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 大山田殺害の犯人が逮捕されたのは、その翌日十一月十一日のことだった。

 昼過ぎにコーヒーを飲みながらスマホをいじっていると、ポータルサイトのトップニュースに「【速報】H市男性殺害事件 女を逮捕」という見出しが出ていた。

 画面をタップしてそれを開くと、


「県警は十月上旬にH市に住む大山田誠三さんが逮捕された事件で、近所に住む女を逮捕したと発表した。女は容疑を認めているという。九月にも近くで男が殺害されるという事件があったが、こちらについては容疑を否認している」


 いかにも速報らしく簡易にそう報じている。

 そのニュースを見てから、美咲は仕事が手に付かなくなり、ブラウザでニュースのページを何度も更新しながら続報を待った。

 やがて最初に報じた通信社に続いて、大手の新聞社やテレビ局のニュース記事が、次々とアップされていく。


「H市で十月三十日未明に大山田誠三さん六十六歳が殺害された事件で、県警は近所に住む吉岡永子よしおかえいこ容疑者、五十三歳を逮捕したと発表しました。

 事件現場はH市の北部、山のふもとに位置する閑静な住宅街です。

 大山田さんの住む戸建ての住宅は、十月十四日に放火に遭い、全焼しました。その後大山田さんは地域の施設で寝泊まりをしていたということですが、そこで刃物で刺されて死亡しました。

 吉岡容疑者は、大山田さんの道路を挟んではす向かいに住んでおり、互いに面識があったということです。吉岡容疑者は、放火・殺人ともに容疑を認めています。

 同じ地区で、九月下旬に若い男性が殺害されるという事件がありましたが、吉岡容疑者はこちらについては容疑を否認しています。

 警察では、動機やふたつの事件の関連について慎重に調べを進めています」


 テレビの全国ニュースをテレビ局の公式アカウントがそのままネット上にアップした動画で、有名な局アナがそう報道した。

 画面には、焼けた後の大山田の家などが映されている。

 美咲はサンダルを履いて表に出て、大山田の家があったほうへ歩いて行くと、遠くにマスコミのハイヤーがすでにやってきているのが見えた。近寄るとインタビューを求められるかもしれないので、そこで引き返して家に戻った。

 吉岡永子は、大山田と班は違うが、すぐ近所に住んでいる。美咲は道端で吉岡の顔をちらと見たような記憶はあるが、はっきりとはわからない。もちろん言葉を交わしたこともない。

 いったい、動機は何なんだろう。こういう場合、警察は事件について近隣住民に知らせてくれるのだろうか。そして、最初に起こった公園での殺人事件との関連は……。

 ふつうに考えると、最初の事件も吉岡が関わってると推測するのが妥当のような気もする。しかし、これで全て解決したと言えるのだろうか。

 判断するだけの材料はない。待つしかないだろう。美咲は自室に戻って、スリープモードになっているパソコンを起動させた。

 夕方になり敏子が帰ってくると、どこかから連絡を受けたのか、すでに吉岡が逮捕されたということを知っていた。

「なんかね、吉岡さんとこは、ずっと大山田さんと近所でトラブルになっとったらしいんよ。吉岡さんがよう車庫に車入れんと表に停めっぱなしにしとったんが発端やったらしいんやけど。吉岡さんの旦那さんが退職して大きい車に買い替えてから、車庫に入れるんが面倒になったとかなんとか」どこから仕入れてきた情報かはわからないが、やや興奮しながら敏子が言った。

「吉岡さんとこって、旦那さんと二人で住んでるの?」

「いや、たしか二十代半ばくらいの息子と、息子の嫁と住んどる。孫はまだおらんはず」

 家族と同居しながら、近所に放火したり殺人を犯したりは物理的に可能だろうが、ご近所トラブルでそこまでやるものだろうか。家族は吉岡永子の犯行だとは知らずに、ここ数日を過ごしてきたのだろうか。

 しかし容疑を認めているということなので、それをやってのけたのだろう。

 この先、吉岡の家族がこの集落に住み続けるのは可能なのだろうか。建前では犯罪は家族に連座しないことになっているが、現実的にそれは難しい。

「最初の公園の事件も、吉岡さんの犯行なの?」美咲は母に問う。

「さあ、どうなんじゃろね」と敏子は言った。

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