2日目 目的と住処②

「未来の、世界?」

「そう。ここは……君が生きてる世界が数多ある未来の中で、辿未来の世界なんだ」

「……はぁ!?!?」



 時の神様から齎された衝撃事実に、再び勢い良く椅子から立ち上がった。



 外の様子とここまで来た経緯を振り返れば、今いるここが俺のいた世界とは異なる世界だということは薄々気づいていたし、クロノスから言われてようやく納得した。

 だが、この狂った世界が、俺のいた世界が辿る可能性が一番高い未来なんて、この世界に来たばかりの俺には、とても信じられなかった。



「ちなみだが、この世界は俺が生きてるうちに訪れるのか?」

「そうだね……このまま行けば、君が寿命を真っ当した後に訪れるんじゃないかな。まぁ、行けばって話なんだけどね」

「どういう意味だ?」

「あくまで、君が生きてる世界が辿る一番高い未来だから絶対ではない。何らかの影響で、この世界そのものがなくなる可能性だってあるし、さっき君が言ったように、君が生きてる内に訪れる可能性だってある。その『何らかの影響』というのは、欲深い人間である君が分かるんじゃないかな」

「…………」



 頬杖をついて面白そうな目で笑うクロノスに、俺は大人しく椅子に座った。


 クロノスの言う通り、人間というのは欲深い生き物だ。

 もし、この世界のことが俺のいた世界の人間達が知られてしまったとしよう。

 そうした場合、俺のいた世界の人間達はあらゆる手段を使って、この世界について徹底的に調べ上げるかもしれないし、あわよくば、この世界そのものを利用するかもしれない。

 この世界を知った人間が、強い権力を持っているのなら尚更そうするはずだ。

 だとしたら、どうしてクロノスは、こんな世界に俺を呼んだんだ?

 俺がこの世界のことを知っても、大丈夫な人間だからと思ったからか?

 まぁ、普通のサラリーマンでしかない俺が、こんな世界について知ったところで、何の影響も無いのは事実なんだが。



「なぁ、君が……」

「『君』じゃなくて『クロノス』って呼んで。これからは、君と行動を共にすることになるんだから、そういう……【他人行儀】って言うの? 僕、そういうのはあまり好きじゃないから止めて欲しいな。僕も君のことを律って呼ぶからさ」

「あぁ、分かった」



 って、俺は呼び捨てかよ!

 まぁ、見た目は子どもだが、中身は俺より遥かに長寿だから問題無いんだけどな。





「コホン。じゃあ、クロノス。どうして、俺を呼んだ? もしかして、この狂気じみた異世界を救って欲しいとかじゃないよな?」



 だとしたら、チート能力も備わっていなくて特別な才能も無い、ただの三十路のサラリーマンには、あまりにも荷が重すぎる。


 異世界ものでは定番のことを聞くと、目の前の神様が鼻で笑った。



「まさか、そんな大それたことを、ただの人間でしかない律に頼むわけないじゃん。そうだとしたら、僕の力だけで事足りるし」



 ですよね〜。だってあなた、時の神様ですからね〜。



「だとしたら、俺をこの世界に連れてきた目的は何なんだ?」



 真剣な面持ちで問いただすと、時の神様の口角がニヤリと上がった。



「直球だね~。まぁ、いいけどさ。どうして律をこの世界に連れてきたかというと……どうしても、律にこの世界でやって欲しいことがあったからなんだ」

「俺に?」

「そう。世界を救うなんて非現実的なことより、もっと現実的で、尚且なおかつ、律にしか頼めないこと」



 その言い方だと、変に期待してしまうぞ!?


 今から言われることに人知れず胸躍らせていると、時の神様が一呼吸置いて穏やか微笑みを向けた。



「律には、これから僕とこの世界を30日間かけて旅行して、この世界で感じたことや気づいたことを、元の世界で広めて欲しいんだ」

「…………はっ?」



 ショタ神様の突拍子も無いお願いに、一瞬だけ呆気に取られてしまったが、すぐさま平静を取り戻すと、すぐさま言われたことを頭の中で整理する。


 俺を呼んだのは、俺にやって欲しいことがあったから。

 それは、30日間かけて時の神様と一緒にこの世界を旅行。

 しかも、それを帰ったら広めて欲しい。


 ……………………



「はぁ――――!?!?!?」



 寝耳に水な内容に、本日3回目の椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった。



「どうして俺なんだ!? そもそも、そんなことをしたらどうなるかってことぐらい、時の神様なら分かるだろうが!」



 さっきも言っていたが、人間とは欲深い。その欲深い人間が、この世界のことを少しでも知ってみろ。この世界が訪れることは、確定したようなものだ!

 それに、広めて欲しいってお願いするなら、ただの営業マンである俺じゃなくて、影響力のあるカリスマ性を併せ持った人物を呼んだ方が良い!

 というか、俺がクロノスの立場だったら絶対そうしてた! 絶対にだ!


 世界を救う以上の無理難題を言い渡されて激しく抗議している俺に、どこ吹く風のクロノスは、頬杖をつきながら目線を斜め下に外した。





「まぁ、律の言いたいことは理解出来るんだけど……律って【学生時代】と呼ばれる頃に、【小説】ってものを書いて【賞】ってものを取ったことあるでしょ」

「うっ! どうしてそれを知ってる?」



 神様の口から暴露された黒歴史は、俺に対しての脅し文句として効果抜群だった。


 そう、あれは忘れもしない高校二年の夏休み。

 暑さにやられて気の迷いを起こした俺は、地元の図書館が主催していた小説のコンクールに応募した。

 募集期間の関係で、宿題そっちのけで書いた執筆期間2週間の小説は、超ド定番のファンタジーものだったが、あまりにも幼稚なクオリティに、夏休み明けと共に闇に葬り去った。

 しかし、第三者の目からすれば高校生が書いたとは思えない程のクオリティだったらしく、そのコンクールで1番良い賞を貰った。

 当時は、そのことが地元の新聞に掲載され、家族からは物凄くお祝いされ、地元の友達や先生から弄られまくられ、挙句の果てには期間限定で図書館に応募した作品が小冊子として置かれて……あぁ、今思い出しても顔から火が出るくらい恥ずかしい。


 俺の中のパンドラの箱を無遠慮に開けてくれたクロノスを睨みつけると、俺の反応が余程お気に召したショタ神様がクスクスと俺のことを見て笑った。



「どうして、時の神様がそんな豆粒のような出来事を知ってるんだよ!?」

「偶然だよ。僕が天界を散歩してたら、休憩中の部下が面白そうなものを読んでて。それが、律の書いた小説だったってわけ。確か、主人公はファンタジー世界に憧れを抱いている男子高校生で……」

「やめろ――――!!」



 俺の前で、無邪気に黒歴史を披露する時の神様の口を必死の形相で塞いだ。



「んんっ……プハァ。いきなり何するのさ。折角、君が書いた素晴らしい作品の感想を……」

「そんなことはどうでも良い! それよりも、そんなものを読んで俺のことを知ったから、俺をこんな世界に呼んだのっていうのか?」

「そういうこと。まぁ、この世界のことを広めてくれるのなら、誰でも良かったんだけどさ」



 おい。今、本音が出なかったか?



「でも、律の書いた物語が面白かった。だから呼んだ。そして、人間であり律の視点でこの世界のことを、律の言葉で書かれたものが読みたくなった。ただそれだけ」



 口角を上げて下唇に人差し指を当てながらウインクをするクロノスに心底腹が立っているが、時の神様が俺の書いた物語をそんな風に思ってくれたのなら……



「まぁ、別に悪い気はしないな」



 時の神様から手放しで褒められたことが照れくさくなり、直視を避けて頬をポリポリと掻いた。





「フフッ、それは良かった。まぁ、そういう理由で律をこの世界に呼んだから、僕のお願い聞いてくれるよね?」



 ちゃっかり、無理難題を再び押し付けようとしてくるクロノス。

 さっきの俺の気持ちを返して欲しい。



「聞かなかったら、どうするんだ?」

「それは、ありえないね」

「どうして、そう言い切れる?」

「だって律。人から頼まれたら、断ることなんてほとんどしないでしょ?」

「そりゃあ、断ったら断ったで、後々面倒なことになるのは分かっているから断ってないだけで……それに、それは仕事だから断らないだけであって、プライベートでは別に……」



 仕事では、他の人間から頼み事をされた際、忙しさを理由に断ったところで、その頼み事はたらい回しにされた末、なぜか俺のところに戻って来て、結果的に俺がその仕事をすることが日常茶飯事なのだ。

 そして、ついたあだ名は【便利屋】。何とも皮肉な話だ。



「律、【友達】って呼ばれる人間から遊びに誘われたら断れないでしょ?」

「そりゃあ、よっぽどのことがない限りは断らないが……って、今それ関係ないよな!?」

「フフッ。とりあえず、律は人間からの頼みごとは基本的に断らない。だったら、時の神様である僕の頼み事も当然断らないのよね?」



 万人受けしそうな笑顔で頼み事をする腹黒神様の圧が、俺の大嫌いなパワハラ上司以上にあって、油断したら卒倒出来るほどの怖さがあるんだが。



「……はぁ、仕方ない。どうせ、ここで首を縦に振らないと、元の世界には帰してもらえないんだろう?」

「そうだね。このまま、律を元の世界に帰してしまったら、僕がここまで連れて来た意味が無くなっちゃうから」

「なら、聞くしかないだろう」

「ありがとう。さすが、律だね。やっぱり、律を連れてきて良かったよ」

「何が『良かった』だよ! 半分脅しに屈したもんじゃねぇか!」

「まぁ、そこは気にしないで。とりあえず、僕と一緒にこの世界を30日間……あっ、正確には29日間だった」

「29日間って……まさか、昨日もカウントに入っているのか!?」

「そうだよ。律がこの世界に来た時点で、旅行は始まってるんだよ」

「始まってるって……昨日って、路上にうつ伏せで倒れて、目が覚めたら見たこともない場所に飛ばされて、声かけようとしたら拒絶されまくった挙句、追いかけまわされた末に、この部屋に瞬間移動したぐらいだ。とてもじゃないが、旅行に来たって感じでは無かったぞ」

「別にいいじゃん。律の知らないところに来た。そして僕と出会った。それだけで、1日目にしては充分だと思うけど」

「そうか? まぁ、クロノスが言うならそれでいいか」

「フフッ。それじゃあ、改めて。これから楽しい旅行にしようね。律」

「楽しいかどうか分からないが、よろしくな。クロノス」



 こうして、時の神様と固い握手を交わした俺は、この不思議な世界で30日間の旅行をすることになった。

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