第29話


 その後、マジックポーション用の素材も同じように仕込みを終えたイオリは、休憩のため家の周囲を散歩していく。


 マイヤが留守番をして、イオリは肩にヴェルと隣にアルグロウを連れて歩いている。

 程よく陽の光が入る暖かい日で、穏やかな風が頬を撫でる――そんな気持ちのいい一日である。


「うーん、ぽかぽかしていて気持ちいいですね。少しお昼寝をしたくなってしまいます」

 集中して作業をしていたイオリは疲れを感じており、こんな陽気な日は日の当たる芝生の上でゴロリとすれば気持ちいだろうな――などと考えながらのんびりと歩いていく。


 ずっとこもって作業していたため、のんびり歩くだけでも凝り固まっていた身体がほぐれていくような感覚にイオリの表情はふにゃりとやわらかいものへと変わっていく。

 気づくと家の周囲だけと思っていたが、気分が良くなって街のほうまで散歩範囲を広げていく。


「――あれ?」

 すると、北門のほうからなにやら騒がしい声が聞こえてくる。


「っ……はやく治癒士を呼んで来い!」

「だ、誰かポーションをわけてくれッ!」

「痛い、痛いいいいい、ぐあああああ!!」

 北門前はまさに阿鼻叫喚といった様子であり、叫び声、鳴き声、助けを呼ぶ声などが飛び交っている。

 平和な日常とは打って変わった現状に、怯えた街の人たちが逃げ惑う姿もある。


「……な、なにがあったのでしょうか?」

 目の前に広がる悲惨な光景に驚いたイオリがそんなことを呟いていると、近くにいた噂好きの女性が状況を教えてくれる。


「なんだかね、最近北の山で強力な魔物が増えて来たっていう話を聞いて、冒険者ギルドが調査隊を送ったらしいのよ。でも、手も足もでなくて、みんな命からがら帰って来たみたい。でも、傷が酷くてポーションや魔法でもなかなか、ね」

 どこか不安そうな表情をしながらも女性は饒舌に状況を語る。


 通常、ポーションは怪我を治すために使うが、切り傷や擦り傷を治したり、大きな傷の臨時処置に使う程度である。

 回復魔法にしても、強力な魔法でもなければ大きな怪我を治すことはできない。

 それに加えて、回復魔法の使い手は少ない。


「――これは、まずいですね……」

 そう口にすると、イオリの足は自宅に向いていた。


 最初の数歩はゆっくりとだったが、気づけば全力で走り出していた。


「ほ、ほー!」

 普段のイオリからは想像できないほどの速さに驚いたヴェルは彼女の邪魔にならないように同じ速さで飛行して並走している。


「が、がう!」

 急な方向転換に驚いたアルグロウもイオリのあとを全力で追いかけていく。


 北門とは正反対の方向に必死に走っていく彼女のことを、すれ違った人々は怪訝な顔で見ている。


 そんなことはお構いなしで、イオリは足に魔力を込めて走り抜けていった。


「っ――はあ、はあ、はあ……」

 家に飛び込んだイオリは、乱れる呼吸、額に浮かぶ汗そのままに工房へと急ぐ。


「ふ、ふる?」

 急いだ様子で帰ってきたイオリを見たマイアがなにがあったのか、と不安そうな様子でイオリのあとを追いかける。


「ごめんなさい、事情は作業をしながら話しますね」

 少しでも早く戻りたいと思っていたイオリは手早くポーションとマジックポーションの仕込みをしておいた壺を近づけて並べる。


 そして、各壺に手をあてて魔力を流し込んでいく。


「それではこのまま話しますね。この街で活動している冒険者さんたちが北の山に調査に向かったそうです。どうやらそこには強力な魔物が多くいたようで、冒険者さんたちの多くが大けがをしてしまっていました……もしかしたら、長くもたない方もいると思います」

 急いで帰ってきて汗だくながら真剣な表情で魔力を注ぐイオリを見て、マイアは息をのんでいる。

 彼女の深刻そうな顔から状況が良くないのは現場を見ていないマイアにも伝わってきていた。


「街にどれだけ錬金術師さんのお店があるかわかりませんが、今日行ったお店のポーションの回復量では間に合わないと思います」

 だから、途中まで仕込んでいた自分が作ったものを使うのが一番である、と準備を急いで行っていた。


「先に仕込んでおいてよかったです。水の中に薬草類がよく溶けだしています」

 イオリが魔力を注いでいるポーションたちは、よく薬草たちをすりつぶしたことでしっかりと水の中に成分が出ており、仕上げ段階まできている。


 ここでもイオリ独自の方法をとっており、ポーションの熟成に魔力を使用している。 

 魔力量が多いイオリだからこそできる方法であり、通常は火にかけて、冷めてから数日寝かせることで完成する。

 だからこそ、北門の悲惨な状況を見たイオリは、街の在庫があっという間に枯渇することは目に見えると判断してここへ戻ってきたのだ。


「――もっと、もっと魔力を!」

 その段階をスキップさせるため、また効能を高めるためにイオリは自らの魔力を使用している。

 しかも通常時の魔力よりもさらに練り上げ、少しでも早く生成できるようにいつもにまして魔力を込めていた。


 それをヴェル、マイア、アルグロウは真剣な表情で見ている。

 なにか力になりたいが、邪魔をしないのが一番の協力だとわかっているため言葉すら発していない。


 魔力のオーラが見えるほどに真剣な表情のイオリはひたすら魔力を流し込んでいたが、二十分ほど経過したところで完了した。


「ふ、ふう、なんとか、できましたね……」

 普段ならゆっくりと魔力を流しながら作るものだったが、今回は急ぎだったため流し込む魔力量を多めにしていた。


 それゆえに、彼女の疲労も色濃い。


「ほーほー!」

 すると、ここでヴェルが口を開く。


「えっ? えっと、ポーションはこれで完成したのか、ですか? はい、あとは小瓶に詰めるだけになりますが……」

 それがどうかしたのか、と疲労の色をにじませた顔をしたイオリは首を傾げている。

 創造スキルを駆使していることもあって、急に魔力を大量に流しても彼女のポーションづくりに影響はなかった。



「ほっほほー!」

 それを聞いて頷いたヴェルは飛び上がると、二つの壺に羽から出した光を注いでいく。


 森に行った時に、疲れていたイオリを癒すためにやったのと同じように。


「癒しの光……」

 優しく温かな光をぼんやりと見ていたイオリがポツリと呟いた。

 この光によって自分の身体は癒された、そして今回もポーションが光を放ち始めているのが見える。


 それらを総合すると、自然とこんな名称がつけられていた。


「ほー……」

 やはりこれは体力を使うようで、ヴェルは少し疲れた様子でゆっくりとアルグロウの背中に降り立った。


「こ、これは……」

 イオリが作ろうとしていたのはポーション(強)というもので、回復量の高いポーションだった。


 しかし、彼女の鑑定によって出た結果は異なっていた。


*******************************

名前:ハイポーション(強)

効果:通常のポーションよりもはるかに効果の高いハイポーション。

    その効果が強化されたものであり、大きな怪我を治すことができる。

    エクストラポーションと呼ばれることもある。

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 明らかに一般的な錬金術師が作るものを上回るオーバースペックだった。


「さすがに効果が高すぎるような気がしますが……でも今はこれのほうが役にたちますね!」

 一瞬の躊躇があったが、誰かが死んでしまうよりはましだとすぐに切り替えると小瓶にポーションをいれていく。


 全部でニ十本のハイポーション(強)を作り、残りの十本にはハイマジックポーション(強)をいれて完成とする。


「残りは……収納しておきますか」

 このままにしておいてもよかったが、万が一誰かが侵入した際に困ってしまうため、自身で持っておくことにした。


「――それじゃ戻ります!」

 そして、イオリは再び街の北門へと急いで走って向かって行った……。


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