00:19.06

23時30分。機械音が聞こえた。奥の扉が開いたのだろう。


残っていた夕餉を無理やり口の中に押し込み、隣の部屋へと向かった。

咀嚼する音と心臓の鼓動が同時に頭の中に鳴り響く。

前に立つと、扉はひとりでに開いた。


中に入ると、確かに先ほど説明されたものが無造作に置かれてあった。中身を一通り確認し、何も画面に映っていない腕時計を左腕に装着した。

わざわざ元の部屋に戻る気もしなかったため、試験開始までここにいることにした。

巡は腰掛に座り、さっきから何回も考えていたことをまた考え始めた。


(どうしよう)


緊張で吐きそうになる。


(策を考えようにも、自分の異能が何か分からない限り何も思いつかない。脱出をするといっても、施設の規模は? 妨害はあるのか? 時間にどれほどの余裕があるのか?)


分からないことをひたすらに考え続ける。1年以上前、あの担任が言っていたことを当時は馬鹿にし、気にも留めなかった。自分は何かが違うとそう思い込んできた。あの時、自分が助けられたという事実に何か意味があると信じていた。だが、今は怖くてたまらない。


23時50分。後ろの扉が閉まった。もう後戻りはできない。いや、最初からそんなことはできなかった。


ただ同じ生活を繰り返すだけで自尊心を満たすことができた昨日までの自分が羨ましい。


過去の自分に押し付けられた信念が怖くてたまらない。


00時00分。


「これより試験を開始する」


そう声が告げると、重々しい音とともに前の扉が開いた。

腕時計に赤い数字が浮かび上がる。そこには着々と減り続ける数字があった。

巡は足を進めた。

背後で扉が閉まった。


「暗いな」


第一声はそれだった。

そこは暗い一本道のようだ。幸いにも先の方に光が見える。


(とりあえず、開けた場所に行って、状況を整理したい)


ゆっくりと歩み始めた。


(そこで一度、異能が使えるか試してみよう)


巡は走った。道は長い一本道であった。暗闇の中、巡はただ走り続けた。


「なっ⁉」


しばらくすると、少し開けた空間に出た。それでも、そこはまだ鉄の壁と天井に覆われた場所だった。先の方には枝分かれした道があるようだが、そんなものよりも目を引くものがそこにはあった。


細身の胴を軸とし、そこから二本の腕と二本の脚、そしてその上には球体が。つまりは、人型のオートマータ。

顔がないそれと巡は目が合った。否や、それは巡めがけて襲ってきた。


「おいおい! そういうことかよ!」


過徒になるための試験でやはり戦闘行為を免れるはずがない。先ほど予想した通りだ。

襲われていることを理解した巡は逃走を図る。


(まだ異能が分からない今の段階での戦闘は避けた方がいい、というか無理だ! なんとか逃げないと……!)


左右に枝分かれした道の右の方を選択し、そのまま走り抜ける。

そのロボットは追ってくる素振りを見せたものの、そのぎこちない足の動きでは巡の脚力に到底追い付けなかったようだ。ぐいぐいと距離を引き離し、その姿が見えなくなったことを確認した巡は足を止めた。蛇行した道ではあったものの、分かれ道となるところはなく、ここまでひたすら真っすぐに走り続けてきた。


(はぁ、はぁ……)


走ったからか、襲われた恐怖からか、心臓がバクバクと音を立てている。

壁に手をつけてよりかかる。

8ヶ月もの間、ひきこもり生活をしていたとはいえ、体力作りを何もしなかったわけではない。決められたメニューを毎日取り組んできた。そのおかげで、急に体を動かしてもバテテしまうということにはならなかった。


(なんだよ、あれ。あんなものいんのかよ)


恐らく、あれは異形に見立てたオートマータ。大きさも平均的な異形のサイズだった。多分。

あれがこの施設内にうじゃうじゃいると思うと気持ちが悪くなる。


(幸い、あまり強そうではなかった。異能が分かるまでは今みたいに逃げよう)


ここで初めて、自分が誕生日を迎えたということを認識した。


「これは最高の誕生日になりそうだよ」


そうぼやく。

少し息を整えたのち、また巡は歩き始める。

何しろ時間は着々と削られていっている。

今は状況の把握が最優先だ。


(異能の確認もしないとな)


しばらく歩いていると、先の方にこの廊下の終わりが見えた。

そこで初めて気が付く。

恐ろしいまでの静寂。

自分以外の生命はここには存在していないのではないかと思ってしまうほどの。

頭を振って、雑念を捨てる。

異様に暗いその空間に向かって進んでいく。


秒針のない時計は音を立てずに、静かに時間を蝕んでいた。






次回→1/31 23:00頃

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