を見ながら、鬼塚が投げやりな調子で言った。態度はともあれ、言っている内容自体は至極まともだった。


 他のメンバーも異論はなく、そうして塔の建設が決定したのだった――



†††



 そんな流れから、土地の選定と畑その他の視察もかねて、光野が拠点を見て回ることになり現在に至る。畑をあとにして、小牧・佐山・光野の三人は、今度は鶏小屋へ向かっていた。


「しかし自分に才能がなかったら、と考えると、恐ろしいものがありますなぁ」


 まだ気落ちしている佐山は、道すがらにそんなことを呟いた。


「ああ、その点は心配ありません」


 弱気な佐山に、光野はにっこりと微笑みかける。


「皆様には才能があります。才能というより、エファアシーン・ジウラと相性が良い、と表現するべきかも知れませんが」


 いずれにせよ、それだけは間違いないでしょう、と断定口調だ。


「……断言できるのですか?」


「はい。もちろん根拠はありますよ。皆様は今日まで、邪神の支配下に堕ちることなく生き延びてこられました。つまり、邪神の呪いにある程度の耐性があるということです。その耐性はエファアシーン・ジウラと性質を同じくするもの。皆様の魂の波長は、我らが神と相性が良いのです」


 光野の解説に、小牧と佐山は、すとんと腑に落ちるものを感じた。


 不死者が発生するメカニズムは謎だった。噛まれたら『感染』するのは経験則としてわかっていたが、特に理由なく、健康な人間が突然衰弱して不死者に変わってしまうこともあった。


 あれも、邪神の呪いを受けて抵抗しきれなくなった結果、と考えると合点がいく。


 エファアシーン・ジウラに魂の性質が近く、邪神の呪いに対して耐性のある者のみが、今日まで生き残った――


「つまり我々は、エファアシーン・ジウラの影響をより受けやすい人間、ということですか」


「そういうことです。そしてこの場合、それは利点しか生みません。神への祈りは、神の御心に近づくことから始まります。影響大いに結構、といったところですね」


 光野が優しく、小牧に微笑みかける。


「小牧さんは、そういった『共感する心』が他の方よりも強いのでしょう。ですから、エファアシーン・ジウラにすんなりと祈りが届いたのだと思います」


「へえー、そうだったんですね!」


「まるで他人事だなぁ、小牧ちゃん」


 ほうほう、と感心する小牧に、佐山がツッコミを入れる。わっはっは、と一笑いしてから、三人は再び歩き出した。佐山も少し気が楽になったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る