その3

「いっっだぁ!」

 朝、体を動かすととてつもない痛みが走って雄たけびを上げながら目を覚ます。全くもって寝起きは毎回最悪だ。

 俺は眼に涙を浮かべながら、ベッド横の痛み止めに手を出す。横にはちゃんとペットボトルの水も用意して俺は痛み止めと一緒にぐいっと水を飲み干した。

「ふぅ……。これで暫くは何とかなるか」

 痛みが引くまで暫くベッドで安静にする。その間に痛みが再び出てくるまでの間に何をするかというスケジュールを脳内で描いて行った。

 痛みが引いてからは時間との勝負だ。まずは部屋の掃除、ゴミ出し、洗濯ととりあえずの家事を行って、必要な食料の買出しへと向かう。

 買出しが終わったら次は動画撮影だ。最近は自分の体と相談してあまり無茶なチャレンジャー企画は行わないようにしてきた。無茶なことをして痛み止めの効果が早く切れてしまったらソレこそ動画撮影どころではなくなってしまう。

 無謀なチャレンジ企画を待ち望んでいた視聴者もいるだろうからマンネリ化とか言われそうだけれども、本当に許してくれ! 治ったらどんな無茶だってやるからっ!

 動画撮影を何件かこなすと次第に痛みが復活し始めてくる。座れないくらいに痛みが再発する前に、パソコンへと向かい取り溜めていた動画の編集作業へと進み、座るのが辛くなってきたら、ベッドに戻って静養するのが最近のルーティンとなっていた。

 いくら薬を飲んでも症状は一向に楽にはならない。辛うじて痛み止めが効いているって感じだが、それも時限式だし処方されている量が限られているのでそんなに湯水のように飲み続けることは出来ないのである。

「一度大きい病院で精密検査受けてみるかなぁ……」

 あまりにも辛いので俺は寝たままこの間診察してもらった病院に電話をして、先生から大きい病院へ紹介状を書いてもらうように頼んだ。大きい病院の許可が下りれば予約日をご連絡しますねといって電話が切れる。


 二日後、無事予約が取れたので向かってくださいと言われ、予約日に痛い体を何とか動かしながら向かったのは大学病院付属のペインクリニックだった。

「ココでは希少な症例も出ていますから武井さんの力になれるかもしれません」

 担当の先生はそう言って励ましてくれ、俺は少し安心して検査へと向かった。

 一通り指示された検査が終わり、検査結果が出るまで数日かかるということで、俺は家へと戻ることに。

 でもこれで原因不明だった俺の痛みの正体が分かると思えばなんとなく痛みが軽くなった気もする。


 しかし、数日後先生から言われたのはやはり俺の痛みは原因不明のものだということだった。

「そうですか……、やっぱり原因不明なんですね」

「すいません。検査の結果何処も異常は見られないのですよ。これでどうして痛みが発生しているのか全くコチラも見当がつかなくて」

 大学病院の先生も凄く申し訳なさそうな顔をする。

「やはり最初の病院で診断された精神的なものだと考える方が妥当じゃないかなぁというのがコチラの意見ですね。お仕事が忙しいのでしたら暫く休養するとかどうでしょうか?」

「はぁ……」

 俺は重たいため息を吐いて帰路につく。痛みと落胆で体はどんどん重たく感じるそんな帰り道だった。

 帰ってからベッドに転がり、頭の中で大学病院での先生の言葉を反芻させてみる。

『お仕事が忙しいのでしたら暫く休養するとかどうでしょうか?』

 精神的にくるものだとしたら、俺の体は動画投稿をし続けることに苦痛を覚えているのか? いやいや、俺はチャレンジャー企画を動画投稿することはライフワークだと思っているし、これからもずっと動画主として仕事をしていきたいと思っているんだ。苦痛だと思ったことなんて一度もないんだ。

 でも、少しだけ無茶をやってきたことは確かだ。ここはやっぱり休養するべきなんだろうか?

 結論を決めないまま、俺は疲れからか寝てしまった。


 痛み止めを飲みながら騙し騙し生活してきて半月ほどだった。体もだんだん痛み止めに慣れてきたのか、痛みが引く感覚が半日……6時間……そして、3時間とだんだん短くなってきたことがネックだった。

 3時間しか効果が無いんだったらもう家のことをするだけでタイムオーバーになる、とても動画撮影をして撮り貯めするような時間なんてない。

 とりあえず今ストックしている動画を編集してから投稿することしか出来なくて、それもやがて尽きてしまって、暫く動画投稿すら出来なくなっていた。

 ストックがなくなってしまった日、SNSに諸事情で動画投稿をお休みするというメッセージを入力し、俺はベッドへと寝転がり絶望に打ちひしがれていた。

 すると、DMが届いたことを知らせる通知音が鳴った。俺はボーっとしながらその通知をタップすると、例のかれんちゃんからDMが届いていたのだ。俺はビックリして飛び起きるが、

「いってぇ……」

 あまりの痛みで悶絶しながら再びベッドへ寝転がる。


 《ウィナーさんへ。コメント読みました。動画投稿をお休みなされるそうですね。とても心配しています。》


 彼女からのDMは俺が動画投稿をお休みすることを心配する内容のメッセージだった。


 《ただの視聴者でファンなだけの私ですが、何か悩み事があれば相談に乗りますので、いつでも頼ってください》


 そのメッセージを見た瞬間、俺は不意に泣き出してしまった。ずるいよ、かれんちゃん。こんなメッセージ送ってきたら惚れちまうだろぉ……。

 ゴシゴシと服の袖で涙を拭いてから俺はDMへ返信をする。


 《メッセージありがとぉ! なんか心配かけたようですんません。でも俺は絶対パワーアップして帰ってくるから待っててくれよ! ちょっと悩み事もあったんだけど、かれんちゃんにそう言ってもらえると俺も感謝感激アラレ模様だぜ☆》


 メッセージを送ると、彼女からの返信は間髪いれずに帰ってきた。


 《いつものウィナーさんで安心しました。もし良かったらリアルに逢ってお話がしてみたいです。悩み事わたし聴きますんで。聞いたら少しでも心が軽くなると思うんですよ》


 彼女から帰ってきた返事は直接逢ってみたいというとんでもないものだった。普通はこういう誘いは断るのが一般的なんだけれども、俺は何だか完全にかれんちゃんの言葉に浮かれきっていた。


 《是非逢いましょう!》


 と軽々逢う返事をしてしまったのだ。


 《わっ。本当ですか?! とても嬉しいです、では……》


 彼女は逢う日時と待ち合わせ場所を指定してきた。かれんちゃんの住んでいる場所が全く分からなかったので遠くの場所を指定されるのかとヒヤヒヤしていたのだが、結構近場の場所を指定してくれたので安心したのは確かだった。

 二つ返事で俺は了承の返事を送った後で、こんな全身が痛む体で人に逢うのは大丈夫のかとふと考えてしまったが、まぁその時は痛み止めを沢山飲めばいっかー。かれんちゃんさぞかし可愛いんだろうなぁーとすっかり痛みに対する心配事は消え去っていたのだった。

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