第三章― 帝國の影 ―

1.帝國の転生者

 五年後。


 オレの見ていた街の風景はあの日から一変した。


 いつもの外出先では『テンセイシャサマ』『ホウジョウサマ』と呼び止められる。オレの事を『坊っちゃんと』親しげに呼んでいた人間でさえオレをそう呼び、個性というものが失われ。オレの機嫌を常に伺うように、オレに媚びるように接してくる。初めは、一過性の熱狂による変化ですぐに収まるかと持ったが、五年経てどオレの知っている街の人間の雰囲気は帰ってこなかった。


 そして、あのパン屋も。


『あらら、いらっしゃいませ。今日はお一人なんですねぇ』


 会計を済ませスタンプカードを出す。


『あらやだ、良いんですよですもの。欲しければ何でも持っていって下さい』


 もう、カードにスタンプが貯まることもなくなった。


 何もかもが違う。

 それまで見えていたはずの人だったモノの輪郭は、オレの目には、別のナ

 ニカに見えていた。以前と変わってしまった事を知ると余計に。

 そう見えて仕方が無い。


「待って!」

 

 パン屋を出た先で、女将の孫のセナに呼び止められる。数字の入っていない人間は数少ないが居ることは確かだ。そういう人間は、今までの様に接してくれている。とても少ないが。


「今日も……はぁ、はぁ、造ったから」

 

 彼女はそう言って今日もオレに造花をくれた。

 今ではスタンプの代わりにこの造花がポケットの中にほどほどに入っている。くれた造花の名前を書斎の本で調べるのが日課になっていた。


「おばあちゃんと一緒。ずっと手作りだから」

「ああ。また来るさ」

 

 そういうと、不安そうにしていた彼女は元気よく手を振ってくれた。だが、手を振り返す勇気はない。きっとこの造花の繋がりがなければ、オレは此処には来ないだろうから。


 帰路に着き、一度自室に買い出した物を置く。


「おかえり。あら、今日も貰ったの。見せて? うーん、見たことない花ねぇ」

「だろう? 書斎に行って調べてくる」

「アンタもあの子も飽きないわねぇ。もしかして好きなんじゃあないの?」

「ああ、好きなんだろうな。

「違うわよ。恋って事、人って事」

「???」

「はぁ~。もういいわよ、晩御飯出来たら呼びに行くからすぐに来なさいよ」


 よく分からない話だったが、とにもかくにも書斎へ向かう。本棚の左から三番目の植物の図鑑を取り出して該当する特徴の花を割り出していく。早く見つかることもあれば、時間がかかりすぎることもある。一種のなぞなぞのような感覚で挑むと面白い。



―― どれくらい時間がたっただろうか。風で窓が揺れる音が気になりだした頃だ。



〝とぅるるるるぅるるる〟



 電話の音。


 一度聞き流しかけて、こだましたその音に心臓が跳ね上がった。



〝とぅるるるるぅるるる〟



 電話の音。


 よく聞いた音。よく知っている音。



 



〝とぅるるるるぅるるる〟



 電話の様な高い音。


 何かを合図しているような。


 近づいてくる。


 扉の前で止まった。


〝きぃぃ…… 〟


 少し開いた扉から人の頭がぬっと現れた。

 この屋敷に仕える侍女だ。確か名前は―― 。


『とぅるるるるぅるるる~~~!!』


 音の正体は人の声だった。

 だが、侍女の目に生気はなく、胸に『時計』が埋め込まれている。

 人形劇のパペットの様な大げさでぎこちない動作で、チクタクとこちらに向かって歩いてくる。


 そして、左手の甲を突き出し、口元にだけ笑みを浮かべて言った。


『ホウジョウサマ、お電話です』


 侍女の手の甲には二つ穴が開いていた。その上には文字も書かれていた。左には『でる?』右には『でない?』と日本語で書かれた文字。まるで黒電話のようだった。


 手を伸ばし『でる?』の穴に指を入れた。濡れた肉の感触。ダイヤルを回す様に引くと穴は回り小さくなっていった。そして手は裏返され、その掌には、誰かの口がもごもと蠢いていた。


 侍女は掌をこちらに向けたまま自らの唇を隠す様に手を当てると、掌の誰かの口が開いた。



『「きっと出ないって、思ってたなぁ。初めはみんな不気味がるんだ…… ふふ…… 北条トキ君。やぁ、初めまして。」』



 侍女と男の声が少し被っている。


 胸の時計は繰り返しⅠを刻み続けている。


『「まぁ、一先ずこの話は置いといてさ。少し世間話でもしようよ。お互いのことをちょっとでも知っておけば、ほぐれるモノもあると思うんだ。ね?」』


「世間話の前に名前くらい名乗った方がいいんじゃないのか? 一先ずな」


『「ははは…… いいね、強気だ。けど残念だな、僕に名前って言うものはないんだ。これは僕の勝手なポリシーなんだけどね…… 。そうだ!君はどうして転生は起こると思う」』


「…… 分からない。考えたこともない」


『「そっか。ボクはね、すごく単純な話だと思うんだけど、人がそう願ってるからだと思うんだ。例えば、転生をしたい願望ねがいを持った人間が居て、それから何処か別の世界の人間がさ、居てさ、すごく退屈しているワケだ、変化を望んで願ってる。そうして、願望と願望が惹かれ合っていく。そう、願えば、転生は起こる。だから、転生は止まらない。これからも」』


「何が言いたい」


『「あはは…… ただの自己紹介じゃない? 転生者ぼくたちは、願い願われ『役割』を持った。『変化』生む役割だ、そういうだ。それ以外は要らない、個性かおなんて要らないんだ」』


「転生者は転生者で居ればいいと?」


『「そう、だから僕は顔を持たないし、名前も持たない『転生者』さ」』


「ふん、顔も名前も持たない割には長い自己紹介だったな」


『「ご清聴どうも。今度は、君の話が聞きたいな。定番なとこだけど、ここに来る前君はどんな神様に会った? とかね」』


「神?」


『「そうだよ、神様。ほら、女の人だったとかおじいちゃんだったとか幼女とか犬とか声だけとか、ともかく僕たちをこっちに送ってくれた存在だ」』


「さあな。ここに来る前の記憶は一切ない」


『「記憶喪失って事? でも、転生を理解してる。よくある一時的な記憶喪失で完全な別人として生きてる乗っ取りタイプってワケじゃない。変だな、そういう設定だったりする?」』


「設定?」


『「んー話してる感じ、そうでもなさそうだ」』


「それより、転生者は変化を生む存在だと貴様は言ったな」


『「ああ、そう言ったね」』


「では何故、転生者達おまえたちは望まれた『変化』のみを与えない。世界に干渉し『変革』…… いや、文明と文化の『破壊』を行う理由はなんだ。何故時計を使う。答えろ!」


 オレの問いに少し考えたそぶりの後、手は口を開く。


『「前者は願いが多すぎるからさ。後者を一概言ってしまえば転生者達ぼくたちは『弱者』だから」』


「弱者だと。笑えない冗談だ」


『「君はもっと笑った方がいいと思うよ。けどまぁ真実だ。考えてもみなよ、世界に満足している人間が転生を望むのかい? いいや。ずーーーっと逃げ出したかったぁ、虐げる強者や既存の檻から。思い出すなぁ…… 転生を理解したあの瞬間を。今まで積み上げてきた思いとか時間とか人生…… クソみたいな教師に親に上司に男に女に社会に耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて! 耐えて! 耐えて! 耐えて! 耐えてきた我慢が全部!!!」』


 詰まったような声で叫んだ口は息を整える。侍女の表情は一切揺らがない。


『「…… 台無しになって……" やった"…… って」』


 その口は笑い。侍女の右目からはどろっとした線が頬を伝った。


『「それからね、弱者はまず考えない、まず助かろうとする。それが既存を模倣する結果だったとしてもね。特に転生者はそうだ。もし、強者であればそこに『バランス』って言うものを考えるのかもしれない。けどボク達にそんな余裕はない。弱者だから、全てを変えるし、弱者だから全てを望む。自分達が作ったまっさらなモノの上でなら世界に納得していられるんだ」』


「弱者であるが故に世界を『消費』しても構わないと?大した言い訳だな」


『「『消費』かぁ…… 面白いことを言うね。けど、その通りだよ。今までだって僕たちはそうしてきたじゃあないか。あらゆるメディアで世界は『消費』されてきた。異世界ここももその一つさ」』


「今、帝國の思想とは相容れないとしんから理解した」


『「よく言うよ、一人じゃ感情も満足に感じられないヒトの癖に。まぁいいや、君がどう思おうと悪いのはボク達じゃないんだ。虐げてきた全てなんだ」』


 侍女の左目からまた零れる。いつまでも頬に残っている跡から血だと思った。


『「おっと、そろそろ負荷が限界か。話は終わりだ」』


 口はそう言うと、空いた右手で時計を掴み胸から抉り右の耳に押し当て恍惚の声を漏らした。


『「あーーー……いい音……僕の位置を刻み続けてくれる……ありがとう……」』


 胸から血が止めどなく流れ、滴り落ちていく。時計はⅠを刻み続けている。


『「ねぇ、赤い部屋って知ってる?昔流行ったフラッシュ動画。怖い動画でね、今でもトラウマなんだ。そうだ、アカ色って君は好きかな?ああ違う違うダメだなぁダメだ、君に色は見えなかったはずじゃないか。自分の色すらわからないんだ。あははは!」』


「いい加減要件を話したらどうだ」


 オレがそう言うと、笑う口は落ち着きを取り戻し、酷く冷めた口調で言った。


『「…… 32÷ 2は?」』

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