第23話 平和的解決は無理なようで
銀龍の咆哮に応えるように雪が降り始めた。
風が強くなり、肌を刺すような魔力のうねりが目の前の巨体を中心に山頂を覆っていく。
「なっ……!」
離れていたフィオーナ達から驚愕の声が上がり、ハッとして振り返った時には山頂の外周を雪の壁が囲んでいて、誰一人その場から逃げられなくなっていた。
「キシャアアアアアアアッ!!」
「くっ」
威圧とも取れる咆哮に鳥肌が立つ。
だが、それだけ。
動けなくなるほどではなかったが、それは俺個人の話だった。周りの様子がおかしくて注意して見てみればリットとヴィンの顔は真っ青だったし、殿下はいまにも崩れ落ちそうだし、そんな三人を庇う親父さんとフィオーナも顔色が悪い。
そう、フィオーナもだ。
防御力は紙でも、精神的な耐性は相当高いはずなのに、それでも……?
その疑問に答えたのはまさかの銀龍本人。
『この場には分不相応な弱き者よ』
「⁈」
喋った。
銀龍が。
『力無き者は去ね』
「まっ……!」
視線をフィオーナ達に固定した銀龍の巨大な翼が風を起こし、その身を更に上空へ押し上げた。イヤな予感がして、俺は後先考えずその間に飛び込み、ほとんど無意識に防御の構えを取る。
一拍遅れてフィオーナも動く。
「爆ぜよスクレイブ!!」
「
『
切っ先の尖った羽を模した百以上の魔力の刃が一斉に降り注ぐ。それを上位属性・炎魔法の爆発で迎え撃つ。
だが一人で対処するには数が多過ぎた。
ましてや爆発の反動は容赦なく此方側に来るし、その度に背後で護りを展開しているフィオーナにダメージが積み重なる。
「ぐふっ」
「フィオ!」
「ぁ……
「くそっ、
ブワンッと雪原から隆起した土壁に絶えず魔力を注ぐことで耐久を上げ続ける。
「フィオ下がれ! たぶんこいつは俺しか」
「下がれって言われて、下がれるわけが……っ」
顔を上げたフィオーナの瞳は、まだ真っ直ぐに前を向いていた。
諦めていなかった。
「こっちは任せろって言った、
爆ぜる轟音に重なる呻き。
フィオーナの、防御結界の重ね掛けと同時の吐血。
百以上の第一波が落ち着いて、一瞬。
「かはっ」
「まさ、か……」
ギラリと空を覆った第二波は先ほどの倍以上の羽の刃。
「くそったれ……っ」
思わず吐き捨ててしまった雑言に、意外に愛嬌のある顔が不愉快そうに歪んだ。体はフェレットだけど、顔は大きな耳を垂らした犬みたいだ。毛並みももふもふしていて気持ちよさそうだし、状況次第では可愛がれたかもしれない。
俺は犬派だし。
ただしそれは、こんな出会い方でなければ、だ。
「問答無用で殺しにかかるほど人間が憎いか!」
レティシャが貸してくれた絵本の内容を思い出す。
心を寄せた少女を欲に塗れた人間に殺されて国全体を呪った銀色の龍。その心情は判らないではないけれど。
「話くらい聞けよ!」
『わけの判らぬことを。貴様は後だ』
「ガっ⁈」
「カイ、ト……!」
突然の衝撃に吹っ飛ばされた。
雪原に叩きつけられて、遠くに殿下の声。
『この場に不要な弱者は排除せねばならぬ。邪魔をするな』
「っ……大地、の……っ」
「フィオ……!」
羽の刃が降り注ぐ。
まるでガトリングみたいな激しい連射撃音。殴られた影響で動けず、見ているしかなかった俺は、爆風に巻き上げられた雪が起こしたホワイトアウトの果てに銀龍の面白そうな吐息を聞いた。
『ふむ。資格は無くとも骨はあったか』
「……!」
何が、と。
視界が戻ったその場所には辛うじて立っているフィオーナと、フィオーナを庇って立つ、全身に傷を負った親父さんの姿。その背に触れて気功を纏い、支え護ったのは格闘家のヴィンだ。格闘家は身体強化も出来るが、魔力を練り上げて纏う事で皮膚の上に防御膜を張る事が出来るのだ。
触れれば、他人にも。
「くっ……」
そしてフィオーナの結界の内側に、もう一枚の大地の護り。
リットだ。
殿下を背後に護り切ったのは彼が無傷なので間違いない。しかしリット本人は既に意識がなかった。頭から倒れ込んだが雪原だし、殿下がすぐに介抱に向かう。口鼻は上を向いているから大丈夫だろう。
「あ……っ」
駆け付けると、俺を待っていたみたいに親父さんがその場に崩れ落ちる。
「ジャック……!」
「……たす、か、……たよ……」
フィオーナが掠れた声で、同じようにその場に座り込んで零した言葉に、俺が飲ませようとした万能薬を拒んだ親父さんが言う。
「っ……ケッ……若造にばかり、イイ恰好させてたまるか……」
雪原に落ちた斧は罅割れ、もう使い物にならないのは誰の目にも明らかだった。自分と、愛用の武器を盾にしてフィオーナが結界を張り続けられるよう護ったのだ。それきり気を失った親父さんに傷を癒す光魔法を使うが、意識を取り戻す事はなく。
続けてフィオーナの傷も塞ぐが、気力まではどうしようもない。目を瞑って動きを止めてしまった。
「次はきっびしいなぁ……」
ヴィンがへろへろになって言う。
『さぁ、覚悟は決まったか』
声に、空を見上げると、先ほどと同じくらいの羽の刃が空を覆っていた。
あれを振り下ろされたら今度こそ殿下達も、否、怪我では済まない可能性だってある。
「……何が何でもこいつらを排除する気か」
『無論。使徒の召喚の儀を穢した痴れ者だ。その後は貴様だ。召喚の儀に資格無き者を同席させ、使徒でありながらファビル様の名を貶めた罪は必ず贖ってもらう』
「使徒なんて名乗る気はない」
『その自負すら持てぬ愚か者であったか』
「おまえにはロクロラの呪いを解いてもらわなきゃならないから……ぶっ倒す気はなかったんだがな……!」
ぶわりと俺を中心に風が吹いた。
頭に来た。
話が通じなくてイライラする。
でも、この違和感は何だろう。
「カイト……」
心配そうな殿下やヴィンを見て、少しだけ頭が冷えた。
大丈夫なのか。
勝てるのか。
呪いは……、そんな心の声が聞こえてくる。
呪い。
そうだ。
此処にはロクロラに春を齎すために来た。
何故か。
銀龍がロクロラに呪いを掛けたからこの国は雪に閉ざされたと知ったからだ。
だが。
――『召喚の儀に資格無き者を同席させ、使徒でありながらファビル様の名を貶めた罪は必ず贖ってもらう』――
ファビルの、使徒?
そういえば山頂の中心にあった魔法陣に魔力を込められるのは『使徒』限定だった。
ここにいるべきがロクロラに呪いを掛けた銀龍なら……違う。
頭の中で情報が錯綜する。
フィオーナいますぐ起きてくれ、俺一人じゃ纏まらない!
とはいえ、泣き言を言っても仕方がないので考える。
真っ先に確認すべきは、……名前?
「一つ聞く、おまえの名前は銀龍で間違いないか?」
『ファビル様から賜った名は、それではない』
今度はものすごく不機嫌に聞き返された。
意味が判らないと言いたげで、……あぁ、何となく判って来たぞ。
「ならいつから此処に?」
『貴様ふざけているのか。いま、貴様が、この封印を解いて私を召喚したのであろうが』
「……なんてこった……」
「カイト?」
『先ほどから何なのだ貴様は』
頭を抱えた俺に、人間側からは心配そうな声。
そりゃそうだ。
さすがにこれは予想していなかったというか、こうなってくると、俺の認識不足がそもそもの間違いだったと反省すべきかもしれない。
たぶん、もう、これそのものが不具合だ。
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