第7話 ここ掘れワンワン

 庭に犬小屋があるってのは、今時珍しいかもしれない。

 この近所でも、飼われているのはほとんど血統書付きの立派な犬だ。彼らはほとんどいつも、大事に家の中に仕舞われている。

 だから庭から通りすがりの人に愛想よく尻尾を振るうちの犬は、意外と近所の人気者なのだ。


 うちの犬は中型の雑種で名前はポチ。

 家よりも外が似合うとか言って、父さんが犬小屋を作った。漫画に出てくるような、赤い屋根でアーチ形の入り口がくりぬかれたいかにも犬小屋らしいやつ。

 学校が休みの日は俺が散歩に連れて行く。それは小学生の時にどうしても犬を飼いたいと言ったのが俺だからだ。


 今日は日曜日。

 せっかくの休みなのに朝早くに起きて、眠い目をこすりながらポチを呼んだ。


「ポチ、ポチ、おはよー」

「ワン!」

「あら、亮くん、ポチちゃん。いつもお散歩えらいわねえ」

「……山根のおばちゃん、おはようございます」

「おはよう。うふふ」


 犬を飼ったことがある人なら分かるだろうけど、言葉が通じてるかどうかはさておき、けっこう普通に話しかけてしまう。そしてそれをよその人に見られると、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 赤くなった顔を伏せて、ポチをリードに繋いだ。


 ポチは一応散歩も楽しむけれど、うちの庭が大好きなのであまり遠くに行きたがらない。ご近所を軽く一周したらすぐに帰宅。それから明るい間はずっと、庭の中をあっちこっち好きに掘り返す。

 とにかく穴を掘るのが大好きな犬だ。


 庭はそんなに広くなくて、リビングと同じくらい。さらさらした土の地面の上にポチの小屋だけがぽつんと置いてある。以前は小さな花壇も作ってたけど、ポチが掘り返すからもうあきらめた。

 そんなわけで、今日もポチは穴を掘っている。今一番お気に入りの穴は、犬小屋のすぐ横に掘ったやつ。


 普段なら散歩が終わったらすぐに部屋に帰ってもう一回寝直す。でも今日はいい天気だから、なんとなく庭でそのままポチが遊ぶのを見てた。


「ワンワン」


 珍しくポチが鳴く。


「ポチ、どうしたの?」

「ワン!」

「その穴に何か埋ってたりするのかな。ココ掘れワンワンとか。ははは」


 いくらポチだからって、ココ掘れワンワンはないわー。

 頭の中で軽く自分に突っ込んでおいてから、ポチのところへ行った。

 ポチは俺が行くと嬉しそうに尻尾を振って、また穴を掘る。

 ふと、その穴の中にキラッと光るものが見えた。


「ポチ、それ何だ?」

「ワンッ」

「ちょっと見せて」


 手を伸ばして穴の中に埋っているものを引っ張り出した。

 キラッと光ったのは透明な石だ。それが丸まった金属プレートに埋め込まれている。ブレスレットだと思う。無骨なデザインだし家族の趣味じゃないからここに元から埋っていたんだろうけど……

 土を払うと石は無色透明で、きれいにカットされてる。五百円玉くらいの大きさがあるから、まさかダイヤモンドじゃないよな。それにしてもなんでこんなところに……。


 手に取って眺めていると、ポチが服の裾を引っ張った。


「ん? ああ、これが欲しいの?」

「ワン」

「そうか。お前が見つけたんだもんな」

「ワン!」


 ブレスレットを地面に置くと、ポチは器用にそれを咥えて小屋の中に入った。

 ガシャン。

 ガラガラ。

 小屋の中で思ったよりも派手な音がする。まるで積まれた金属の山の上にブレスレットを落としたような……。


 ポチはすぐに小屋から出て、どこかへ行った。

 俺はそっと小屋の中を覗いてみる。奥に何かが積み上げられているのが見えた。


「ポチ、ちょっと家の中を見せてもらうよ」


 俺は犬小屋の奥に手を伸ばして中の物を取り、日の光の下でしげしげと眺めた。


「小判……だな、これ。こっちは勲章みたいだ。うわ、金のコップみたいなのがある。……なんだこれ、金属板に変な文字?」


 全部ポチが掘り出したんだろうけど、デザインに一貫性がない。金色の小判は日本の物のようだけど、勲章は小判の時代のものではないと思う。金のコップは派手な彫刻が西洋風だし、金属板に描かれてる文字ときたらネットですら見たことのない奇妙な形だった。

 そんなのがポチの小屋の中にはまだ何個かある。

 一体どうしてこんなものを掘り出すのか……。


 首をひねっているとポチが戻ってきた。

 その口には俺のスニーカーが片方咥えられている。


「それっ、俺の」

「ワン!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら、ポチはさっきブレスレットを掘り出した穴に俺の靴を落とすと、速攻で後ろ足で土をかけた。


「あ、こらこら! ポチっ」


 あわてて土の中に手をつっこんだ。

 ……何もない?

 今埋めたばかりというのに、スニーカーはどこにも見つからなかった。


「ワン!」


 ポチは嬉しそうに尻尾を振って、また別の場所を掘る。

 そういえば最近、靴とか傘とかがよく無くなるって母さんが言ってたよな。

 ポチ、掘り出した宝物のお代を払ってたのか。

 誰に?


 楽しそうに穴を掘るポチを見ながら、俺はずっと答えの出ない空想をしている。


【了】

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