第3話 カナちゃんと靴下

 親友のカナはちょっと変わってる。

 でも、どこがって聞かれると少し困る。それってとても説明しにくくて。

 たとえばある朝、学校の靴箱のところでカナに会ったときのこと。


「サクラちゃん、おはよー」

「おはよう、カナ」

「あれ、サクラちゃん、靴下に穴が開いてるよ」

「あ、ほんとうだ。履いた時は大丈夫だったのに」

「ちょっと待ってね」


 カナはしゃがんで私の靴下の先をちょっとつまむと、少し引っ張って、そして手を離した。


「これでよしっ」

「……穴が塞がってる⁉ なんで⁉」

「靴下に穴が開くという現象の本質は何かと考えてみたの。穴とは何か。穴はその場にあるべき存在を無にすることによって何かと何かを繋ぐもの。この場合はサクラちゃんの足の指と外気を繋いでる」

「はあ」

「授業始まるよ。歩きながら話そう。さ、上靴履いて」

「お、おう」


 並んで教室まで歩きながら、カナの説明が続く。


「足の指を外気に触れさせるというのが穴の存在意義。けれど穴という物質は存在しない」

「そう言われればそう……かな?」

「穴とは、そこにあるべき靴下の生地がないという現象にすぎないのですよ。だったら穴の存在とは無であるともいえるんじゃないかな」


 おかしい。どう考えてもその理屈はおかしい。でもどこがおかしいのかよく分かんなくなってきたぞ……。


「しかして靴下の本質を考えるに、靴下と発現するは外気から足を守るもの。その守対象には指も含まれるじゃないですか。しかし現象としてそこに穴がある。これは靴下の本質を正しく現していないんじゃないかなと、そう思ったんだよ」

「カナが何を言ってんのか、私にはわかんないな」

「つまり、靴下の本質を現象として外的に発現するとき、穴はその存在意義を失うってわけ。そこに穴は必要ない。つまり穴が存在しないことこそ靴下の本質」

「はあ」

「だから私が靴下に、その本質を正しく発現するよう命じてみた」

「お、おう?」


 命令したら穴って無くなるもんだっけ。

 疑問符が頭を駆け巡る。

 それなのにカナったら、そんな疑問を投げかけるのが間違ってるって思うくらい爽やかな笑顔だ。


「だから靴下は本当は穴がないんだって気付いたんだよ。じゃあまたあとで。お昼ご飯一緒に食べよう!」

「えっ」

「サクラちゃんの教室、もういっこ向こうだよ。早くいかないと遅刻しちゃう」

「でも、靴下の話は? 靴下の穴はどうしたの?」

「穴も無とはいえ、存在感を出したいだろうからなあ。明日になったらまた発現してるかも」

「どういうこと⁉」

「きっと買い替えたほうがいいね!」


 カナは手を振って自分の教室に入っていった。

 つまり、カナってちょっと変わってる。

 でもどう変わってるのかって聞かれたら、説明がすごく難しい。


【了】

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