第9話 町へお出かけ

「これからの予定だが」

「はい」


 美味しいお料理を存分に味わいながらアレクシス様の話に相槌を打つ。

 国境沿いには大きな要塞が建てられていて、司令官であるアレクシス様はほとんどの時間をそこで過ごしているとライカさんから聞いた。

 この度、結婚するために休日を取ったのだろう。これからまた職場へと戻るに違いない。


「三日間休みを取った。昨日からなので、あと二日の休みとなるが」

「え、は……え。そ、そうなのですか? お、お仕事は大丈夫なのですか?」


 思いがけない言葉が返ってきて、声が驚きに揺れてしまう。

 別に、アレクシス様はお仕事に出かけるから気が楽だぁなんて考えていたわけではない。


「ああ。優秀な部下がいるから大丈夫だ。彼にはこの三日間は世界が終わるまで何があっても呼ぶなと言ってある」


 ええと。

 世界が終わってからでは遅いのでは……。


 アレクシス様でも冗談を言うんだ。でも最近はおおむね物騒なことは起こっていないと言っていたし、留守しても大丈夫なのは確かなのだろう。そもそも本来なら交代制のはずだ。


「そ、そうですか」

「ああ。だから今日は町を案内しよう」


 昨日はサザランスに着いた頃には、ほとんど町並みが分からなかったからいずれ町に出てみたいなとは思っていたが、まさかアレクシス様自らご案内いただけるとは。


「ありがとうございます」


 きっと私のために普段は取らぬ休みをわざわざ取ってくれたのだろう。素直にお礼を述べることにした。


「朝食が終わったら早速出かけるが、いいか?」

「はい。承知いたしました」


 地元では見かけないような美味しい物とかあるだろうか。

 ……はっ。やだ。これじゃあ、食い意地張っているみたいじゃない。


 私はつやつやの果物を口に含み、口いっぱいに広がる甘さを楽しみながら駄目だめと反省した。



 朝食を終えて、ライカさんに手伝ってもらいながらお出かけの準備を済ませた。

 町に出かけるのであって晩餐会に出るのではないので、豪勢なドレスではないものの、水色の艶感のある美しい服を着せていただいている。見るからに品質が高いのでおそらくこれでも町では目立ってしまうのではないだろうか。


「え? ライカさんは付いてきてくださらないのですか?」

「もちろんですわ。わたくし、そこまで無神経ではないのですよ。そんなお邪魔虫などできません」


 ライカさんは両手を腰に当てて唇を尖らせる。

 お邪魔虫ではなく、むしろぜひとも一緒に来ていただきたいのだが。


「でも」

「大丈夫です。お買い物をなさったら、旦那様がお荷物を持ってくださいますから」


 買い物で疲労する話をしているのではなく、二人で馬車に乗っていると精神的な負担があり……。


「とにかく楽しんできてくださいね!」


 と強引に部屋を追い出されてしまった。

 仕方なく向かおうとすると、既に準備を終えたアレクシス様が手持ち無沙汰気味に隣室のご自分の部屋前で待つ姿が目に入った。

 また待たせてしまった。


「アレクシス様、遅れて申し訳ありません」

「いや。問題ない。女性の準備に時間がかかるのは当然のことだ」

「ありがとうございます」


 アレクシス様は首までの白いシャツを着込み、上から濃紺のジャケットを着ていた。

 凝った装飾もほとんどなくて素っ気なさすら感じる服装だが、それが均整の取れた長身の彼にはまたとても似合っている。要するに格好いい人は何を着せても格好いいという例なのだろう。


「その。服……とても似合っている」


 私が無作法にじろじろアレクシス様を見ていたせいだろうか。私の装いに対する言葉を強要していたわけではなかったが、そう言ってくれた。

 たとえお世辞だとしても、やはりそう言ってもらえるのは嬉しい。――ほんの少しだけ。


「ありがとうございます。アレクシス様もとても素敵です」

「……ありがとう。では、行こう」


 アレクシス様はいたたまれないように言葉短く私を促した。



 お手を借りて馬車に乗り込むと出発だ。

 車内では沈黙が続き、けれどアレクシス様の視線が突き刺さる。

 そろそろ耐えられなくなってきたので口を開くことにした。


「あ、あの。アレクシス様。な、何か」

「あ、いや。悪い。その……ドレスを新調した方がいいだろうか。当初作らせたドレスはあまり体に合っていないようだと思って」


 何となく胸元を見られているような気がするが、気のせいだろうか。いや。気のせいではないだろう。


「いえ。胸元の締め具合で何とでもなりますので、大丈夫です」


 そうなのだ。

 ブランシェとは体つきは似てはいるものの、胸だけは私の方が大きいのだ。おそらく少食の彼女と比べて私はよく食べるからだと思われる。唯一彼女に勝っている所かもしれない。

 花嫁衣装もこの服も持参金も本来なら嫁ぐこちらが用意すべきだが、裕福ではないうちのために全てパストゥール家側が用意してくださった。服はブランシェの体形に合わせて作られたので、多少の狂いが出てきてしまう。何にせよ、腰回りが入らないということではなくて良かった。


 しかし、よく服のことがお分かりになったなと。ブランシェの体に合わせて作られているから多少の違いがあるとは言え、不自然なほどではない。貴族の娘はもっと胸を盛っている。だから当初からそこそこ見ていないと気付かないと思うのだが。

 ……という視線を無意識に向けてしまったのだろうか。


「そうか? 悪い。女性の服のことは良く分からないもので」


 服のことを言ったことを後悔しているのか、アレクシス様は少し気まずそうに視線をふいと逸らした。

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