第5話「どの口が言うのかしら?」
5話
一人残されたレイモンド様がフラフラと立ち上がる。
音もなく歩き出すレイモンド様に手向けの言葉を送る。
「昨日婚約破棄の話し合いの場にお二人が立ち合い、誠心誠意私に謝罪されたのなら、慰謝料は減額してもよかったのですよ」
レイモンド様が振り返りすがるような目で私を見る。
「……そのような話し合いの場が持たれるなど俺は知らなかった」
「そうですか? イエーガー公爵はあなたに『学園が終わったら真っ直ぐ家に帰るように申し付けた』と話していましたが」
イエーガー公爵には婚約破棄についてレイモンド様を交えて話し合いがしたいと、事前にお伝えしましたからね。
「それは……」
レイモンド様が言い淀み、視線を逸らした。
イエーガー公爵の言いつけを無視して家に帰らなかったのですね。
イエーガー公爵も学園にレイモンド様を迎えに行き、無理矢理にでも家に連れて帰るべきでした。
イエーガー公爵は私がレイモンド様の不貞についてあれこれと申し立てをしても証拠なんてない、何とでも言い逃れ出来ると高を括っていたのでしょう。
女王陛下の立ち合いのもと数々の証拠を突きつけられ、イエーガー公爵は初めて顔を青くされました。
「イエーガー公爵は『息子を呼んでくれ! これからはレイモンドを厳しくしつける! アリシア嬢に謝罪させる! アリシア嬢を大切にするように諭す! 二度と浮気などさせない!』とみっともなく叫んでいました」
本当にこの期に及んでどの口が言うのかしら?
散々私からの報告を無視し、私とフィルタ侯爵家を軽んじておいて、証拠を出され追い詰められたら、土下座して口先だけの謝罪をする。土下座をすれば許されると思っているから質が悪い。
母も私も女王陛下もイエーガー公爵の土下座になど一ミリも心を動かされませんでしたけど。
父は婚約破棄の話し合いの場に参加させませんでした。泣き落としに弱い父は婚約破棄の場に不向きだと母が判断しました。
「あまりにイエーガー公爵が騒ぐので女王様が近衛兵に命じレイモンド様を呼びに行きましたの。レイモンド様はミランダ様と宿屋でお楽しみの最中でしたわ。その知らせを聞いた母と女王様は激怒、イエーガー公爵はお顔を真っ青にされておりましたわ」
私はレイモンド様の浮気には慣れっこなのでまたかと思いましたが、母と女王陛下は違ったようで、二人の怒りは凄まじかったです。
「母が婚約破棄の他に、イエーガー公爵家との取引を今後一切行わないと決めたのはこの時なんですよ」
イエーガー公爵の言いつけを守り家に帰って軽い頭を下げれば、小額の慰謝料を払う程度で済みましたのに。
浮気相手と宿屋でお楽しみだったとは、身から出た錆、自業自得ですね。
レイモンド様は反論する力もないのか、キッと私をにらみつけただけで踵を返しました。
食堂にいた生徒が冷ややかな視線をレイモンド様に送る。クスクスと笑い、ひそひそと悪口をささやき、中には大声でレイモンド様を罵倒する者もいた。
レイモンド様はまだ食堂にいらっしゃるのに、皆様容赦ないですね。
レイモンド様は自分より身分の低い方、特に殿方に辛く当たっていましたからね、恨まれていたのでしょう。
レイモンド様の姿が完全に見えなくなるのを待って、私は食堂にいる方々に頭を下げた。
「お食事中の皆様、大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。お詫びに今日のランチは私がごちそうします、どうぞお好きなものを召し上がってください」
食堂にいた生徒から歓声が湧いた。歓声を上げた人の中に先生が交じっていたような……気のせいでしょうか?
おかわりや追加注文をする生徒がカウンターに列をなした。
食堂のメニューはピンからキリまである、下位貴族の生徒や平民では高価なメニューは注文できない。この機会に食べておきたいのだろう。
おかげで食堂のシェフは大忙し、後で彼らのこともねぎらってあげなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます