20. 明日に咲く花

「ボクの……負けみたいだ」


 驚くほど落ち着いた口調で男はそういった。


「あの時、攻撃を受けた時点で勝負は決まっていたんだね。キミの狙いは、種の根が伸びきるまでボクを逃がさないように、勝ち筋がまだあるように思わせたんだ。多分、あの時見せられた予知は、スキルでも何でも無く、植物が見せたダミーのイメージだった。合ってる?」

「…… 転生者は多くスキルを覚醒している。予知も当然持っているだろうからな」

「ははは、合ってた。やったね。まんまと騙されたよ。あ、そうか、もう一つ気付いたよ。ボクの決定的な敗因は、ボクが脳内の警告アナウンスを切ってしまった事だろうね。ソレが無ければ、種を打ち込まれていた事に気が付いて根が伸びきる前に逃げる選択をしていたはずだし、使用不能のスキルを改めて確認も出来たはずだ。多分、本来の予知も使用不能だったんだ。低確率とはいえ一度も発動してないからね」


 男はまるで他人事のように何処までも爽やかだ。


「なんだろう、嘘みたいに満足しているんだ。これからきっと死ぬって言うのに」


 あれだけ生に足掻いていたというのに、憑き物が全て落ちてしまったようだった。


「でも、一つだけ。どうして普通の螺旋をボクの胴体に打ち込まなかったんだい? その方が、もっと早く殺せて、ボクを確実に苦しめたのに」


 少し間を開けて、北条は口を開いた。


「マリアと言葉を交わしている時、お前はオレに止めを刺せたはずだった。だが、ソレをせず、終わるまで待っていただろう? だから、空を何処までも登って、息が出来なくなるまでの間ぐらいは、何か考える時間が合っても良いはずだと、思っただけだ」

「やさしいんだね。お生憎様だけど、ボクのはただの慢心だった。そうだ、慢心ついでに一つ。彼女を介抱してあげた方が良い。あのコ、人間じゃ無いでしょう。あれ位じゃ死なないよ」


 その言葉に、まさかといった表情で振り返りマリアの方へ駆け寄れば、非常に弱くではあるが彼女は、息をしていた。


「――それじゃあ、ボクはそろそろ死のうかな」


 無顔はそう言い残すと、ゆっくりと夜空へ登っていきその内見えなくなった。





 ――――――



 マリアが目を覚ました時、一番最初に目にしたのは、心細い表情でこちらを伺う北条だった。

 その顔は傷だらけで、乾いた血や涙の跡で酷く汚れていた。それを彼女が拭き取ろうと手を伸ばすと、北条は花を包むように優しく彼女の手を包み、跪いて自身の額に当てると、心の底から安堵の溜息を漏らした。


「よかった」


 顔を上げた北条はそう言って顔を綻ばせた。マリアはそれに微笑み返した。


 ふと、視界の端で舞い散る白い花々に惹かれ彼女は空を見上げる。


「終わったの?」

「ああ。今は、そうだな」

「…… そう。綺麗ね」

 立ち上がった北条は、舞う白い花弁の一つを手に乗せ、今度はそれをマリアの掌に乗せた。


「蓮と同じ色なんだ」


 その言葉に、彼女は白く穏やかに微笑んだ。


「―― 立てそうか?」


 北条の手を借り立ち上がるマリアだが、どうにもフラついてしまう。


「仕方が無いな」


 今の彼女はまともに歩く事が出来ないと判断するや否や、彼女を横抱きで抱えた。


「ちょ、ちょっとぉ……!?」


 自分よりも小さい北条が、自身を簡単に抱きかかえてしまったことに驚く。


「帰るか」


 マリアはこくりと頷く。

 しばらく、白い花や花弁でいっぱいの地面を無言で進む。

 進むたびに、軽い花弁は空へ舞い上がり、海月のように自由に夜を漂う。マリアは何度か北条に話しかけようとして、しかし言葉が見つからず、花の方に目線をやっては彼の方を見て、言葉を探してはまた、花を見た。


「ねぇ、これからどうしようか?」


 それを繰り返す内に、気が付けばそんな言葉で話しかけていた。


「……世界を護る。その目的は今も変わらない。ただその為の目標が欠けていた。漠然としすぎていたんだ」


 北条の話をマリアはその横顔を見ながら聞く。


「しかし、今回の件で大方の目標は立てられそうだ」

「で、その目標ってなに?」

「月を灯けて廻るんだ。世界中の消えてしまった月を。そうすることで、今の異常な輪廻の輪を少しでも正常な形に戻せるだろう。現状生まれにくくなっている人も次第に増え始めるはずだ。それに、数字の影響下にある人間の思考も月の力によって転生者を盲信しなくなるはずだ」

「でも、そんなこと出来るの? 消えてしまった月をもう一度灯ける事なんて」

「分からない。しかし、消す方法があるならその逆もあって然るべきだ。今は亡き神が、愚かで無かったのならな。軍へ行くのはそういった見聞を広めるためでもある。だが―― 」

「ん?」

「正直、疲れてしまった。この先も長い旅路になるだろう。歩いてばかりも居られない」

「うん」

「だから、花を育てる事ばかりを考えて生きる時間があったって良いはずだ」

「……花?」

「ああ。あの何も無い屋敷の庭を花でいっぱいにするんだ。ユウアキネの花で」


 そう言って、北条はマリアの顔を見た。目が合う。


「今はそれが、オレの夢だ」


 いつまでも白い花畑の中で彼は立ち止まってそう言った。


「その夢、もう一人分ぐらい空きはあるの?」

「もちろん」

「それなら、アタシも同じ夢を見ようかしら」

「それは……良いな。ああ、とても良い。キミは、何時までその夢を見ていたい?」

「花が散るまでよ。それまでは、見ていましょう」







「「ふたりで」」







 月下の花はより一層白く儚く、風が花を連れて、花が時を連れて、夜へ広がり散っていく。それは、きっと明日の花になる。夢に咲く、花になる。















  ――――――






  ―― あれから一年が過ぎた。


 この世界に転生を果たして十五年だが、この一年は最も平和で充実した時間を過ごせたと思う。最近は花だけで無く、この世界の独特の動植物について調べている。


時々だが、樹林に採集に行ったりもする。これが中々に楽しい。興味深い生態を間近で観察できる機会も多々ある。


 とかく色の付いた世界は楽しいものだ。何もかもが新鮮味に溢れている。音にさえ色が聞こえてくるようだ。


 そうそう、マリアもオレの採集に樹林まで着いて来るには来るが、余り楽しくはなさそうだ。それでもって、彼女が一時幼くなってしまっていた要因は、やはり一度埋め込まれた数字の核が原因のようで―― 。


「ご主人様! 後で甘いモノお持ちいたしますね!」

「ああ、頼む」


 この様に二日に一度の頻度で交互に姿が入れ替わるようになってしまった。この事態に初めの三ヶ月程マリア(大)は不貞腐れていたが、受け入れたようで、マリア(小)を再び泣かせるようなことがあれば、ぶん殴ると脅された。恐ろしい話だ。


 オレとしては、未だに慣れていないというところが現状だ。まぁ、一人妹が出来たとようなモノかと、自分で納得できそうな心理的な落とし所を探っている次第だ。


 さて、十五歳と言えばオレも一応大人という枠組みに当てはまるわけだ。今日は覚醒式に始まり色々と大掛かりだったな。あっという間に時間も過ぎてもう夜だ。


 書斎の窓から景色を見る。見えたのは、夜のアオと暮れたアカの対比。庭を埋め尽くす程に咲いたユウアキネの花。花弁に夕暮れを灯し、暮れるように咲く花。


 本当に、充実した一年だった。


 読み終えた本を元の位置に戻しつつ別の本を手に取る。


「……」


 しかし予定通りであれば今頃軍部から鉄封筒が届いているはずだが―― 遅いな。



 そして、夜も深まった頃、本も四冊目を迎える頃、屋敷の呼び鈴が二度鳴った。





















北条編"後編"――完。


次回、グライス編"中編"。

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