現実と逃避

 知らせはハルナさんからあった。


 スマホから聞えるハルナさんの泣き声を訊いても全く現実味を感じなかった。

 しかし、否応なしにそれが事実であると知る事になった。

 テレビで一斉に報道されたからだ。

 どこから手に入れたのか、俺と踊っている映像も流れた。


 吐き気がした。


 おまえらマサミを語るな。

 そんな気持ち悪い声で、マサミの名前を呼ぶな!

 二階の部屋から液晶テレビをゴミ捨て場に向けて投げ捨てた。

 鈍い音を立て砕けながらワンバンして転がった。

 そして、俺はスマホでマサミを呼んだ。

 何度やっても繋がらない。

 出てくれよ!

 頼むから出てくれよ!


 でも全然繋がらず、マサミ以外の奴からの電話に飛びついては失望を繰り返すうちに、キレてスマホもゴミ捨て場に投げ捨てた。


 俺は自分の部屋から出なくなった。


 もうキレる元気も無くなり、ただ、部屋の角で座り込み、あたりを眺めながらマサミとの思い出をなぞった。

 初めて見た時の衝撃、まだ何となくぎこちなかった二人っきりの初練習、付合おうと言った時の表情、コンテストの出番を前にして握ったあいつの手のぬくもり、不遜とも言える表情で客席を挑発するダンスシーン……。


 そういえば、今度温泉行こうと約束してたな。


 次のクリスマスは絶対バイトを入れずに二人で何処かに行こうって約束していたな。


 そんな事まで思い出していた。


 いろんな奴が、俺の部屋のドアを叩く。

 ハルナさんもやってきたみたいだった。

 でも、何を言っているのか俺にはよく分からなかった。


 引きこもって三日たった。

 俺は相変わらず部屋の隅にもたれながら、ボーッと部屋を眺めていた。

 厚手のカーテンの脇から漏れる光が、だんだん力を失いかけている。

 テーブルの上には買いだめしていたカップラーメンが数個、空っぽの姿をさらして並んでいた。


 もう、買い置きはなくなった。


 もうそろそろ死ぬのかな?

 何となく思った。


 俺はマサミの死について、ようやく考えるようになっていた。

 マサミが刺された日に戻り、マサミを強引に引留める妄想をした。

 または、密かにマサミの後を付け、ヤダガミがナイフを出した瞬間、飛び出て奴を叩き伏せるものもあった。


 マサミを救いハッピーエンドになる自分を妄想する。


 虚しい白昼夢だってことは自覚していた。

 しかし、俺は頭の中でそれらをつなぎ合わせながらエンドレスで流し続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る