その2

 そんな偽者共有アプリのことなんかすっかり忘れて半月ほどたった。

「どの服着て行こう、悩むー」

 今日は友達数人と久々にランチへ行こうと誘われていて、私は着ている服に悩んでいた。

 このワンピはこの間着て行ったし、かといってこのパンツスタイルは行くお店に合ってない気がするしー!

 クローゼットの中を漁って服を考えるがなかなか決まらなくて困っていた。出かけようと思っていた予定時刻も迫っているのに。

「あーもう!」

 自棄になりながら服を選んで着替える。TPOには合わせているからセーフセーフ!

「いってきます!」

 勢いよく家から飛び出し、振り向いて家の玄関に施錠をして私は待ち合わせの駅前まで駆け出そうとした。

 その時、背後に何か気配を感じて、ビックリしてバッと後ろを振り返った。

「えっ、何?」

 振り返ってはみたけれども、そこには人気は一切無かった。

 おかしい、何か気配みたいなのを感じたのは確かだ。私は首を傾げて、待ち合わせ場所へ向かう振りをしてもう一度振り返る。しかし、やはり人の姿なんて確認できなかった。暫く見てみたけれども、通りに人が通る様子も無い。

「おっかしいなー。誰かが見ている気がしたんだけど」

 気のせいだったのかな? とスマホを見ていると待ち合わせの時間五分前になっていた。

「やっばーい! 急がなきゃ」

 私は待ち合わせ場所へと走った。


「あかねおっそーい」

 もう待ち合わせ場所には友達全員集まっていた。

「ごめんごめん。出かける準備が遅れちゃって」

 息を切らしながら私が謝ると、でも時間通りだから感心感心とみんな許してくれた。

 ランチで行った先はガーデンテラスがある。綺麗な洋食屋さんだった。

「わー! 庭が綺麗だね」

「でしょー。この間テレビで放送されて気に入ったから予約してみたの」

「見た見た! あの俳優さんがオムハヤシ食べていたところでしょ。来てみたかったんだー。ってか今日は貸切状態じゃん」

「ねぇねぇ! ランチには食後にミニケーキ付くって!」

 そんな他愛のない話をしながら予約した席へ座ってメニューを見る。

「何頼もうかなぁー」

 私はうきうき気分でランチのメニューを見ていた時だった。


 まただ、また誰かの視線を感じる。


 私はキョロキョロと周囲を見回した。しかし貸しきり状態のガーデンテラスの中には私たち以外誰もいるわけが無かった。

「ねぇ、あかねどうかした?」

 私が挙動不審の仕草をするのを心配してか耳打ちするかのように友達が訊いてきた。

「えっ、いや、ステキなお庭だなぁーって思って見回してたの。ちょっと不審だった?」

 さっきと同じできっと私の気のせいだ。そんな事で友達に心配をかけて欲しくないと思った私は必死で嘘を付いた。

「そう? ならいいんだけど。メニュー早く決めちゃいな」

「あー、うん。そうだねありがとう」

 私はそれ以上悪いことを考えないようにメニューを必死に睨めっこしていた。


 友達と雑談をしながらご飯を食べていてもやっぱり誰かが私を見ているという固定観念を拭い去ることができなくて、友達の話を話半分にしか聞く事が出来なかった。運ばれてきたハヤシライスもいつもなら絶対に美味しいはずなのに、心配なことが先行してなかなか美味しさを感じることが出来ない。

 この店には二時間ほど滞在する予定だったけれど、いつもならあっという間の二時間も地獄のように長い時に感じられて、時折何度も心配されたけれども、なんとかごまかしてランチを終えた。


 折角の楽しいランチ会も私の変な気分で台無しになってしまって、凹んだ帰り道。

「あかねー!」

 声がして振り向いたら、其処にはさっき駅で解散したはずの、ランチの時に心配して私に真っ先に訊きに来た友達が私のことを追いかけてきてくれたのだ。

「あかね、まだ時間ある?」

「うん、まだあるけれど?」

「よかった、ちょっと其処のカフェ寄らない?」

 彼女が指差したのはチェーン展開されているカフェ。

「でも……」

 まだ視線のことが気になる私はさっさと家へ帰ろうと思ったのだが、彼女が私の手首をぐっと掴んで、そしてコンパクトの鏡を私に突きつけてきた。

「そんな顔で帰ると通行人に心配されるよ」

 そう言われて鏡を見ると、私の顔は青白くなっていた。きっと心配事を考えていたから表情になって出てしまったんだ。

「とりあえず、落ち着いたところで一旦休憩してから帰りなよ。ついてあげるから」

 彼女に優しく肩を抱かれ、私はカフェに入り、椅子へと腰掛ける。


「ほら、これでも飲みなよ」

 人気メニューの暖かいソイラテを彼女から受け取る。

「ありがとう。そうだ、お金……」

「いいから。で、今日は様子がおかしかったけれど何かあった? 私でよければ相談に乗るけど?」

 やはり彼女は私の一連の行動を見て心配だったらしい。

「ありがとう。大丈夫だから」

 ここで私の心配事を話して更に心配されても困る。そう思った私は口を閉じる。

「こんなこといらない世話かもしれないけれど、私は何言われてもビックリしないし、黙っているのはあかねらしくないぞ? ほら、何でも言って?」

 どうやら彼女には私の考え事なんて筒抜けらしい。そんな頼もしい彼女を見てフフッと噴出してしまう。

「笑ったなー。心配してあげているのにー。このこのー」

 彼女も笑いながら私にちょっかいをかけて来た。和ませようとしてくれているのだろう。大変有難かった。

「ありがとう。えっとね……」

 私は彼女に私が抱えている心配事を打ち明けることにした。


「誰かに見られている……ねぇ……」

「そうなの」

「でも、振り返っても誰もいないと」

「うん……」

 彼女は私の話を真剣に聞いてくれた。

「変な話だよねー。誰もいないのに見られている気がするって」

「あっでも、私の気のせいかもしれないから。あまりそんなに真剣に聞かなくていいよ」

「真剣に聞くに決まってるじゃない。友達が怯えてるんだよ、見捨てられないじゃない」

 彼女はそう言ってソイラテをグイっと飲む。

「最近は巧妙な手口が付きまとうストーカーとかいるからね。気をつけないと駄目よ。あかねは何か付きまとってきそうなヤツとかに覚えあるの?」

 彼女からそう言われて考えてみるが、私には彼氏も居なければ、恨みをかった様な人物も見当がつかない。首を横に振ってみせる。

「心当たりなしかぁー。視線を感じ始めたのは今日くらいから?」

 彼女の問いに頷こうとしたけれど、ふとここ最近を振り返ってみる。そういえば大学での講義中もバイト中も何かの視線を感じていたシーンはいくつかあったような気がする。

 久々のオフだったから余計に視線を感じてしまっただけで、ここ数日誰かに見られているような感覚は確かにあったのだ。

「ここ数日見られているような気がするかも」

「ここ数日かー。ということは明らかにあかねのことを見ているってことになるわね。わかった、私、そういう調査をする探偵の人と親が知り合いでさ、ちょっと頼んでみるよ! まっかせなさーい」

 彼女の言葉が神様からの言葉のように聞こえた。

「ありがとー!」

「よし、顔色も良くなったね。家まで送ってあげる」

 心配してくれた彼女に送り届けられて、無事家へと戻った。


 帰ってから自室でくつろいでいると、相談した友達からショートメッセージが届いた。どうやら、視線の件について調査をしてくれるらしい。何か分かったら逐一連絡をしてくれるという。マジで有難い。

 ホッとしたら何だか今日の疲れが一気に出てきて私は眠りに落ちてしまった。



 夢の中で沢山の目玉が私のことを凝視している。


 見ている。見ている。見ている。見ている。私を見ている。

 いくら逃れても目玉の視線は私から逸らすことは無かった。

 じっと私のことだけを見ている。


 その怖さに私は布団から飛び起きる。そんな日々が何日も続いた。

 視線は外出中だけに留まらず、家の中でも感じる。よくホラー映画にありそうなクローゼットの中や引き出しの中を一応探しては見たけれども、人も居なければ、盗聴器みたいなシロモノすら発見することは出来なかった。


 そんな恐怖の日々を過ごして一週間経ったある日、調査を頼んでもらっていた彼女からショートメッセージがやってきたのだ。


 其処にはとあるURLが添えられており、今すぐ見て、と一言だけメッセージがあった。


 私はそのURLからページを覘くと、とんでもないページへと飛ばされたのだった。

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