第21話 ※アレクシス視点(2):面倒くさい

「……どうした、アレクシス? いつもに増して無愛想な顔だな。部下が怯えていたぞ」


 今朝からまた私の部屋に居座るディオンが苦笑いして私に声をかけてきた。

 暇なのだろうか。要領がいいからなのだろうか。どちらにしろお気楽そうな彼が羨ましい。


「いや」

「いやって顔じゃないし。何なに。早速奥さんと仲違いしたわけ」


 何となく嬉しそうな顔をしているディオンが鼻につく。


「していない」

「じゃあ、何でそんな顔をしているんだよ。言ってみろって。少しは気が楽になるから。まあ、遠慮せずにそこに座れ座れ」


 ディオンは手をひらひらさせて、の応接ソファーに座るよう勧める。

 言ったところで気が楽になるものでもない。

 それでも気付けば彼の向かい側に座ると口を開いていた。


「どうやら彼女には婚約者がいたようだ」

「え? 奥さん? そうなの?」

「ああ。否定していたが」

「否定していたなら違うだろ」


 素直に言葉を受け取れよと彼は言う。


「いや。最初はいると反射的に頷いた。その後、慌てた様子で否定した」


 おそらく私に気を遣ったのだろう。彼女の優しさだ。


「つまり何。彼女には婚約者がいるのに、お前が無理矢理引き離して彼女を奪い取ったってこと?」


 真実だが、言葉にされるとなかなかつらい。


「そういうことになる」

「でもお前は知らなかったんだろう? 彼女の家がそれを望んで決行したことだ。お前には何の責任もない」

「だとしても結果は同じだ」


 聞かなければ良かったかもしれないと思う。だが、聞かなかったところで事実は変えられないことだ。


「あのさ。お前、彼女から恨まれるような態度を取られているわけ?」


 ディオンは組んだ足の上に膝を置き、頬杖をつきながら尋ねてきた。


「いや。特には気付かないが」

「じゃあ。恨まれていないってことだろう。仮に婚約者がいたとして、お前との結婚で婚約は解消されたかもしれないが、案外彼女は何とも思っていなかった相手かもしれないぞ。もし好き合っていたとしたら、いくら結婚を親から強制されたとしても怨みの一つや二つ、お前にも向けると思うけどな」


 確かに彼女は最初、怯える様子を見せはしたが、恨んだり睨んだりする様子はなかった。だが、ただ私に抱く恐怖がより強かっただけかもしれない。しかし否定したことが彼女の優しさだとしたら、恨む相手にそんな優しさを見せる必要もなく。……いや。恨みを持つ相手にも気遣いできるほど彼女は人間ができているのかもしれず。


「おい。顔が怖いぞ。――よし。その顔で敵陣に臨め。その威圧だけで瞬く間に敵を駆逐できるだろう」

「……は? いきなり何の話だ」


 思わず眉根を寄せて見ると、ディオンは苦笑いした。


「いや。だから難しい顔すんなってことだよ」

「……ああ」


 そこまで言われてようやく息を吐く。

 ディオンは頬杖と組んだ足を解くと身を乗り出してきた。


「だけどお前も下調べはしていたんだろ? その時には婚約者はいなかったんじゃなかったのか」

「私が調べた後に婚約者ができたのかもしれない」

「じゃあ、付き合いは浅いんじゃないか? まだ彼女は相手に好意を抱いていなかったかもしれない。お前は下調べした後に早い段階で結婚を申し込んだんだろ」

「しかし、もしかしたら昔なじみの男性で好意を持っていた相手だったかもしれない」


 彼女の父親は何も言ってはいなかったが、黙っていたのだろうか。うちとの身分差に押されて、嘆く彼女をなだめて私との結婚を押し切ったのだろうか。


「――面倒くさっ! 妄想が過ぎるぞ。お前ってこんな奴だったっけ」


 そう言って今度は腕を組んでソファーの背にどさりと身を任せた。


「さあ」


 そうだったような気もするし、そうではなかった気もする。


「そんなに気になるならさ、ここで俺たちが議論していても埒があかないんだし、今言ったことを彼女に直接聞けば?」

「彼女が否定した以上、さらに尋ねることはただ彼女を追い詰めるだけだ」

「ああ、はいはい。そっすね。アレクシス様はお優しいことで。――あ。そうだ。昔なじみと言えば」


 そこはかとなく嫌味を言うディオンは、ソファーに預けた身を起こして私を見る。


「彼女の方は? 彼女はお前のことを覚えていないのか?」

「昔、高熱が続く大病をしたらしく、幼い頃のことはあまり覚えていないそうだ。当然、私のことも覚えていない」

「そりゃあ、まあ。お気の毒に」


 全く気の毒に思っていない表情で彼は言った。

 そういえば今は健康体だと言っていたが、先日倒れたことは昔の大病と何か関係があるのだろうか。それともやはり……。


「じゃあ、覚えていなくても言えば? そうすれば仮にお前に嫌な思いを抱いていたとしても、昔なじみだったのかと思えば少しぐらいは彼女も溜飲が下がるだろ」

「今言えば、彼女を困らせるだけだ」


 あのなぁとディオンは顔を引きつらせる。


「まあ、何にせよ。彼女が家から逃げ出さないってことは、嫌がっていないってことなんじゃないの。だとしたら過去はどうあれ、これから二人で絆を作っていけばいい」

「……ディオン」


 彼の言葉にうつむいていた顔を上げる。


「彼女が逃げないのは、逃げ出さないのではなくて、逃げ出せないからかもしれない。パストゥール家とベルトラン家との契約だからと思って。責任感の強い彼女のことだから」

「やっぱ、お前。超面倒くさいわっ!」


 ディオンは諦めたように両手を挙げると、再びソファーの背に身を投げ出した。

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