その4

《えー、アカリちゃん。店に来られないの? 僕との同伴の約束はー?》

 仕事用のスマホで例の水口にお詫びのメッセージを送ると、そんな一文が返って来た。

 あの一件以来、店から休めと言われて私は自分の部屋に引きこもっている。無期限の休みに入って一週間ほど経過したけれど、時々、私の肌を何かが触っては心臓がバクバクして何も出来なくなるというのは相変わらず続いていた。

 家の中で出来る配信もやる気にはなれなかった。SNSの更新も止まっているとやはり固定客から私のことを心配するメッセージがSNSやショートメール経由で送られてくるので、ソレを律儀に返すくらいのことしかできなかった。

 あの水口からも、《最近女神様アカリちゃんの姿が見えなくて寂しいよ。体調でも悪いの?》というメッセージがSNSのDM経由で送られてきたのだ。なので、《ごめんねー、アカリお店から休めって言われてお店にいけないのー》ってメッセージを送ったところ、前述のメッセージが返って来たのだ。

 そういえば同伴の約束をしていたっけ、すっかり記憶から抹消していたけれど。お店を無期限で休みになってよかった唯一のポイントがこれだった。

《まだ体調が悪いからアカリが元気にお店復活出来るまで、同伴待ってね☆》

《……分かった》

 とちょっとお茶目に返信すると、渋々水口も納得してくれたようだ。ホッと一安心でスマホを置こうとしたら、通知音が鳴る。恐らく、水口がメッセージを投げてきたのだろう。

「何? しつこいな」

 私が若干イライラしながらスマホの画面を見ると、水口からとんでもないメッセージが送られてきたのだ。


《女神様の体調がそんなに悪いなら、これから僕がお世話しに行くよ!》


 水口が私のお世話……? 何を言っているのかさっぱり分からない。

 そもそも私の部屋がコイツに分かるハズがない。あまりの怖さに冷や汗が止まらない状況で水口に返信を返す。

《アカリ一人で大丈夫だし、水口さん、アカリのお部屋知らないでしょ?大丈夫だよ》

 返信はすぐに来た。


《アカリちゃんの部屋なら知っているよ》


 なんで?! なんで知ってるの? パニックになりながらもコイツには絶対に来て欲しくないという考えだけが頭を過ぎる。

《大丈夫だから! アカリは心配要らないよ》

《大丈夫。アカリちゃんは僕が守るから。数分でそっちに向かえるからね》

 数分?! そんな短い時間でアイツが私のところへ来てしまう。何とかしなきゃと私は涙目になりながら急いで玄関のドアチェーンをかけ、急いで掛け布団と一緒に部屋のクローゼットへと身を潜めた。

 すると、予告通り数分でチャイムが鳴る。

『アカリちゃん。水口だけど、体調は大丈夫かい? 開けてくれない?』

 ドンドンとノックの音もする。その音とハモるかのように心臓もバクバクと打ち付けるようになった。

『アカリちゃん?』

 私が返事しないからか、水口のドアを叩く音をドンドン強くっているような気がする。

 怖い。早く帰って欲しい。クローゼットの中で息を潜めながら私は必死に目を閉じて祈るしかない。

 すると、ピタッとノックの音が止んだ。私の祈りがもしかして届いたのかなと安堵しているのも束の間。


 ガチャ。


 ドアの施錠が解かれる音。そう、水口は鍵を何かで開けたのだ。

 もしかしたら合鍵を持っていたのかもしれない。しかし、ドアには私が咄嗟にかけたチェーンロックがかかっており、水口は部屋に侵入することは出来ない。

『もうアカリちゃん。この僕が折角アカリちゃんのお世話してあげようとしているのに酷いなぁ、僕を入らせないようにするなんて。歓迎してくれたっていいんじゃない?』


 ガシャン。


 金属が切られた音がした。うそ。チェーンロックがもしかして切られた? 何処まで用意周到なの。コイツ。

 キィと扉が開いて、ヒタヒタと足音がどんどん近づいてくる。きっと水口が私の部屋に侵入できたのだろう。

『アカリちゃん、どこー? 隠れてないで出ておいで?』

 水口が私の部屋中を歩き回る足音が聞こえる。私を探しているんだ。怖い。

『アカリちゃーん?』

 いつも気持ち悪いと思っていたねちっこい声に今日は恐怖を覚える。なるべく呼吸を小さくして、見つからないように必死に祈る。

『しょうがないなぁ……。今日は帰るかなぁ』

 私が見つからないからか、水口は諦めて帰ってくれるようだ。やったと喜んでいたとき、


 ペタ。


「……!」

 また何かが今度は私の腕を触る。声が出そうになって急いで口を覆った。こんな最悪なタイミングで来ないで欲しいと本気で思った。

『ん? アカリちゃん何処かに居るのかなぁ?』

 少しの物音が水口の耳にも入ったらしく、再び私を探し始める。お願いだからとっとと帰って!

 ヤツの足音はどんどん私が隠れているクローゼットの方へと近づいてくる。これでもし声でも出してしまったら見つかってしまって終わりだ。さらに私は慎重になっていたのにも関わらず。


 ペタ。


「ヒ」

 今度は私の首に何かが触る感覚が。耐え切れず、小さい悲鳴が口から漏れる。

 すると、水口の足音が止まった。

 ヤバイ。


『アカリちゃんみーつけた』


 クローゼットの扉が開かれ、そこには、水口がいつも通りの気持ちの悪い笑みを浮かべ、私のことを凝視していた。

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