第6話

 社用車に乗り込む。運転手は部長。

 とりあえず移動中に資料に目を通す。

「これって、東御ホテルグループが新しく始める旅館の?」

「そう、キャンプも流行りだし、バンガローのような小さな建物の集合体のような旅館。テントのような空間で、それぞれの部屋にトイレと眺めの良い家族風呂付」

 ん?バンガローは確かにテントのような簡易宿泊施設だったと思う。ベットとかもないって。でも、トイレや風呂などの設備がついていれば、コテージと呼ばれるものじゃないかしら?

 いえ、コテージだと簡易キッチンまでついていたりもするから、ロッジ?ああ、もうそうなると山小屋ね。旅館のイメージが全くなくなってしまう。

 そもそも、コテージと旅館との違いって何かしら?

「観光地を楽しむために宿泊するための旅館ではなく、旅館での時間そのものを楽しめる旅館というコンセプトだ」

 部長の話に耳を傾けながら資料を開いていく。

「中心に旅館の本館、2階建てで大浴場が2つ、食堂や売店のある建物が立つんですね。その南側と東側に、独立の個室となっている離れを、20棟……」

 ん?

「部長、旅館で、小さな貸し切りの離れがある施設は、それほど珍しいものではないのでは?」

「だからコテージだよ。今までの旅館の離れなんて、高級宿のイメージしかないだろう?それを、ファミリーでもキャンプに行くように気楽に楽しめるリーズナブルな価格で繰り返し楽しめるようなものを……というらしい」

 ああ、なるほど。

 確かに、旅館の離れで、貸し切りお宿なんて……高そう。高級そう。

 子連れの家族で1泊したら10万とか軽く飛びそう。老夫婦だとかラブラブ期のカップルだとか、金持ちだとか、人目を忍ぶ不倫カップルくらいしか使わなそう。

 少なくとも、私には縁がなさそう。

 そもそも東御ホテルって、ちょっと高くて、使ったことないんだよね。ビジネスホテルしか使ったことがない。とはいえ……。

 なかなか旅行にすら行けてないんだけどね。友達と一緒になんてありえないし。優斗を連れて旅行も、数える程度しか行ってない。

 資料をめくると、確かに旅館の離れとして、和風の建物ではあるものの、必要以上に過剰な装飾はされていない。割とシンプルな部屋だ。

 家族風呂として美しい景色を見ながら入れる露天風呂はなく、普通のホテルにあるようなトイレと風呂。和室は8畳ほどの部屋が1室のみ。

 囲炉裏を囲む部屋がついているだとか凝ったコンセプトルームは一切なし。

 逆に、外見だけは和風の建物だけれど、中は洋室で、畳も床の間もない物もある。

「ほれ、食事なしプランで、建物の目の前でバーベキューができる施設がついてる離れもあるだろう?旅館のいいところと、キャンプ場のいいところをミックスした新しい宿を目指すんだと」

 ふぅーん。

 資料をペラペラめくりながら、首をかしげる。

 ターゲットは、ファミリーだけなのだろうか。

 竹林の小道を通ってとか、庭に鹿威しがとか、高級旅館の離れっぽさも要所要所に見える。

 キャンプをさらに豪華にお手軽にしたグランピングの、さらに豪華版?

 高齢者にもキャンプ気分を気軽に味わってもらえるようにっていう方向なの?

 それともファミリー層にも気軽に旅館を楽しんでもらおうっていう方向なの?

「本館の施工会社はすでに決まってるんだよ、あとは、20棟の離れ。その仕事が採れるかどうかだ。東御グループの仕事が取れて結果を残せば、これから新しく旅館を立てるたびに声がかかるかもしれないからな」

 うわー。なんか結構重要な案件だった。責任重大じゃない。

 ……緊張するよ。

 まぁでも私は言われた資料配布と、PC操作をすればいいんだよね。

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