伝説の刀鍛冶が包丁を打った理由

武藤勇城

一、「また来たか。帰れ、帰れ!」

 戦国時代。


 それは、多くの大名が日本各地で名乗りを上げ、一国一城の主となり、天下の覇権を握ろうと競い合った時代。

 一介の素浪人が機に乗じ、また大名に見出され、下剋上を果たした例も多かった。


 その各地の武将・大名を裏で支えた人々がいる。

 鍛冶師である。


 これは、戦国の世で名刀を打ち続けた一人の刀鍛冶の物語―――。




―――夢を見ていた

 トンカンカン

 鍛冶場に鳴り響く鎚の音

 たくさんの弟子たちが所狭しと鎚を振るう

「おやっさん! 見てくれよう。良い出来だろう? 傑作だよう」

「なあに、まだまだじゃあ! もっと精進せい」

「ちぇッ、たまには褒めてくれても良いだよう」

 笑い声が響き渡る―――



―――ドンドンドン

 扉を叩く音に目を覚まし、扉を開ける。

 そこにいたのは、よく見知った顔であった。


「また来たか。帰れ、帰れ!」

「しかしよう、おやっさん。いい加減、刀を打ってくれよう」

「駄目じゃあ! ワシはもう、あのような人殺しの道具を作るのはやめたんじゃあ!」

「だけどよう、そろそろ稼がねえと、工房を畳むしかねえでよう」

「工房? そんなもの、もう必要ない」

「おやっさん・・・」


 もはや何を言っても無駄だ。

 そう悟ったのか、二十歳そこそこの無精ひげを生やした青年は、首を振りながら、その場を後にした。

「・・・世話んなっただよう」

 小声で呟いた声は、おやっさんの耳に届いていただろうか。

 男はそれきり、二度と戻る事はなかった。


 部屋に一人残された、おやっさんと呼ばれた人物。

 年のころは四十か五十か。

 伸び放題の長い髪も髭も、半ば白くなっている。

 すすで真っ黒になった顔や体は、長い間、水浴みもしていないのだろう。

 部屋中を飛び回るハエが集るのを、時折、煩わし気に追い払っていた。


 かつては、この工房には何十人もの弟子たちがいて、五つある炉から火が落ちる暇はないほどであった。

 戦国の世に刀は必要不可欠な品であり、その需要は計り知れない。

 おやっさんが直々に打った切れ味鋭い刀だけではなく、弟子の作った出来損ないの刀であっても十分な値が付いた。

 いくら打っても足りず、常に需要が供給を上回った。


 中でも出来の良い刀は、地元の豪族や大名が直接買い付けに訪れ、また、稀にやって来る豪商などが、目玉が飛び出るほどの金子を対価として置いて行った。

 それを元手に鉄を買い集め、また刀を打った。

 弟子たちが入れ替わりでおやっさんの世話を焼き、空いた時間には遊郭を訪れて豪遊できるぐらいには、稼ぎが良かった。


 千六百年。

 慶長五年。

 関ケ原の合戦が勃発。

 それと前後して、江戸周辺では農民が刀など武器を持つことが禁じられた。

 刀狩である。


 いくら名刀を打つ熟練の鍛冶師であっても。

 付近に名を馳せた鍛冶場であっても。

 時代の奔流には逆らえなかった。


 需要が減るのと同時に、時流を見て、弟子たちは一人、また一人と工房を去って行った。

 それでも完全に需要がなくなったわけではない。

 武家や大名からは変わらず注文が入ったし、よく出来た刀には以前より更に高い値が付くことさえあった。


「親父殿。刀を一振り、所望したい」

 そう直談判に来たのは、お江戸の城に仕える武将の一人である。

 昔から、おやっさんとは懇意であり、戦争が起きる度に、何百本、何千本単位の刀を注文した。

「もう戦は終わったんじゃあないのか」

「もう終わる。終わらせる。これからは平和の時代が来る」

 断言する男は、おやっさんより一回り下ぐらいの年齢だろうか。

 顔や体中にある刀傷は、幾度となく戦場で、死地を潜り抜けたつわものの印だ。

 深く刻まれた皺はあるが、髪はまだ黒く、整えた髭には気品が漂っていた。

「ならば不要じゃろう」

「いや、此度の品は人を斬るためではない。親父殿の打つ刀は、芸術品として素晴らしい。そして万が一の時に命を護るもの、護身用でもある。これを将軍様に献上しようと思ってな」

「上様に?」

「ああ! そうだ! 名誉だろう!」

 やや考え込むおやっさんに、畳みかけるように続ける。

 この世に一本しかない、素晴らしいものを、是非作って欲しいのだ、と。

「人が人を殺す時代は終わるんだよ、親父殿! それを成し得るのは、拙者の仕えるあの御方だけだ」

「時代が・・・終わる・・・」

「そう! 時代は変わるんだ。親父殿の刀は、その道しるべになるぞ」


 かくして、おやっさんは残った弟子の中から、特に腕の立つ者二名を助手に選ぶと、刀を打ち始めた。

 三日三晩かけて作り上げたその刀は、過去に打った数多の刀の中でも、一、二を争うほどの出来栄えであった。

 同じ最高級の玉鋼から、二本の刀が作られた。

 真打と影打。

 新しい世にちなんで、銘を『有明ありあけ』とした。


「おお! これは素晴らしい! さすが親父殿であるな」

「有明じゃあ。戦のない世に」

「ああ! 戦のない世に、きっとしてみせるさ! お代は後刻、使いが払いに来るから、期待して待っておれ」

 満足げに二振りの刀を抱え、男は帰って行った。


 風の噂で、真打は将軍様に献上された後、剣の腕が特に立つという五番目の息子の手に渡ったという。

 また、影打の方は、依頼に来た武将の居間に大事に飾っていると、本人の口から伝えられた。

 満足のいく仕事が出来たと、残っている弟子を集めて宴会が開かれた。


 これが、おやっさんにとっての、最後の大仕事であった。

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