5.弱虫が居るなら強虫も

 ―― テンケット国立仮設大闘技場にて――


 その男、北条トキは塔型闘技場の底、正方形の武舞台の上に立ち、待ち続けていた。


 しかし、予定の時刻を過ぎても闘技者用の通路から待ち人は現れる気配が無い。

 


 数万人を超す観客は、すっかり熱気を失い倦ね居ていた。

 試合が始まらないことに対してのブーイングが徐々に膨らんでいき、暴動が起こりかねない様な雰囲気にまで発展している。


〝キーーィーーーン〟


 会場に設置された拡声器から眉をしかめたくなる甲高い金属音が、その雰囲気に水を差した。


『あーーーーーあ、あ、あ、あーーーーーマイクテストマイクテスト…… ダイジョウブ?』


 ひとしきりに音量を調節した後、声の主は一度喉を鳴らし、話を始めた。


『えー、会場にお集まりの皆様、大変長らくお待たせしております。わたくし本日司会の方勤めさて頂いております「ドゥ・テテチャ」と申します。えー、本日能力際本戦前に行われる予定でありましたエキシビションマッチ、皆様ご存じのお通り対戦相手が今だ現れておりません。大会運営の方と致しましても、このまま進行を滞らせては後に影響致しますので、最下層、闘技者用の通路ですね、そちらを今から閉めさせて頂きます。えー中止と言う事ですね。皆様の掛け金なのですが、大会が終わり次第返金させて頂きますのでご了承ください。さて本戦の準備を進めて参ります、組み合わせ表に従いまして―― 』


 荘厳な鋼鉄の扉が閉まり始めるのを見て、北条は少し寂しげに背を向けた―― 。



 ――――――



 同雲刻。拡声器の声は草のさざめきを消し草原に響き渡っていた。


「チッ――急ぐか」


 無数に立ち並ぶ出店と賑やかな人の流れの中を街道を駆け抜けていた少年は、足に色を灯し更に速度を上げ、人の隙間を風雨の様に強引に通り抜けていく。


 少年が目指すのは、ハシットの街から離れただだ広い草原にぽつんと街を見下ろす形で巨大に聳える『能力祭』の舞台。その塔型の闘技場は白く縦に長く、極夜の中でも眩しく無機質に発光している。


 三角フラスコを逆さに立てた様な造形で、楕円部は全て観客席、塔の外側に備え付けられた昇降機で観客は登っていく。


 そして、中心の柱は闘技者のみが入る事ができ、設置された武舞台は試合が行われる際にはリフトとなって楕円部まで上昇していく。


 少年は街道から外れ、全速力で中心の柱の入り口に向かって走り、中へと入っていく。


 其処には受付カウンターと入り口を映した監視モニターを見つめる暇そうな受付嬢が一人。


「お姉さん! ちょっと聞きたいんだけどさ!」


『きゃあ!? い、い、いつからソコに居たんですか!?』

「ハァ? 俺は普通に――いや、ソレよりも闘技者用の通路ってドコ?」

『(モニターに写ってなかったんですけど…… )ほ、本戦の方ですか?通路は此方です』

 慌てた様子の受付嬢が手に持った小型のリモコンを操作すると、カウンター横の壁が手品のように消え奥に長い通路が現れる。だが、奥に見える扉は閉まりかけていた。

『(―― あっやばぁ! そういえばまだ扉閉まってる途中じゃん)あっすみません。先程エキシビションマッチが中止になったばかりでして本戦は―― ああッ待ってください!扉が閉まると通路も閉じちゃうんです!一度閉まったら合図があるまで絶対! 開かないんですぅ!!』

「じゃあ伝えてくれよ!中止は―― 中止だってなぁ!!」


 厚い鋼鉄の扉は完全に閉まり、通路は出口と入り口を失う。


 少年は色を『纏い』真っ直ぐに直進していく。纏う色が雨の様に降り少年の通った軌跡は水面の如く波紋する。そのまま間近に迫った扉に手を伸ばせば、何人にも揺らがない筈の鋼鉄の扉はその全身が波打つ水面の如く激しく揺らぐ。


 少年は力強く踏み切って、そして


〝ばっしゃぁぁぁああああん!!〟


 水溜まりに落ちるよりも簡単に、少年の身体は鋼鉄を飛び越え―― 遂にアカイ背中を捉えた。


『『『うおぉおおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!?』』』


 突如現れた灰色の少年に会場は歓声と響めき。


 武舞台から降りかけていた北条の足を止めた。


 少年は濡れた頭髪を乱雑にふるって水滴を飛ばして立ち上がり、顔面を起こす。


「―― よぉ! 帰ンのか?」


 言葉にピクリと反応した北条は、自身の正面に見える扉が閉まるのを待ってから振り返った。


「……死にに来たのか、グライス」

「……ああ。殺しに来たぜ、ホウジョウ」


 両者互いに睨み合ったまま武舞台の中央へ歩み寄っていく。


『こ、これは……続行と言う事で良いのでしょうか? 今、大会運営に確認を取っていますが……あ、オッケー? ごほん! えー会場の皆様!! 大幅に遅れましたが、予定通りエキシビションマッチを開始致します!!』


 右往左往の雰囲気だったが、合図と共に、武舞台は宙へ浮かび二人を乗せ上へと登っていく。


「始まるようだな」

「らしいな。けどよ、ここまで大層にする必要もなかっただろ。言い出したのは俺だけどさ」


 少年はそう言いつつ、背負った大剣を抜いて舞台に強く突き立て、北条から距離を取る。


「オレにとってはそうでも無いさ。貴様に目的があるようにオレにもこうする事の目的がある」

「ふぅん……でよ、始まる前に一ついいか?」

「なんだ?」

「この戦い、俺は俺自身に証明する為に始めたつもりだった。けど、今は違う…… おめぇの言うとおりだったわ。欲しいモノがある。それはどうやっても、おめぇにしか出来ねぇもんだ」


 舞台は上がりきった。

 巨大な電光掲示板。

 照明の熱、数万の人々の視線と声が一斉に降り注ぐ。

 空は暗く寂しいが、ここは熱気に満ち満ちていた。


「だからさ。この戦い、負けた方が「何でも一つ言う事聞く」ってのはどうだ?」

「…………良いだろう」

「……ありがとな」


 少年は立ち止まり、少しだけ微笑んでから背を向けて更に距離を取り始めた。


『ルールは単純! 相手を十秒以上場外に叩き出すだけ! 何をしてもオーケー! 死にかけても大会が誇る医療チームが即座にアナタの死を治療します! さぁ! コレより始まるのは! 転生者と街の悪童の一戦! 持つモノと持たざるモノ!オッズも1.1倍と356倍だ! 今までこれ程にハッキリと格差の見える一戦があったでしょうか!いえありませんとも! しかしながら一体どれ程のドラマを経てここに至ったのでしょうか! 一体どれ程の覚悟を持って両者相対しているのでしょうか! 私達には推し量る事が出来ませんが、彼らの数字がスキルがそれらを物語ってくれるでしょう! 燃える程のアカ色が制すのか、それとも全てを裏切ってこの濡れた灰色が鋭く刺すのか! 正義も悪も無くただ一つ、力だけが此処に残ります! それではイキましょう試合開―― 』


 刹那。


 少年は反転。拳に色を乗せ、俊足の描駆で虚を突き、北条と距離を瞬時に詰めた。


『――始!』


 驚愕に目を見開いたその顔面に、少年は遠慮も無く拳を叩き込む。


 北条は観客席の方へ一直線に殴り飛ばされ、巻き込んだ観客もろとも座席に叩き付けられた。


「殴られたら、殴り返さねぇとな? この間の借り、返したぜ…………ん?」


『リ、リ、リングアウトーーー!! 観客席から激しい土煙が上がっているぞ! 一体誰が予想したでしょうか、この劇的な立ち上がり! ホウジョウ選手! 復帰できるのか!?』


『『うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』』


 予想を裏切る展開に会場の熱量が跳ね上がる中、少年は一人、違和感に気が付く。



 それは、拳が当たる瞬間のほんの僅かに感じた、その感覚。


「コイツ……まさか!」

「まさか……な」


 観客席の土煙が揺らぎ、黒い人影がその輪郭をアカく揺らしながら立ち上がる。


 北条は強靱な脚力で土煙の中から再び武舞台の少年に向い一直線に飛んで行く。


 互いに姿を再認識した時、思考と霊紋が交差し共鳴し輝いた。




 ―― 同じ力を〝使いやがるのかッ〟〝使うとはッ〟――




 互いの拳、色がぶつかり合い激しく反発。両者の身体は舞台の端と端に立った。



 今まさに、色と色とがぶつかり合う戦いの火蓋が切って落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る