STAND BY YOU

第1話 居酒屋での一件

 深夜の一時過ぎ、場末、という言葉が似合う立ち飲みの居酒屋に、二人の男はいた。


「あーあ、彼女欲しいなあ……」


 そいつは、仕事で疲弊しているのか、強めの酒を飲んでやや酒が回り、ジャガイモのような顔を赤らめ、若い肌艶の割には白髪が多い髪をバリバリとかき、大きな欠伸混じりで呟いた。


「なら、俺の妹紹介してやろうか?」


 仕事帰りなのか、ジャケットを着て髪を短髪にしている、清潔感のある外観をしているそいつは、ニヤリと笑ってそう言うと、熱燗をグイと飲み干してメモを取り出し、電話番号を書いてジャガイモ面の男に手渡す。


「興味あったら、ここに電話しな」


「あ、あぁ……」


 そいつは、頭が禿げ上がった店主に「釣りはいらねえよ」と5000円札を渡し、颯爽と立ち去っていくのを、ジャガイモはきょとんとして男の後ろ姿を見送った。


 ーーそれが、彼らの初めての出会いであった。


 ****


 ゲームやアニメ、漫画のキャラクターのフィギュアが所狭しに置かれ、テレビゲームと漫画本、煙草、アダルトグッズで散乱している部屋に、檜山哲也はスヤスヤとは言い難いがそれなりにいびきの混じった心地よい寝息を立てて寝ている。


「ZZZ……うっ」


 哲也の口の中にゴキブリが入り込み、強烈な違和感で目が覚めた。


「おえっ、おええっ!」


 ベランダにゴキブリと共に胃液を吐き出し、ゲホゲホと咳をして自分の部屋へと入ると、パソコンが開いている。


(あっそうだ、昨日エロ動画を見て抜いて寝たんだったな、俺32になるのに一体何をしてるんだろうな……)


 哲也はため息をつき、パソコンの電源をシャットダウンして、着ているスウェットを脱ぎ捨て、いつものようにジーンズとパーカースタイルに着替える。


 ろくに洗い物をせずにいる台所を横目に、冷蔵庫を開き、ミネラルウォーターを哲也は口に運ぶ。


(次のバイト、探さなきゃなあ、クビになってしまったし……)


 先日、哲也は26歳の時から32歳になる6年間、ずっと長年勤めていたコンビニのアルバイトをクビになった。


 手先はそこまで不器用ではなく、頭の回転も普通より少し劣る程度、要領も悪くなかったのだが、近所にライバル店ができた事でバイト先自体が売り上げが落ちていき、人数整理だったのである。


 凹んでいる気持ちを紛らわせようと、近所の立ち飲み居酒屋に入り気晴らしに強い酒を飲んでいたが、隣にいた自分と同じ歳ぐらいの男性が「俺の妹を紹介してやる」と言って電話番号を書いて渡したのを哲也は思い出す。


「!?」


 テーブルには一枚の紙切れが置かれており、昨日の夜の一件が哲也の脳裏をよぎり、頭を捻りながら居間に行き、080から始まる携帯の電話番号が書いてあるメモ用紙を見やる。


「いやこれ本当かよ!? 変な電話なんじゃねえ!? でもどうせ退屈だし、まぁいいか……」


 普通の人間ならば、この電話が如何わしい店や危険な連中に繋がる番号なのかと一瞬連絡するのを躊躇うのだが、バイトがなくなり暇を持て余している哲也は、学習能力が少し劣る頭で考えるが、どうせ何もしないよりかはマシだろという変な開き直りでスマホを手に取り電話をかける。


(誰が出るんだろう? ドキドキするな。てかこれってエッチな電話とかじゃあないよなあ? 風俗嬢の連絡先か? 半グレが絡んでるのか? 怖いななんか……)


 哲也はやる前に後悔するよりもやって後悔するタイプであり、普通の人ならば非通知で電話をかけてから様子を見るのだが、それをやるという考えが浮かばずにただ馬鹿の一つ覚えのように電話したのを今更ながら後悔している。


 コール音が5回程聴こえ、これは出ないだろうなと思ったら、電話口から誰かの話す声が哲也の鼓膜に響き渡る。


「はい、綿貫ですが……どちら様でしょうか?」


「あ、あのう、先日居酒屋で番号を教えて頂いた者でして……」


「え!? いやマジで電話してきたんだ!」


 電話口からは男の笑う声が聞こえ、これはDQNの悪戯だなと哲也は感じ、電話を切ろうとしたが、男は笑い終えた後に続けて口を開く。


「いや失礼しました、てっきり電話してこないものかと……。私、障害者就労移行支援施設『ナイト』の施設長をやっておりまして、人を探していたのですよ。どうしても一人足りなくて、洒落のつもりで番号を渡したのです。もし、興味があるのならば、こちらに来て話を聞いて頂ければと」


「あぁ、そうだったんすか。人を募集すか。あの、俺仕事やめて今フリーなんで、そちらの方にお伺いして、お話をお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」


 哲也は、仮にも障害者の支援する場所で、洒落のつもりで酒の席で何処の馬の骨かわからない人間に電話番号を教えてもいいのかよと軽く怒りを覚えるのだが、逆にこれはチャンスだなと無職である自分を再度社会人として復帰させるキッカケになってくれと一縷の望みを掛けている。


「ええ、大丈夫ですよ。お住まいはどちらですか?」


「東京都○○区V町です」


「へえ、近いですね。そちらから二駅離れたU町の駅前にあるのですよ、うちの会社は。ホームページを見て頂ければ行き方が書いてありますので。3日後の火曜日にお話し致しませんか?」


「あぁ、大丈夫すよ。ググって行き方をチェックするんで、これから下見に行ってきます。こちらからまた何かあったら連絡しますんで、火曜日に改めてお伺いします」


「御了承いたしました、ではお待ちしております」


 電話はそういうと切れた。


(書類とかとりま、準備しておいて、床屋行ってスーツ出しておいて、念のために備えるか……)


「ガー」


隣の部屋に住む、知的障害者がいる家族からは定期的に叫び声が聞こえ、五月蝿えよと思い、哲也はワイヤレスイヤフォンを耳に入れてEDMを大音量でかけた。

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