第5話 穴売りの少女

 昔々あるところに、穴を売っている少女がいました。

 毎日人通りの多い街角で穴を売ろうとしますが、道行く人は誰も立ち止まってくれません。


「穴はいりませんかー。小さな穴、大きな穴、まるいだけじゃなくて、しかくい穴だってありますよぅ」


 少女は自信なさげに小さい声でそう声をかけます。

 だって少女自身ですら、穴なんて誰も欲しがるとは思わないのです。

 それでもたまに珍しがって声をかけてくる人はいます。

 一人の紳士が立ち止まりました。


「何を売っているんだい?」

「穴です」

「ほ、ほう。それは何に使えるのかね」

「なにかにつけたら、そこに穴があきます」

「それは面白いね」

「かべにつけたら穴があいて、そとが見えます」

「そうか。でもこんな寒い冬に壁に穴が開いたらちょっと困るかもしれないね。悪いけど穴はいらないな」


 もうすぐ今年も終わろうとしています。北風がびゅうびゅう吹いていて、壁に穴が開いたらすごく困るかもしれません。

 またしばらく経って、毛皮のコートを着たご婦人が立ち止まりました。


「何を売っているのかしら?」

「穴です」

「まあ! 珍しいわね。それはいったい何に使えるのかしら」

「なにかにつけたらそこに穴があきます」

「それは素敵だわ」

「コップにつけたら、水がこぼれるコップになります」

「まあまあまあ。そんなコップは使えないわね」

「とてもおもしろいとおもうの」

「残念ね。うちには穴の開いたコップはいらないわ」


 たしかにご婦人が穴の開いたコップをお客様に出してしまったら大変なことになるかもしれません。

 ご婦人はそのまま去ってしまいました。


 穴は少女が作れる唯一のものです。だってその少女はまだたったの八歳だったのです。本当だったら優しい両親のもとでまだまだ遊んで暮らしている年頃でしょう。でも少女には厳しい継母がいて、少女にも働くように言うのです。

 もちろん少女だって普通の仕事ならできたのかも知れません。お洗濯や皿洗いなんて、結構得意です。けれど少女の一番得意なことは穴作りで、継母はそれが一番お金になると思ったのです。


 ある意味、継母は世界でいちばん最初に少女の才能を見抜いていた人だったのかもしれません。

 穴というのは使い方によってはとても役に立つものです。

 山に大きな穴をあけたらトンネルになります。

 道で拾ったきれいな石に穴をあけたらアクセサリーになるかもしれません。

 銀行の壁に穴をあけたら強盗ができます。

 それはダメですけど。


 とにかく少女の作る穴は使い方によってはとても役に立つものなのです。

 けれど残念なことに少女はまだ八歳で、穴を上手に売ることができませんでした。

 それなのに継母は、穴が売れるまで家に帰ってはいけないというのです。


 少女はだんだん穴を売るのに疲れてきました。

 街角は寒くて北風がぴゅうぴゅう吹きます。そのうち雪も降り始めます。少女は疲れて、おおきな建物のかげにしゃがみこんでしまいました。


 そこは誰も通りません。

 少女はなんとなく、売り物にするはずの穴を一つ目の前に作りました。小指の爪くらいのとってもかわいい穴です。


「こんなにかわいい穴なのに、だれもかってくれないの」


 そう思うと少し穴が可哀そうになりました。


「そうだ、穴にもおともだちを作ってあげよう」


 そう言って、もう一つ穴を作りました。今度は親指の爪くらいの穴です。

 そして少女は穴の中に穴を重ねてみました。するとどうでしょう。不思議なことにその穴の中にきれいな赤い花が咲いているのが見えるのです。

 もちろん近くにそんな花は咲いていません。


「すごいわ。もう一つ穴をかさねるとどうなるかしら」


 今度は手のひらくらいの少し大きな穴を作りました。もちろん少女の手のひらくらいなので、実はとっても小さいのですけれど。

 赤い花が見えているあなに、手のひらくらいの穴を重ねてみると今度はその真ん中にかっこいい馬が見えました。

 少女の家にも畑を耕すための痩せた馬がいましたが、穴の向こうの馬は全然違います。たくましくて雪のように真っ白です。さらにはツヤツヤの長いたてがみで、おでこに長ーい角が一本生えていました。


「なんてかっこいいうまなんでしょう。わたし、もっともっと大きな穴をかさねてみるわ」


 少女が穴を重ねるたびに、その向こうには見たこともない素晴らしい景色が見えます。少女はだんだん大きな穴を作っていたので、ついには少女の身長より大きな穴ができました。

 するとなんだか、穴の向こうから暖かい風が吹いてきます。

 風に乗って、お花のいいにおいがします。白い馬がじっと少女のほうを見ています。

 少女は立ち上がって、穴の中に一歩足を入れました。

 そこは冷たい石畳ではなくて、ふかふかの柔らかい土でした。

 優しい目をした馬が近寄ってきます。

 だから少女はもう一歩、穴の中に足を入れました。


 少女の体が穴の向こうに行ってしまうと……。

 穴はゆらゆらと形を変えて、陽炎のように淡く輝いてからスッと無くなってしまいました。

 まるで炎が風に吹かれて消えてしまうように。


 今はもうどこにも穴はありません。穴を作るのが上手な少女はもういないから、新しい穴を作ることもできません。

 だからこの話はここでおしまい。


 長い年月が経って、少女が穴を売っていたことは誰からも忘れられました。

 もしかしたらもっとありふれたもの、例えばマッチなんかを売っていたことになっているかもしれません。

 けれどそれももう、ずっとずっと昔のこと。

 少女があのあとどうなったかは、誰も知らない話。


【了】

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