1日目 邂逅と逃亡(後編)

「こっち!」

「!?」



 警察の手から逃げようとしたその時、後ろから俺の左手首を強く引っ張られ、そのまま駆け出した。

 俺のこと引っ張った張本人を見てみると、金色のツンツン頭に、短パン・半袖パーカー・スニーカーと、いかにもわんぱく少年のような格好をした小学生くらいの男の子が、俺の手首を握ったまま目の前を走っていた。



「おっ、おい! 君は、一体誰なんだ!?」

「僕が誰かって? そんなの、この状況を打開してからの方が良いんじゃないのかな」

「それはそうだが……って、君まで俺と一緒に警察から逃げてたら、俺のせいで君にまで酷い目に遭わせるかもしれないぞ」

「フフッ、こんな時に自分の心配より人の心配なんて、君って案外お人好しだったりする?」



 大人をからかいながら、チラリとこちらを見た少年の横顔は、子どもらしいあどけなさを残しながらも、目鼻立ちがしっかりと整っており、クリクリとした大きな瞳には紺碧の色を宿していた。


 この子のことを、世に言う【美少年】って言うんだろうな。

 って、そんなことを考えてる場合じゃない!



「お人好しって、俺はただ『子どもを守る大人』として当たり前のことを言っているだけだ」

「そう? それなら安心して。僕も君と同じくから来たし。それに、君が来て早々に面倒なことになったのは、この事態を想定出来なかった僕の所為だから【罪悪感】なんてものは別に感じなくていいよ」

「そ、そうなのか?」

「と、いうか」



 先導してくれている少年は、目の前に視線ごと戻した。



「この世界に君を呼んだのは……





「えっ!? それはどういう……」

「おっと。その疑問は、前から来た厄介者をどうにかした後からね」

「後からって……あっ」



 金髪碧眼のショタに向けていた視線を進行方向に移すと、遥か遠くの方からサイレンの音が聞こえてきた。

 恐らく、後ろから追いかけてきている警察ドローン達のお仲間さん達だろう。



「ちっ! このままじゃ挟み込まれる! 一体どうすれば……」



 大人の俺に追い越すことを許してくれないくらい足の速い男の子に手を引かれながら、混乱した頭で必死に考える。


 この世界に来たばかりだから、ここの地理は明るくない上に持っている情報が少ないすぎる。

 それに、追ってきているドローン達は俺達の話は一切聞く気はない。

 クソッ、一体どうすればこの状況を打開出来る?

 少なくとも、俺の前を走ってくれている男の子だけでも追っ手から離さないと。


 どうにかしてこの状況を打開しようと、無い知恵を絞って策を練っている俺を他所に、逃亡劇に付き合ってくれている勇敢な男の子が口を開いた。



「ふむ、仕方ない。アレをするか」

「アレって?」

「とりあえず、次の交差点に差し掛かる前に僕がスリーカウントを出すから、0で右に曲がったら、君はそれに合わせて目を瞑って!」

「はぁ!? こんな状況で何言ってんだよ!」

「良いから! 君の頭がどうなってもいいなら、そのまま目を開けててもいいけど!」



 子どもとは思えない有無を言わせない言い方で恐ろしいこと言ってのけるクソガキに少しだけ恐れ戦くと、この危機的状況を解決出来るとは思えない作戦に乗った。



「わっ、分かった! けど、目を開けて留置所だったら……」

「フフッ、大丈夫だよ。絶対に」



 余裕な笑みを浮かべるショタに、俺は『どうにでもなれ!』と半ば投げやりになりながら、ほんの僅かな希望に全てを賭けた。



「それじゃ、時間がないからカウント始めるよ!」

「えっ!? もう!? いきなりすぎないか!」

「だって、交差点見えてきたよ。それに、あちらも僕達と合流する気マンマンだよ」

「そうだな」



 正面に目を向けると、先程まで音だけだった警察ドローン軍団が、余裕で目視できるほどに近づいていた。



「それじゃあ、行くよ! 3・2・1……0!!」

「……っ!!」



 先導する少年のカウントに合わせて交差点を右に曲がった瞬間、顔を俯かせて強く目を閉じた。


 神様! どうか俺たちを守って下さい!




 パチン!




 心の中で柄にもないこと願った瞬間、前から指を鳴らす音が聞こえた。

 その瞬間、足元の感覚が一瞬だけ無くなったかと思いきや、舗装されたコンクリート徳湯のザラザラした感覚から、フローリングのようなツルツルした感覚が伝わってきた。



「おっと!」



 地面の感覚が戻った瞬間、足元が少しだけふらついたが、『派手に前に転ぶ』という最悪の事態は免れることは出来た。



「なぁ、目を開けてもいいか?」

「うん、大丈夫だよ」

「うっ、ううっ……えっ?」



 そっと目を開けると、飛び込んできたのはショッキングピンクに包まれた気味の悪い住宅街ではなく、家具が揃ったごく普通のリビングだった。

 眼前に広がる光景に言葉を失いながら恐る恐る足元に目線を落とすと、木目調のフローリングが敷かれていた。


 やはり、ツルツルした感覚はフローリングで間違っていなかった。



「ここは、一体……?」

「それより、君」



 声のする方に顔を向けると、すまし顔をした金髪碧眼の美少年が、いつの間にか俺の隣に立っていた。



「走り疲れて、眠くなってない?」

「いや、別に……あれっ?」



 んんっ? 何だか、急に眠気が襲ってきた。



「悪い、少しだけ眠いかもしれない」

「分かった。回れ右してそのまま真っ直ぐ行けば玄関があるから、そこに靴を置いてきて。 それで、玄関入って右側のドアを開けると寝室だから、そこのベッドで寝ればいいよ」

「あぁ、ありがとう」



 その場で靴を脱ぐと、ノロノロと歩きながら教えられた通りに玄関に靴を置いた。

 寝室に行こうと後ろを振り返ると、金髪碧眼の少年が寝室のある部屋の前に立って、こちらを手招きしている。

 急な睡魔に必死に抵抗しながら、少年が立っている場所にゆっくりと歩いて部屋を覗くと、大きなダブルベッドが鎮座していた。

 ふかふかそうなベッドの誘惑に、遂に睡魔に白旗を上げた俺は、部屋に入るとそのままベッドにダイブして、深い眠りへと落ちていった。





「フフッ、ごめんね。君の中の【時の流れ】を少しだけ弄らせてもらったよ。でも、今の君ではこの世界のことは理解出来ないと思うから、悪く思わないでね。


 それじゃあ、おやすみ……

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