9日目 九つの魂

 階段を下る途中だった僕は忘れ物を思い出し、踵を返した。すると、タイミングよく、あの夜にすれ違った白銀の女性が下りてきた。僕は思わず凝視してしまったため、彼女から不審な目で見られてしまった。


「お、おはようございます」

「……どうも」


 そっけない返事。そのまま彼女が通り過ぎようとするが、僕は何を思ったか声をかけてしまった。


「あの! 最近引っ越してきた方ですか?」


 彼女は足を止め、僕に向き直る。

 

「え? あ、はい。すみません、あいさつしてませんでしたね。先週二〇八号室に越してきた芹沢です。よろしくお願いします」

「自分、二〇六号室の村瀬です。こちらこそよろしくお願いします! えっと、もしかして西高生……ですか?」


 僕は彼女の制服を見て聞いた。


「はい。あ、でも転校生ってわけじゃないですよ。もともと近くに住んでいて……あれ? あなたも西高生……?」


 彼女、芹沢さんは自分の学ラン、そして襟首の学年章を見て驚く。


「同級生?」

「……ですね」





「そっか。村瀬くんは一組か。わたしは七組だよ。教室真反対だから全然会わないもんね」

「そうだね。一年の時も別だったらなおさら」


 目的地が同じということで一緒に投稿することになった。女子と登校するなんて小学生ぶりで、というか女子と会話すること自体久しぶりで心臓が高鳴っていた。懸命に話題を探したどたどしく会話を続けていると、ふいに彼女が歩みを止めた。


「どうしたの?」

「……あれ」


 彼女が再び歩き出す。その先は、小道へ入る曲がり角、そこに猫の死骸が横たわっていた。驚くべきことに彼女は取り出したハンカチを広げ、猫を抱きかかえたのだった。小さなハンカチでは猫の全身を覆えるわけもなく、滴る体液が少し制服につく。そして、少し歩いた先の売地まで抱えていき、埋めた。墓石代わりか、掘るときに使った石を土の上に立て、手を合わせる。僕もそれにならった。


「猫の魂は九つあるって知ってる?」


 彼女は訊いた。


「ごめん、知らない」


 彼女は「なんで謝るの?」と笑った。


「知らない人のほうが多いよ。西洋のことわざなんだけど、猫には魂が九つあって、なかなか死なないとか死んでも生き返るとか言われてるんだって。この子は九つの人生全部全うしたところなのかな。それとも――」


 これから先、別の人生に向かうのかな、とぽつりとつぶやいた。


「来世ってこと?」

「うん。第何の人生かはわかんないけど。でも、わたし前から気になってたんだ。生まれ変わった猫は生まれ変わる前の猫と同一の存在なのかな。それとも全く別の子として生まれるのかな。村瀬くんはどっちだと思う?」

「え、うーん……」


 突然の難解な質問に僕は頭をひねる。


「ことわざの意味的に同一の存在なんじゃないかな? 記憶まで完全に引き継いでるような」

「やっぱりそう思うよね」と彼女。


「わたしもそうだと思う」


 返答とともにこちらに振り向いた彼女はとても儚げな表情をしていた。

その表情に僕の胸がひどくざわつかされた。バクバクと激しく鼓動が続く。

 これは――。まさかこれが、これが恋に落ちるということなのだろうか。


 哀愁を漂わせた芹沢さんと、ほぼ一目惚れチックな恋に落ちた僕の間を冷たい冬の風が通り抜けた。

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