対面

 数週間たつと、マサミを守る事が苦痛になり始めた。

 全てのスケジュールをマサミに合わせなくてはならない。

 自分のバイトとか自由の時間が取れなくなり、苛立ちが募ってきた。

 何故だか、ヤダガミが一向に姿を見せないのも原因の一つだった。

「いいよ!

 誰か見つけて一緒に帰って貰うから、そこまでべったり付いて無くていいって」

 マサミは笑いながら俺にそう言った。

 だけど俺は、それでもマサミを守る事を選んだ。


「いた。

 捕まえたから、そっち持って行く」

と、マサミの家近くで見張っていたダンス仲間が俺に連絡してくれたのは、二週間前の深夜十二時を過ぎた頃だ。

 一向に進展しない事に苛立っていた俺は、マサミに頼んでもくれなかったヤダガミの写真をマサミの妹、ユミから入手しダンス仲間に頼んで交代でマサミの家近辺を張って貰っていた。

「頼むわ」と言ってスマホを切る。

 俺はその時、雨が降ってきていたので練習を中断して雨宿りにと入ったファミレスにいた。

 一緒にいたマサミとハルナさんに、急用があるからちょっと行ってくると言って、席を立った。

「何があったの?」

と不安げにマサミが訊ねてきたが、「何でもない!」と笑いながら告げ、出口に急いだ。


 ダンス仲間が指定した場所は、練習場所から程近いブランコしかない小さい公園だった。


 雨はだいぶ小粒になってきたが、俺はとりあえず傘を差して連中がやってくるのを待っていた。


 入り口付近に見慣れた黒のミニバンが停車した。


 口の奥から歯軋りが聞えた。

 傘を開いたまま横に放ると、冷たい刺激が俺の首筋や半袖の腕に当りさらに苛立ちがつのった。

 一歩一歩踏み出す度に地面がザクザクと音を立てる。

 雨の香りを嗅ぎながら、右手が自然と強く握られた。


 B系のダボシャツを着たダンス仲間が三人、車から出てきて俺に一瞥した。


 そして、後部座席からふて腐れた顔をしている黒い短髪で縁なし眼鏡をかけた男が引っ張り出された。


 こいつがヤダガミかと認知した時、俺はキレた。


 ヤダガミの胸ぐらを掴むと公園まで引っ張り、振り回すように中央まで持って行った。

 よろけながらも何とか体勢を整えた奴のみぞおちに前蹴りをぶち込む。

 柔らかい感触をつま先に感じた。

 くの字で倒れた所を腕で防いでいるのもお構いなしに、三度ほどトーキックを食らわした。

 蹴る度にヤダガミの体は後ろにずれる。

 ダンス仲間があわてて俺を止めに入った。

 それでも追い打ちをかけるため、咆えながらふりほどこうと暴れたが、三人が三人とも巨体の上、喧嘩慣れしているのでふりほどく事が出来なかった。

 諦めて力を抜き肩で息をする。

 ヤダガミを見ると嘔吐していた。

 眼鏡がはずれて役割を果たしていない。

 全身既に砂や泥にまみれ、蹴られた腹を押さえながら俺を見ている。

 泣いているようだったので、俺もさすがにやり過ぎたと思ったが、そんな事は顔に出さなかった。

「おい!

 もう、マサミに近づくな!

 今度、近づいたら殺すぞ」

 ダンス仲間が俺を押さえる力を弱めた。

 俺もこれ以上追い込みをかける気はなかった。

 傘を拾う。

 三人が俺の肩を叩いて車に向かったので礼を言った。

 もう一度振り返り、奴を見たが、さっきと変わらない体勢で倒れていた。

 少し強くなってきた雨が倒れた奴の体を容赦なく打つ。

 死んでないよな。

 少し心配になったが、そのままマサミの所に戻った。

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